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中世、近世の海 番外編④【艦船の砲弾】爆発はしない。けれど恐ろしき


 前回に続く形で、番外編最後は艦砲の「砲弾」について。本項では海戦で使用された砲弾のみで、陸戦で使用された砲弾についてはいつか別の機会で書きます。


 帆船の時代に使われた砲弾は、陸と同じく当初は石の砲弾でしたが、15世紀までには鋳鉄製の砲弾が使用されるようになりました。

 また射石砲の石弾であろうと、鉄製砲弾であろうと形は変わらず真円状の球形であり、火縄銃を含む前装銃(マスケット)の銃弾と変わりありません。


 そして当然ながら、石や鉄の塊なので爆発はしません。漫画やアニメ、映画などでは「何故か」爆発することはありますが、あくまで演出上の都合であり、実際には精々破片を辺りに撒き散らす程度です。それでも十分、人を死傷させますが。

 (むしろ砲撃で最も多い死傷は、近代戦においても直撃や爆発ではなく、衝撃で飛散する土塊や石、砲弾の破片などによるもの)


 漫画【ダンピアのおいしい冒険】の中で描かれた“スホーネヴェルトの海戦”(1673年)の場面では、被弾した際に飛び散った木片が足に刺さった負傷兵を、ダンピアが軍医の元へ運びましたが、そこでは負傷した手足をノコギリで切断する「治療」で血まみれになった机を、既にほぼ血まみれの使用済みスポンジで拭く光景が描写されています。


 ちなみに、一応現代人がイメージする爆発する砲弾も存在はしています。

 爆発する砲弾「榴弾(りゅうだん)」は、原型が既に中世の頃からアジアで発明され、16世紀までにはヨーロッパでも度々使われるようになりました。

 とはいえ、爆弾同然の砲弾ゆえに、臼砲や榴弾砲といった専門の砲でしか発射することができず、もちろん艦砲から撃ち出すことはまずありません。

 19世紀に信管を使用した近代的な榴弾が登場するまで、艦砲の砲弾は円弾、実体弾と呼ばれる、ただの鉄球が普通です。


 そして通常の砲丸でも艦船にダメージを与えるだけでなく、破片などで敵船員を殺傷することができましたが、対人専門の砲弾も存在しました。


 巨大なショットガンをぶっ放すような「ぶどう弾(グレープショット)」です。

 複数の小型砲弾を袋へ詰めたぶどう弾は、銃弾を目一杯詰めた散弾(キャニスターショット)より、飛散する一発一発が大きく強力なため、ある程度船の外殻(がいかく)を貫通することが可能でした。

 このため、当時の船の構造上、どうしても脆弱(ぜいじゃく)になりがちな艦尾(艦長など高位の人間の居住区だった)に撃ち込まれると、敵にとって悲惨な結果をもたらします。


『ぶどう弾とは、一般的に小型の砲弾を無数に詰めた布袋である。──中略── 実際、ぶどう弾が強烈な殺傷力を持つ理由の一部は、砲撃時に砲身から散開するだけでなく、標的をバラバラに粉砕することである。ここで言う「バラバラ」とは、人間の胴体ほどに大きく尖った木片も含まれる。──中略── 一般的に、ぶどう弾は、敵艦の船首か艦尾を目掛けて「機銃掃射」されていた。船舶には衝撃を吸収する横隔壁が存在しなかったため、敵兵がこの攻撃で生存できる可能性は極僅かだったのである』(【Empire total war】ぶどう弾の改良)


 ぶどう弾は主に対人専門ですが、「鎖弾」という索具を攻撃して敵船の航行能力を低下させることを目的とした砲弾もあります。

 その名の通り、二つの砲弾或いは二分割した砲弾を鎖で繋いだもので、発射されると遠心力で鎖が伸び、帆柱(マスト)の索具や帆を損傷させて、敵船を行動不能へと追い込むものでした。

 これとは別に二つの砲弾を棒で繋いだ「棒弾(バーショット)」というものもあります。


『敵船の機動力を奪う特殊な砲弾──後の砲術では「無力化弾」と呼ばれる──を用いれば、ロープも帆も人間も、木っ端みじんにすることができた。石弾は砕けた破片が飛び散って殺傷能力が大きいが、鉄の砲弾は飛距離が長く、製造も容易で安価だった。棒弾や鎖弾は至近距離から発射されて索具の間を旋回し、帆を大きく切り裂いた』(【戦闘技術の歴史 近世編】311P)


 鎖弾(くさりだま)は帆や索具を切断する以外に対人弾としても有効だったらしく、小説【闇に潜む海賊】の中で、海賊船から撃ち込まれた鎖弾により、主人公の乗る船の船員が何人か凄惨(せいさん)な最期を遂げています。


 更に、近代以前の海軍には焼夷(しょうい)弾も存在しました。

 一つは、古代から受け継がれた「焼玉(やきだま)式焼夷弾」で、砲弾を真っ赤になるまで熱し、装填された火薬との間に粘土を挟んで撃ち出す単純なものでした。(ただし艦船での使用は難しく、ほとんどの場合、陸の要塞砲や攻城砲で使用された)

 もう一つは「カーカス」と呼ばれたものです。


『この時代の海戦では、水ばかりか火もつきものであった。「筒型花火(ローマン・キャンドル)」をもとにした火炎放射器ボンバは、空洞部に可燃物を詰め込んだ鉄玉と火花を至近距離から敵に浴びせた。ボンバの鉄玉を大きくしたカーカスは、後の時代に敵の船や都市を焼き払う目的で、船に搭載した臼砲から発射された』(【戦闘技術の歴史 近世編】331P)


 カーカスは、帯鉄で補強された布袋(もしくは複数の穴が空いた砲弾)の中に、テレビン油、硝石、獣脂や樹脂、硫黄とアンチモンの化合物などの混合物を詰めた物で、発射されると衝撃で帯鉄が割れ、空中分解して中身を辺りに撒き散らす恐ろしい焼夷弾でした。

 その特性から、当然通常の砲で発射することはできず、陸海問わず主に臼砲(きゅうほう)から撃ち出されました。海上では「臼砲艦」という専門の艦船に限られています。


『臼砲艦は優れた帆船ではなかった。臼砲を中央線に設置しなければならず、発砲するためには、垂直面には障害物があってはならない。このため、マストは理想的な位置よりも船尾になければならないので、船の操縦性はかなり劣っている。──中略──間接照準射撃によって砲弾を発射する能力(例えば、要塞に砲弾を発射する場合等)は非常に効力がある。

 歴史的に、臼砲艦はフランスで考案され、他の国々で完成された艦である。英国人は、標的を変えるたびに艦全体を動かさなくても済むように、回転式の砲座の上に臼砲を設置した。アメリカ合衆国の国歌である「星条旗」は、これらの艦から発射された砲弾が、線を描きながら、「空中で爆発している光景」を記念したものである』(【Empire total war】臼砲艦)


 強力な焼夷弾であるカーカスですが、それを発射するのが構造上、狙いの付け辛い曲射のみである臼砲のため、航行中の敵船へ命中させるなど、ほとんど不可能だったでしょう。(【Empire total war】では何故か、ちょっとしたミサイルに匹敵する命中精度)

 そのため海戦で使用されることはほとんどなく、港や沿岸要塞などへの砲撃が主でした。



 以上で砲弾についての解説を終え、長かった《中世、近世の海 番外編》も終わりとなります。


 近代以前の時代の海上戦闘について、皆様のイメージと史実には、どのぐらいのズレがあったでしょうか?

 そのズレを縮めるお手伝いが出来たのなら、そしてファンタジーでの海上戦闘の描写などのヒントにもなれば、幸いです。


主な参考資料


Wikipedia


【戦闘技術の歴史 近世編】共著 クリステル ヨルゲンセン、マイケル・F. パヴコヴィック、ロブ・S. ライス、フレデリック・C. シュネイ、クリス・L. スコット


PCゲーム【Empire total war】



 ※今まで月一ペースの更新でしたが、新作執筆に注力するため、今後は更新がより不定期に、頻度も少なくなると思います。

 とはいえ気が向いた時(新作に筆が乗らない時)に書いていくので、今後ともよろしくお願いします。

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