第1話 悪夢に苛まれる勇者と「悪夢の魔王」の再会
さて、プロローグが終わり、本編です。
ちょっと長めに書きますね。
エレーナが悪夢に苦しんでいるところからスタートです。
『小賢しい……人間とは兎にも角にも小賢しい……!!』
勇者達と相対する大魔王ティタノゾーア。
ティタノゾーアは地面から槍のような岩を生成した。
『うわぁっ!!』
『キャァァァァ!!!!』
衝撃の強い攻撃になす術もなく後退させられる一行。
攻撃をギリギリで回避し、後ろへ吹き飛ばされたエレーナ。
起き上がった時に目にしたものが…………
回避しきれず、岩に心の臓を貫かれたウォレス、リオーラ、フランの3人。
長く、苦楽を共にした3人の無惨な姿を目の当たりにしたエレーナ。
『あ……あぁぁぁ…………』
エレーナはガクリ、と膝を地面に突く。
理解しきれない事態が起こったのか……エレーナの視界は一瞬で真っ黒に染まっていったのだった……
なお、これはエレーナの夢の中の話であり、大魔王ティタノゾーア討伐の真実なのである。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ある朝の日、奇声を上げて目覚めたエレーナ。
仲間が大魔王によって無惨にも命を落としてエレーナが絶望して行く夢……この一週間、ずっとこの夢ばかりをエレーナは見ていた。
まさに地獄のような光景であり、エレーナにとっての「悪夢」。
身体中冷や汗でビッショリだった上、動悸を起こしたのか息も荒い。
「……夢……か……ハア……ハア………ずっとこんな調子だな……私……」
ベッドから身を起こし、台所へ行って水を飲んだ。
戴冠式が終わった後、食事も喉を通らなくなっている。
レンガ造りの二階建ての家でエレーナは一人暮らしをしている。
本来は仲間も共に住む予定で買った家なのだが……無駄に部屋が広いだけだった。
エレーナは水を飲み干した後、床にガックリと膝を突き、泣いていた。
一言、彼女は漏らした。
死にたい……と……。
そして、何を思ったのか、エレーナは部屋に置いてある「勇者の剣」で自分の喉元を貫こうとした。
自殺でもする気だろうか。
剣の切っ先で喉を貫こうとしたその瞬間。
左手の甲にある「勇者の紋章」が反応した。
一瞬だけ輝いた紋章は、まるで自殺を制止するかのように、エレーナの身体に電流のような衝撃を流し込んだ。
「いっっっっっっった!!!」
剣を手放すほどの衝撃を加えられ、エレーナは勇者の剣を床に落としてしまった。
夜には悪夢を見せ続けられ、更には因果なのか皮肉なのか、生まれながらに持った勇者の紋章によって自殺を防がれる毎日。
悪夢からの自殺未遂、そして勇者の紋章による制止。
ティタノゾーアを討伐して以降、毎日がそれの繰り返しだったのだった。
エレーナは荒い息を吐いた。
そして、ベッドの布団に顔を埋める。
「……みんなのところに行きたいのに………なんで……なんで死なせてくれないの……勇者じゃなかったら……死ぬのも楽なのに……」
そう呟いて涙を流し、布団を濡らしたのだった。
一方その頃、上半身裸にベスト、短い麻製のズボンでアルタルキア王国をぶらぶらと歩いていたのはドレムだった。
彼の目的は一つ。
勇者エレーナを探し出すことだった。
そのために路銀を使っては、店の人に情報を聞いて行くドレムだったのだが……。
幾ら聞いて回っても、エレーナの情報が一切出てこなかった。
(街の人間が秘匿情報にしているのか……? 変な話だよな……いや、世界を救った英雄だ、情報がないわけがねえ……粘り強く探さねえと……)
購入した鳥の串焼きを食べながら、ドレムは粘り強く、エレーナの情報を集めて行ったのだった。
聞き取りから3時間後、城下町付近で道具屋の店主から勇者を目撃したとの情報を得た。
それも一週間前に、赤いレンガの家にドアから入って行くのを確認したとのことだ。
「悪いな……店主さん、そこまで案内してくれるか? ここに来んのは初めてでな……勇者様を一目見てみてえのさ。だから頼む。」
だが、当の店主は苦い顔をしていた。
「兄ちゃん……いいのかい? 戴冠式以来、エレーナ様は外に出ておられない……見れねえかもしれねえぞ? 仮に俺が案内したとしてもな……」
ドレムに疑念が浮かんだ。
勇者なら人前に出て喝采を浴びていてもおかしくはないはずなのに、あれ以来一歩も出ていない……? どういうことだ?
しかし、余計な詮索は無用だと判断し、店主にこう告げた。
「見れなくてもいいさ。だから……家だけでも確認しておきたい。」
「変な兄ちゃんだなあ……まあいい、案内してやるよ。着いてきな。」
「助かるぜ、店主さん。恩に着るぜ。」
30分掛けて、二人はエレーナの家にたどり着いた。
なかなか立派なレンガの家だ。
「じゃあな。兄ちゃん……俺は仕事に戻るからな。」
店主は案内をし終えた後、ドレムの元を去った。
「さて……引きこもってる、って話だったが……どうやって入ろうか……」
早く会いたいという想いと、今は真実を知りたいという気持ちと、焦るな、という気持ちが交錯し、ドレムが出した答えはというと。
深夜0時に窓から侵入する、という決断を下したのだった。
午前0時。
ドレムは計画を実行した。
レンガの壁を手でよじ登り、二階の窓から音もなく侵入し、寝息を立てるエレーナに気づかれないよう、窓の淵に胡座を描いて座った。
明日の朝、どんな反応をするか楽しみだ……ドレムはそう思い描き、眠りについたのだった。
翌朝。
昨日と全く同じ夢を見たエレーナは、また奇声を上げて目覚めた。
ドレムもその奇声を聞いて、目を開けた。
しかし、左手で頬杖をついたまま、じっとしていた。
一方のエレーナの息はいつにもまして荒くなっている。
小鳥の鳴き声が聞こえてきて、朝日がエレーナの身体を照らしているが……同時にドレムの身体も照らしていたのだった。
「あ……朝か……ハア……ホント嫌になる……って……」
ふと窓の方を見たエレーナは、ドレムの姿に気づいた。
「よう……久しぶりだな……女勇者エレーナさん?」
少し見下すような口調でエレーナに語りかけたドレム。
一方のエレーナは情報を整理しきれていない。
寝ぼけているのか……? そう思い、目を擦る。
しかし、何度擦っても、ドレムはドレムのままだ。
「なっ……なんでアンタがここに居るの……!? というか……ドレム……いつからいたの!?」
……まあ、予想通りの反応だったが、ドレムの期待とは少し違っていた。
ドレムは聞かれたことに答えた。
「夜中からずっとここだ。……お前に会いにきたんだ、何か問題でもあるか?」
「大体……どうやって私の家まで来たの……? 迷惑だから帰って……」
これに対してドレムは薄笑いを浮かべている。
「帰れと言われて帰る奴がいるか? まあ聞けよ、エレーナ。」
といって、窓の淵から飛び降りたドレム。
そしてエレーナにこう告げた。
「……今日からお前の『従者』になろうと思ってここまで来たんだ。……家事、炊事、洗濯、掃除……それに生活必需品の買い揃え……なんだってやれるぜ? 俺だったらよぉ……どうだ? 乗るか?」
エレーナの頭の中に「?」が浮かぶ。
勝手に住居侵入をしておいて従者になりたい、ということなど虫のいい話はない。
大体敵対していた魔王と勇者なのだ、相いれられるわけがないのではないだろうか。
たとえ、ドレムがエレーナに片想いしていたとしてもだ。
「……大体魔族のアンタが……なんでここに居るのって話だし……乗るわけがないじゃない……お願いだから帰ってドレム……そもそも『悪夢』を見せるアンタなんていたら……悪夢が酷くなるわよ……余計なお世話よ。私はもう……誰とも会いたくない……」
そういって、エレーナはドレムに背を向けてしまった。
ドレムは舌打ちをし、頭を掻きながら自分が何故復活したのかを語った。
「ティタノゾーア様が倒されて……俺の魂も俺に回帰したんだよ。無論、他の魔王もそうだ。……ああ、大丈夫だ。大魔王様が封印された以上……もう人間界を支配する気なんかねえよ。俺はただ、エレーナと一緒にいたい、それだけのことだ。」
事実、魔力はドレム自身かなり弱くなっている。
流石に人間界を支配しようなんていう真似はしないだろうが、多少本音は出ていた。
だがエレーナは顔を背けたままだった。
「……帰ってよ、気持ち悪い……魔族で、しかもティタノゾーアの直属の配下だった貴方と一緒なんて……考えただけでヘドが出るわよ……」
拒絶は相変わらずだったエレーナであった。
ドレムはため息を吐いた。
そして立ち上がった。
「ハーア、勇者様の頑固には困ったもんだなあオイ……待ってろ、メシ、作ってやっから。」
そういって部屋のドアを開け、ドレムはキッチンへと向かって行ったのだった。
こうして、女勇者と「悪夢の魔王」との異色の同居生活が始まったのだった。
現在のエレーナの状態:PTSDと重度の鬱病の同時発症です。
ドレムも言動は荒っぽいですが、実際めっちゃいい奴です。
次回はドレムの献身性を主題に書きたいと思います。