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砂漠の服装④【中東の鎧】プレートアーマー? 通気性がマシな鎖鎧じゃなきゃ熱でくたばるわ!


 今回で《砂漠の衣装》は終わりとなります。最後は「砂漠地域の鎧」について。


 ファンタジーでは、砂漠の国の鎧はヨーロッパの物に準じた形をしていることが多かったり、腹部や腕など肌の露出が多いというパターンがありがちです。【ドラゴンクエスト】シリーズでもそう描写されています。

 しかし毎度お馴染みですが、これらは史実的には誤りです。


 まずヨーロッパのような板金鎧(プレートアーマー)は、《現実の騎士の姿①【騎士の鎧と盾】》で「ヨーロッパの騎士装備は暑さに弱い」と触れたように、砂漠気候での運用に向きません。


 第二次世界大戦の北アフリカ戦線で「火を使わずに戦車の車体の熱で目玉焼きが作れた」というエピソードが生まれる、砂漠という乾燥地帯で板金鎧(プレートアーマー)で身を包めば、早々に熱中症で倒れることになるでしょう。というか素肌に触れれば、火傷は必至ですし。

 実際、まだ板金防具がほとんどなかった第一回十字軍でも、騎士が熱中症と見られる症状でバタバタ倒れたという話もあります。十字軍はビザンツ帝国(現ギリシャ&トルコ)が支給したパンに毒が盛られていたのではと疑ったそうですが。

 (ただの噂だったが、ビザンツ帝国が十字軍を酷く迷惑がっていた上に、権謀術数のビザンツならやりかねないと思われた)


 史実における砂漠地域の鎧は、もっぱら板金鎧(プレートアーマー)よりずっと通気性がある鎖帷子(メイル)でした。

 それと小札鎧(ラメラーアーマー)もよく見られます。


 ただ時代が進むと、(くさり)による防具に板金(プレート)を加えた、鎖帷子(メイル)板金鎧(プレートアーマー)の間に位置するような鎧が登場していました。


 胸部や腹部、腕などの部分に板金が縫い込まれ、鎖の柔軟性と板金の高い防御力を両立させた優秀な防具。

 これを英語では「Mail(メイル) and(アンド) plate(プレート) armour(アーマー)」とそのまんまの名称で呼んでいます。あるいは「Plated(プレーテッド) mail(メイル)」という呼び名も。こちらの方が響きが良いですかね。


 中東、北アフリカ、アジア(広義の意味で)、東ヨーロッパなどかなり幅広い範囲で使用された鎧で、初めは中東で誕生したとされています。

 8世紀後半から9世紀初頭にかけて活動した錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーン(?~806から816年頃)も著書の中で『ジャワシンビドダラクに使用される鎖帷子とプレートアーマーについて』触れているそうで、遅くとも8世紀後半(カール大帝(シャルルマーニュ)や唐の時代)には存在していたと言えそうです。


 元は小札鎧(ラメラーアーマー)の補助的な鎧扱いだったそうですが、15世紀末(1400年代後期)から小札鎧(ラメラーアーマー)に取って代わるようになっていったのだとか。

 また中東で一般的だった軽装のプレーテッドメイルは袖が鎖なのに対し、重装の物は肩や腕を板金(プレート)で防護していたようです。


 なお「プレーテッドメイル」に分類される物には、戦国日本の「畳具足」も含まれており、実は日本にも馴染み深い鎧です。夏が蒸し暑い日本でも、当然ながら通気性は重要だったわけですね。


 日本にも馴染み深い鎧繋がりで、「小札鎧(ラメラーアーマー)」も少し。


 小札(こざね)、つまり小さな革や金属の板を、紐やリベットで繋ぎ合わせた鎧で、衣服に金属片を縫い付けた鱗鎧(スケイルアーマー)とよく混同されますが、布地に縫い合わせているのではなく、小札同士を繋げるだけで成り立っています。

 大鎧、腹巻、胴丸といった日本の古典的鎧も、小札鎧(ラメラーアーマー)に分類されるもので、製造に手間が掛かるものの高い防御性能を誇りました。特に日本で独自に発展した小札は、叩いて圧縮した2枚の革を(にかわ)で接着した3層構造(革・膠・革)によって、鉄板に匹敵する防御力を有していました。

 (3層構造は段ボールなどにも使われる「軽くて丈夫」を簡単に実現する合理的な構造。また古代ギリシャにはこれを利用して、亜麻布(リネン)を膠で何枚も重ね、矢にも耐えられるようにした「リノソラックス」という布鎧が存在した)


 最も古い歴史がある鎧の一つでもあり、新アッシリア帝国(紀元前911~紀元前609年。弥生時代早期)のレリーフでも確認できるので、それより古い時代から存在していた可能性もあります。

 アジアで広く使用された鎧ですが、スカンジナビア半島のヴァイキングが革製のラメラ―アーマーを使っていたとする仮説もあるそうです。(現時点でも証拠がなく、あくまで仮説だが、ドラマやゲームで革のラメラーアーマーがヴァイキングの鎧として登場することがある)

 PCゲーム【Total War: Attila】内でも、西ゴートやランゴバルドといった“蛮族”の鎧にラメラーアーマーが登場しています。


 板金鎧(プレートアーマー)程の技術は必要なく、メンテナンスや修理が比較的容易であり、かつ一枚構造ではないためにある程度の通気性も確保されているので、砂漠や湿潤な地域の暑さの中でも運用可能。

 それ故に、中東から東アジアまでの広い範囲で使われ続けました。


 更に世の中には、小札鎧(ラメラーアーマー)板金鎧(プレートアーマー)の中間的な鎧も存在しています。


 それが「Laminar(ラミナー) armour(アーマー)」(直訳すると「薄層鎧」あるいは「層状鎧」)という鎧です。日本語に意訳するなら「板札鎧」でしょうか。

 これは小札ではなく、曲げた板金(プレート)を瓦のように重ねた構造の鎧でした。見た目としてはダンゴ虫やグソクムシ、エビといった甲殻類の殻にも似ています。


 著名なものとしては、古代ローマ兵の甲冑「ロリカ・セグメンタタ」が挙げられるでしょう。

 日本では戦国時代の「当世具足」がそうですね。当世具足の中には「最上胴」など“板物”と呼ばれ、単なる板札(横長の小さい鉄板)を重ねたものや、板札の上部に切り込みを入れて小札に見せかける加工を施した“切付小札(きっつけこざね)”がありました。

 これらがラミナーアーマーに分類される日本の鎧になります。

 (更に板物から改良された「桶側胴」などを発展させて、「雪下胴」や「仏胴」といった日本における板金鎧(プレートアーマー)が生まれていく)


 ラミナーアーマーは古代より使用されており、中東では古くから重騎兵の肩や腕、足を守る防具として使われていました。

 なおヨーロッパでも中世後期に使用されていましたが、板金鎧(プレートメイル)に押されて、肩防具などの補助鎧が残る程度になったようです。

 そして16世紀末までに、銃火器の普及が影響してか中東でもヨーロッパでも廃れていきました。(一方で動きやすい鎖帷子やプレーテッドメイルは残った)


 そしてプレーテッドメイルに似た防具であり、ラミナーアーマーと組み合わせることもあった「鏡鎧(ミラーアーマー)」(Mirror armour)について。


 主にアジア、中東、東ヨーロッパで使用される胸当ての一種で、その名の通り胸部を丸い鏡のような金属板で守る防具でした。

 金属板は単に攻撃から身を守るだけでなく、邪視などの超自然的な影響からも保護されるようにと、よく磨かれて本当に鏡となっていたことが多かったそうです。


 他の鎧の上から金属鏡をハーネスで固定する物や、大型の金属鏡がそのまま胸甲となっている鎧など、種類も色々。

 かなり歴史の古い防具の一つで、青銅器時代にはヨーロッパからアジアまで広く運用されていたそうです。とはいえ中世までには一旦廃れ、モンゴル帝国によって再び日目(ひのめ)を見たのだとか。

 15世紀末にはハーネス型の補助防具ではない、鎧に金属鏡を縫い込んだりリベット留めした一体型のものが人気となり、17世紀末に廃れるまで、中東や中央アジア、北インドに広がっていました。またビザンツ帝国でも金属のディスクを胸甲とした鎧があったようです。

 16世紀のイランでは金属鏡が円形から長方形になったそうですが、インドの鎧も長方形の金属板を使っているので、イランからの影響を受けているのかもしれません。



 最後に中東の兜を。中東で一般的な兜は、一枚の鉄板から作られる、頭頂部に尖った先を持ち鼻当ての付いた水滴型兜でした。それに鎖を付けて首や後頭部を守ったり、顔まで鎖で覆うタイプも少なくありません。


 有名なものとしては「シシャーク」(Çiçak 花を意味するトルコ語)が挙げられ、東欧などでも中東の影響を受けたらしく、水滴型兜を「シシャーク」と呼ぶ場合があるようです。

 シシャークはヨーロッパに大きな影響を与えたらしく、《ヨーロッパの軍服 番外編【軍帽と敬礼】》でも触れた17世紀の騎兵兜「ロブスター・テイル・ポッド」(Lobster-tailed pot helmet)の元になったと言われています。

 実際「シシャーク」と「ロブスター・テイル・ポッド」の画像を見比べてみると、耳当てや鼻当て(特にポーランドの物)の形がかなり似ており、軍服と同じく東方文化がヨーロッパにかなり影響を与えていたことが(うかが)えます。


 そして、シシャークよりも古くから使われていた兜に、トルコ語で「トルガ」(Tolga)、英語では「Turban(ターバン) helmet(ヘルメット)」と呼ばれるものがありました。


 その原型はイスラームが誕生した7世紀よりずっと古い、サーサーン朝ペルシア(イラン)(224~651年)にあったそうですが、先の尖った全体形がイスラームのモスク(ジャーミィ)を思わせるため、イスラームの兜としてのイメージが強くあるそうです。

 また中東では日除けのため、兜の上に布を巻き付けることが多く、そのことも「ターバンヘルメット」と呼ばれる要因かもしれません。

 更にオスマン帝国などでは、兜にターバンを模したうねった溝を付け、重ね巻いた布を表現するデザインがあったので、この呼び方は割と的確と言えそうです。


 中東の兜の特徴として他に、聖典(クルアーン)の言葉や君主を称える文章などが彫り込まれることが多いという点が挙げられます。(なおイスラム圏では軍旗にクルアーンの一節などを縫い込むことも多かった。戦国日本の「臨兵闘者 皆陣列前行」といった九字の旗や「風林火山」で知られる孫子四如の旗のようなものといえる)

 (アッラー)の加護を得られるようにと彫られたのでしょうが、その辺りは直江兼続の「愛の字が付いた兜」にも通じると言えそうです。あの有名な兜に付けられた愛の字の前立ては、「愛染明王」あるいは「愛宕権現」という軍神としての顔を持つ神仏を意味するとされ、他の武将達も自身の信仰や哲学を表した前立てを付けることが多々ありました。


 そして面白いことに、中東の兜に刻まれた文言やデザインは、鎧と合わせるようになっていて、甲冑一式で装飾などが統一されています。この辺も日本の鎧と似ていますね。

 ※(ヨーロッパでも一式で揃うようになってはいるが、前線に出ない君主の物かパレード用でない限り装飾が(とぼ)しく、様式がバラバラでも一見そうとは思えにくい。実際、中世を扱った映画などの甲冑は知識のある人からすると「全然なっていない」ことが少なくないとか)



 以上で《砂漠の服装》は終わりとします。


 今回で砂漠地域の鎧はヨーロッパのものと大きく異なる、それどころか小札鎧(ラメラーアーマー)を始め、意外とアジアとの共通点が多いということを御理解頂けたでしょうか?

 本エッセイの《砂漠の服装》が今後のファンタジー作品における砂漠の服飾、鎧を描く際の一助になれればこの上ない幸いです。


主な参考資料


Wikipedia


【Total War: MEDIEVAL II】

【EMPIRE:TOTAL WAR】

【Napoleon Total War】


鎧のイラスト


【Parthian Cataphract】requeen7777

(ローマ帝国と西アジアの覇を競った古代イラン国家パルティアの重装騎兵のイラスト。鎖帷子とラミナーアーマーの組み合わせ)

https://www.pixiv.net/artworks/53867683


【諸王の王が統べしもの】Legionarius

(6世紀サーサーン朝イランの重装騎兵隊のイラスト)

https://www.pixiv.net/artworks/7523671


【1229年3月“破門十字軍”】Legionarius

(シチリア王兼神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世とアイユーブ朝のスルターン・アル=カーミル、そして両者の軍隊)

https://www.pixiv.net/artworks/25100472


【1260年9月3日“ゴリアテの泉】Legionarius

(中世盛期、モンゴル軍を撃退したマムルーク朝エジプトの英雄バイバルスとその軍勢)

https://www.pixiv.net/artworks/53240787


【荒野と草原の世界征服者】Legionarius

(中央アジアの覇者“チンギスの婿殿”ティムールの軍隊)

https://www.pixiv.net/artworks/34124433


【デカン高原の叛逆者】Legionarius

(インドの英雄、初代マラーター王シヴァージーとその兵士達)

https://www.pixiv.net/artworks/18460941


【Kano Cavalry】Jamstone

(ナイジェリア?騎兵のイラスト。非常に鮮やかな格好をしている)

https://www.pixiv.net/artworks/123610914


【蒙古騎兵】びん

(モンゴル騎兵のイラスト。ミラーアーマーの一種を装備している)

https://www.pixiv.net/artworks/38912801


動画、画像

【Battle of Hattin. KINGDOM OF HEAVEN】ALE HAIDAR

(映画【キングダム・オブ・ヘブン】より、 1187年7月4日“ヒッティーンの戦い”。前半は砂漠の暑さにやられる十字軍、後半がサラーフッディーン率いるイスラーム勢。鎧に注目)

https://www.youtube.com/watch?v=mzmvHkSM6Tg


【Sultan Mehmed ve Yeniçeriler Karşı Karşıya Geldi! - Mehmed: Fetihler Sultanı 1. Bölüm】Mehmed: Fetihler Sultanı

(トルコの大河ドラマ【Mehmed: Fetihler Sultanı】より。様々なプレーテッドメイルとシシャークが見える)

https://www.youtube.com/watch?v=-CcDfLSPuCE


オスマン帝国のスィパーヒー騎兵の絵。シシャークを被っている

https://en.namu.wiki/w/%EC%8B%9C%ED%8C%8C%ED%9E%88


・プレーテッドメイル(メイル・アンド・プレート・アーマー)


英語Wikipedia記事【Mail and plate armour】より「トプカプ宮殿のオスマン帝国 (トルコ)の鎖帷子とプレートアーマ」

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Armory_Topkapi_Palace_exhibits.JPG


【Mail and plate armour】のグルジア語Wikipedia記事

https://ka.wikipedia.org/wiki/%E1%83%91%E1%83%94%E1%83%92%E1%83%97%E1%83%90%E1%83%A0%E1%83%98


・ラミナーアーマー


【Laminar armour】のウクライナ語Wikipedia記事【Ламінарні обладунки】より(イランの叙事詩「シャーナーメ」の挿絵。1330年代)

https://uk.wikipedia.org/wiki/%D0%9B%D0%B0%D0%BC%D1%96%D0%BD%D0%B0%D1%80%D0%BD%D1%96_%D0%BE%D0%B1%D0%BB%D0%B0%D0%B4%D1%83%D0%BD%D0%BA%D0%B8#/media/%D0%A4%D0%B0%D0%B9%D0%BB:%D9%86%D8%A8%D8%B1%D8%AF_%D8%A7%D8%B1%D8%AF%D8%B4%DB%8C%D8%B1_%D8%A8%D8%A7_%D8%A8%D9%87%D9%85%D9%86.jpg


ゲーム【Total War: MEDIEVAL II】より


・ラメラーアーマー

下馬アラブ騎兵(Dismounted Arab Cavalry)

https://totalwar.honga.net/unit.php?v=m2tw&f=egypt&d=Dismounted_Arab_Cavalry&encode=en


・プレーテッドメイル

重装イェニチェリ歩兵(Janissary Heavy Inf)

https://www.honga.net/totalwar/unit.php?v=m2tw&f=turks&d=Janissary_Heavy_Inf&encode=en


ホラズム騎兵(Kwarizmian Cavalry)

https://www.honga.net/totalwar/unit.php?v=m2tw&f=egypt&d=Kwarizmian_Cavalry&encode=en


将軍護衛兵(Bodyguard)

https://www.honga.net/totalwar/unit.php?v=ss&p=LATE_ERA_CAMPAIGN&f=moors&d=ME_Bodyguard


【Napoleon Total War】より

・シシャーク

シラフダール騎兵(Silahtar Guard)

https://totalwar.fandom.com/wiki/Silahtar_Guard


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