004 シャーロット
「祖国にも冒険者って職業があればなぁ」
「雑魚をちょろっと倒すだけで外食代から宿代まで稼げるとかやべぇ」
「現地人はいい奴ばっかだし、この世界も悪くないじゃん!」
門の近くにある酒場では、多くの冒険者が盛り上がっていた。
ほぼ全員が冒険者のことを「楽に稼げる職業」と言っている。
その発言は間違っていない。
少し贅沢なその日暮らし……日本で喩えるなら日給2万円を稼ぐ程度であれば、スライムやミニウルフを数時間狩れば事足りる。
日本の感覚ですらこれなので、もっと物価の安い国の人にはたまらないだろう。
「俺、もうここでずっと生きていく! 国に帰るなんてごめんだぜ!」
腰蓑をまとった半裸の男が骨付き肉にかぶりつきながら叫んだ。
(国に帰るのはごめん、か)
俺は小さな声で「たしかに」と呟き、目の前のハンバーグを平らげた。
◇
酒場で晩飯を済ませた俺は、宿屋へ向かっていた。
馬車で街の中心付近へ行き、そこから先は徒歩で彷徨う。
あえて歩いているのは、街の景色を見ておきたかったから。
それと――。
「数キロは離れているはずなのに……でけぇな」
遠目に巨大な建物が見える。
雲を突き抜く勢いでそびえ立つ巨大な塔。
それが〈天使の塔〉だ。
全50階からなるあの塔を攻略すると前の世界へ戻れる。
仮に戻る気がない場合でも、強い装備が手に入るので挑むことが望ましい。
「レベル40になったら挑んでみるか」
天使の塔は階層=敵レベルになっている。
つまり50階の敵はレベル50ということ。
なので、攻略するには最低でもレベルを40に上げねばならない。
そのことを知らずに塔へ挑んだ人間がちらほらいた。
おそらく明日以降も多くの冒険者が挑戦するのだろう。
「離してください! いやっ! やめてっ!」
女の悲鳴が聞こえてきた。
すぐ傍の路地裏からだ。
「なんだろう? 行ってみるか」
俺は迷うことなく路地裏へ踏み入った。
ここが日本だったら早足で遠ざかっていたに違いない。
「いいから大人しくしろよ! すぐに済むからよ!」
「いやですわ! 離してください! 離して!」
男と女が争っていた。
男はスーツ姿のサラリーマン。
転移の直前――神の間で、「デカい案件がー」と言っていた男だ。
女は白銀の髪が特徴的な小柄な美少女。
服装は丈の短い黒のドレスで、妙な凜々しさが感じられた。
「嫌がってるだろ、やめろよ」
強い口調で言ってみる。
怖くて震えるかと思ったが、そんなことはなかった。
魔物を倒した高揚感もあるのか、なんだか負ける気がしない。
「なんだよ、お前」
案件男がこちらに向かって言う。
数メートルの距離があるのに、息の臭さが分かった。
よく見ると顔も真っ赤だし、どうやらしこたま飲んだようだ。
「てめぇに俺の何が分かるっていうんだよ」
案件男は女を突き飛ばし、大股で近づいてくる。
「たしかに分からねぇよ、お前のことなんざ」
「んだとぉ……?」
「だが、分かっていることもある」
「はぁ?」
「お前がこの世界だと負け組ってことさ」
「てめぇ……」
「酔った勢いで女に絡むなんざカスのすることだ」
この発言によって、案件男の堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけんじゃねぇえええええええ!」
案件男が拳を振り上げる。
何もしなくても空振りしそうなほどのヘロヘロ具合だ。
それでも当たるのは嫌なので応戦することにした。
まずは体をスライドさせて案件男の背後に回り込む。
「な、なんなんだよ、今の動きは!?」
男が驚いている。
その間も俺の動きは止まらない。
すかさず背後から男の膝の裏を蹴り、ガクッと体勢を崩させた。
「悪いな、俺はすでに想像を終えている」
地面に転がる男の顔を足で踏みつける。
圧倒的な勝利だ。
「人間業じゃねぇ……お前、何者なんだよ」
「そんなことはどうでもいい。まだやるか?」
男の顔から赤みが消えていく。
肝っ玉が冷えたことで酔いが覚めてきたのだろう。
「許してください! もうしません! お願いします!」
「いいだろう」
俺は案件男の顔から足を離した。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
男は立ち上がるなり走り去っていく。
先ほどまで赤色だった顔が、今では青色に染まっていた。
「これでよし」
俺は「ふぅ」と安堵の息を吐いて振り返る。
「あの、ありがとうございます」
白銀の美少女が深々と頭を下げる。
「今度から馬車を手配して目的地へ直行するといい。そうすればさっきのような暴漢に襲われる心配もない」
「そうですわね。この美しい街の景色を堪能しようと考えたのが間違いでした」
「気持ちは分かるが、それをするなら自衛の手段を持たないとな」
「肝に銘じます」
「じゃ、俺は失礼するぜ」
女に背を向けて歩き去ることにした。
助けたことに対する見返りなど求めていない。
「お待ちくださいませ!」
そんな俺を呼び止める女。
「まだなにか?」
「あの、よろしければ私とPTを組んでいただけないでしょうか?」
「PTだと?」
「はい。貴方様からは我が国の聖騎士団と同じ騎士道精神を感じました。何卒、私をお守りください」
「要するに介護か」
俺は鼻で笑ってから即答した。
「断る」
「駄目ですか……」
「介護をする気はない」
女は残念そうにしつつ、「失礼しました」と頭を下げる。
それから続けてこう言った。
「では、私が強くなったらPTを……」
「それも断る」
「ど、どうしてでしょうか? 私が女だからですか?」
「そういう問題じゃない。俺は誰とも群れる気がないんだ」
「なんと」
「ただ、これには“今は”という言葉がつく」
「それはつまり……」
「もしかしたら気が変わるかもしれない。だから、フレンド登録はしておこう。何かあったら頼ってくれ」
「よろしいのですか!?」
「もちろん。逆に俺が頼るかもしれない。その時はよろしくな」
「は、はい! ありがとうございます! ところで、フレンド登録とは?」
「やれやれ、お前もヘルプを熟読していないクチか」
「申し訳ございません……」
「かまわないさ。簡単に説明すると、フレンド登録をした相手とは〈通話〉や〈チャット〉が可能になるんだ。それに、大まかな場所も分かるようになる」
「まぁ! それは便利ですわ!」
「そういうことだ」
俺達はスマホを取り出し、フレンド登録を行った。
「シャーロットというのか」
「はい。テンベロッサ公国のシャーロットと申します」
「テンベロッサ公国……知らないな」
世界の国の名はすべて暗記しているという自負があった。
だから、知らない国名が出てくるとは思いもしなかった。
シャーロットも一瞬だけ驚いたような顔をした。
「文人様はどこのお国から来られたのですか? 見たことのないオシャレな服を着られていますが」
「日本だよ」
「日本……?」
「知らないか」
これまた意外だ。
日本の知名度は決して低くない。
「申し訳ございません」
「気にするな。お互い地理には疎いようだ」
「そのようですね」
シャーロットが口に手を当てて小さく笑う。
その姿はとてもお淑やかで、想像上の貴族みたいだった。
「機会があれば一緒にメシでも食おう」
「はい! よろしくお願いいたします!」
俺達は路地裏から大通りに移動し、そこで解散した。
俺はその足で宿屋へ向かい、部屋で明日の計画を練った。
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