003 初めての狩り
「次の項目は無し……これで終わりか」
約1時間で〈ヘルプ〉の文章を読了した。
文字数は550~600万文字程度といったところか。
それなりのボリュームだったが、おかげで情報強者になれた。
「最低限の情報は頭に叩き込んだ――行動開始だ」
ベンチから立ち上がり、周囲を見渡す。
付近にあるいくつかの武器屋は冒険者で溢れかえっていた。
混雑に苛ついた冒険者の怒号が飛び交う店もある。
「馬鹿な奴等だ。アークには他にもたくさん武器屋があるというのに」
アークとはこの街のことだ。
人口500万人以上の巨大都市である。
日本だと福岡県に相当する規模だ。
「お待たせいたしました、冒険者様」
俺の前に一台の馬車が停まった。
配車アプリの〈馬車〉を使って手配したものだ。
馬車は街の中に限って無料で利用できる。
街の外へ行く際は有料だ。
「ささ、お乗りくださいませ」
「ありがとう」
御者が客車の扉を開けてくれたので搭乗する。
俺が座ったのを確認すると、御者は馬を進ませた。
◇
闘技場から数十キロ離れた武器屋へやってきた。
案の定、他に冒険者の姿はなく、店内は閑古鳥が鳴いている。
これなら心置きなくゆったりと武器を選べるだろう。
「これだけあると目移りを禁じ得ないな」
武器の種類は非常に多い。
剣・槍・弓といった王道の物だけでなく、ヌンチャクや鉄球もある。
「ネタに走るのも悪くないが、今はその時ではないか」
ということで選んだのは剣だ。
商品名は「ノーマルソード」で、価格は1万。
この世界の通貨は単位がGで、読み方はゴールドだ。
「冒険者様、お買い上げありがとうございましたー!」
問題なく購入できた。
日本でも電子決済を使っていたので楽勝だ。
「では狩りに行くとしようか」
俺は再び馬車を手配した。
◇
街の外にやってきた。
最初の街のすぐ外にはザコモンスターがいる――。
これはゲームの常識だが、驚くことにこの世界でもそうだった。
「流石に10万人もいたら俺以外にもいるものだな、馬車の運賃に気づいた奴は」
アークのすぐ外に広がっている草原には、ちらほらと冒険者の姿があった。
彼らは例外なく馬車で街の門まで移動している。
というのも、アークは人口500万人を超える大都市。
その面積は広大で、ゲームのようにサクッと徒歩で外へ行くのは不可能だ。
だから馬車を使う。
この世界の馬車は新幹線に匹敵する速度なので一瞬だ。
すると今度は新たな疑問が浮かぶだろう。
そんな速度で馬車を飛ばしたら危険ではないのか、と。
この点は馬車に乗れば分かることだが、この世界の馬車は空を飛ぶ。
乗客を乗せている間、さながら飛行機のように空を駆け抜けているのだ。
よって交通事故が起きることはない。
「魔物は……これまたゲームみたいだな」
草原に棲息する魔物は2種類。
スライムと小さな狼だ。
「ヘイ、SiriN!」
スマホから「ピコンッ」という音が鳴った。
『お呼びでしょうか』
音声アシスタントのSiriNが起動する。
「スライムとミニウルフ、強さは同じくらいか?」
『はい、どちらもレベル1の魔物です』
「オーケー、助かったよ」
SiriNとの会話を終える。
戦闘を始めるとしよう。
「強さが大して変わらないなら近い奴からいくか」
俺は最も近くでウロウロしていたミニウルフに目を付けた。
狼とは名ばかりの可愛らしい小型犬だ。草原のいたるところにいる。
可愛いので殺すのが忍びない……とは微塵も思わなかった。
「いくぜ」
ノーマルソードを鞘から抜き、右手で握って近づく。
「グルルゥ!」
ミニウルフは近づいてくる俺を見て警戒している。
だが、先に仕掛けてくるつもりはないようだ。
MMORPGでいうところの「非アクティブ」な敵なのだろう。
これまたゲームの初心者用モンスターと同じである。
「都合がいい、これなら遠慮無く試せる」
ヘルプの中に面白い情報があった。
それが想像上の動きを具現化する仕様――〈イマジンムーブ〉だ。
想像上といっても限りはあって、炎や雷を放つことは無理だ。
しかし、達人の如き滑らかな剣捌きで敵を斬ることはできるはず。
「意識を集中し、想像する……!」
ミニウルフを睨みながら脳をフル稼働させる。
すくい上げるように剣を振るって狼を殺す姿をイメージした。
すると――。
「うおっ!」
俺の体が勝手に動き始めた。
イメージした通りの動きで狼を斬りつける。
ミニウルフは断末魔の叫びをあげることすらできずに死んだ。
そして、光となって消えた。
「これがイマジンムーブか」
便利な能力だ。
これがあれば、剣術の腕がない俺もそれなりに戦える。
「この調子でガンガン狩るとしよう」
それから俺は敵を乱獲していった。
近づいてイマジンムーブを発動し、鋭い斬撃で敵を倒す。
体が勝手に動く感覚は不気味だが、すぐに慣れた。
そんなことよりも敵を倒す爽快感がたまらない。
「ぎゃあああああああああああ!」
気分よく戦っていると悲鳴が聞こえてきた。
叫んでいるのは、30代後半……いや、40代と思しきおっさんだ。
見たところ日本人ではない。タイ人ぽいと思った。
「ガルァ!」
「ひぃいいいいいいいいい」
おっさんはミニウルフに飛びかかられて絶体絶命のピンチだ。
顔の前で横に向けた槍には、小型の狼ががっつり噛み付いている。
「ここで苦戦するようじゃ助けても遅かれ早かれ死ぬだろうな」
ということで、見捨てようと思った。
だが、ふとした閃きで気が変わった。
「試してみるか」
おっさんと俺との距離は約50メートル。
普段の俺が全力で走った場合、到着まで約9秒かそこら。
それがイマジンムーブを使うとどうなるのか。
「駆けつけて、斬る……! 駆けつけて、斬る……!」
イメージしていることを呟く。
そうすることでイメージが明瞭になっていった。
そして、頭の中で動きの画が見えたその時――。
「うおおおおおおお!」
イマジンムーブが発動した。
両手を後ろに伸ばし、忍者のように走っていく。
その速度は普通に走るよりも遥かに速かった。
通常の倍、いや、3倍はある。
スンッ!
瞬く間に距離を詰め、正確無比な斬撃を放つ。
おっさんの上にいるミニウルフだけを斬った。
一太刀で狼は息絶え、光と化した。
「大丈夫か?」
そう言っておっさんに手を差し伸べようとする。
だが、おっさんの全身が狼の返り血にまみれていたので止めた。
「た、助かったよ……」
青ざめた顔で立ち上がるおっさん。
おっさんの口の動きと実際に出たセリフが違う。
どう見ても、日本語で「助かった」と言っていなかった。
(なるほど、これが自動翻訳機能か)
自動翻訳機能――。
この世界では文字や言葉が自動的に母国語へ翻訳される。
その為、どんな言語の人間とだってコミュニケーションが可能だ。
どういう仕組みかは分からないが、分かろうとも思わなかった。
異世界に転移したことを思えば、自動翻訳など些末な問題だ。
「ザコだからって油断しないほうがいいぜ」
「油断してなくてもこのザマなんだけど……」
おっさんの言葉に、俺は「ふっ」と笑った。
「生き残りたいなら〈ヘルプ〉を熟読したほうがいいよ」
じゃあな、とおっさんに背を向けて、付近の敵を狩り始める。
「なんだあの動き!? 本当に人間なのか!?」
おっさんが俺の動きに感動している。
イマジンムーブを知らないからこその反応だ。
「この世界……すっげー楽しいなぁ! たまんねぇよ!」
自然と笑みがこぼれる。
魔物との戦闘で負傷したらどうしよう、という恐怖は欠片ほどもない。
それよりも魔物を狩るというゲームぽさが俺のテンションを高めていた。
「マジでこの世界だと取れるかもな、頂点」
その日は夕方まで狩りを続け、レベルは1から4に上がった。
お読みくださりありがとうございます。
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