002 情報収集
「冒険者様ー!」
「お待ちしておりましたー!」
「ようこそアークへ!」
耳をつんざくような大歓声に襲われる。
競技場、いや、ローマ帝国の円形闘技場のようなところに、俺達はいた。
10万人の冒険者が一堂に会しているのだから超満員だ。密密の密である。
周囲に見える観客席も人で埋め尽くされている。
一様に歓喜に満ちた顔をしており、彼らの頭上には光の輪が浮かんでいた。
(あいつらが〈現地人〉か)
神様の説明を思い出す。
頭上に光の輪を浮かべているのはこの世界の人間――現地人だ。
「あーうるせぇ」
「とりあえず天使の塔ってのに行ってみるかぁ」
現地人に比べて温度の低い冒険者連中が闘技場を出て行く。
四方八方に存在する無数のゲートへ、一人、また一人と消えていく。
俺もその内の一人としてゲートへ向かい、そのまま闘技場の外へ向かった。
(それにしてもすごい歓迎のされようだったな)
神様の説明を思い出す。
現地人の認識だと、冒険者は異世界を守るヒーローだ。
「俺みたいな人間がヒーローか……笑えるぜ」
独り言を呟いたところで外に到着。
思わず「おお」と感嘆するほどの景色が待っていた。
俗に「中世ヨーロッパ風」と言われる街並みが広がっていたのだ。
欧風感の漂うお洒落な建築物の数々に、清掃の行き届いた綺麗な石畳。
大量の現地人があちらこちらを往来していて活気が溢れている。
人口密度の高さは日本の都会を彷彿させる。
ただ、日本と違って、異世界の乗り物は自動車ではなく馬車のようだ。
「ようこそ、冒険者様! 馬車に乗っていかれますか?」
近くを通った馬車の御者が尋ねてきた。
日本語を話すようだ。
「いや、結構だ」
「かしこまりました。何かあれば気軽にお呼び下さい!」
馬車が去っていく。
「いや、俺としても気軽に呼びたいけどさぁ……」
俺は苦笑いを浮かべた。
お金がないので呼びたくても呼べないのが本音だ。
そもそもこの世界に通貨は存在するのだろうか。
日本の感覚がどこまで通用するのか分からない。
(空気が美味い……中世ヨーロッパ風なだけで衛生面は文句ないな)
とりあえず石畳の上を歩く。
幸いにもスニーカーを履いていたので足の裏が痛くならない。
どうやら服装は自殺しようとした時のままみたいだ。
おかげで学生服にスニーカーという浮いた格好をしている。
ブルブルブルッ!
歩いているとポケットの中が震えた。
スマホのバイブだ。
「この世界でもスマホが生きているのか」
ポケットからスマホを取り出す。
周囲の冒険者連中も一斉にスマホの確認を始めた。
震えたのは俺だけではないようだ。
「……なんだこれ?」
俺が取り出したのは知らないスマホだった。
いつも使っているオンボロと違い、見るからに新品だ。
だが、そのスマホは俺の物らしい。
画面に「ようこそ洛乃宮 文人様」と書いているのだ。
そう、俺は洛乃宮文人というちょっとカッコイイ名前をしている。
この名前で得したことはない。
スマホの画面に表示されている「次へ」をタップしてみた。
すると画面が切り替わり、新たなメッセージが表示された。
『今からこの世界で生活する為のチュートリアルを開始します』
◇
チュートリアルは非常に簡素で、あっという間に終わった。
そこで教わったのは以下の2項目だけだ。
1.お金の使い方
2.お金の稼ぎ方
これによって分かったのは、この世界に貨幣は存在しない(・・・)ということ。
諭吉だったり金貨だったりといった現金による支払いはできないのだ。
決済はデジタル通貨オンリーで、スマホの電子決済機能によって行う。
中世ヨーロッパ風の雰囲気に反して近未来的なシステムだ。
お金の稼ぎ方は、世界中に跋扈する魔物を倒すこと。
魔物を倒すとスマホにお金がチャージされるらしい。
まるでゲームだな、というのが俺の感想だった。
ゲームといえば、この世界にはレベルというものが存在する。
スマホのメニューに〈ステータス〉があり、タップすれば確認可能だ。
==============================
【名 前】洛乃宮 文人
【レベル】1
==============================
これが俺のステータス。
ゲームと違ってレベルの表記しかない。
攻撃力や防御力などのパラメータは存在しないのだろうか。
ゲームにありがちな非公開情報の可能性もある。
なんにせよ、これだけは断言できる――。
「なんだか面白そうだな」
日本よりも遥かに刺激的な世界であることは間違いない。
それにこの環境なら、己の実力で天下を取ることもできそうだ。
親の財力やら何やらで人生が決まることはない。
レベルや魔物といったゲームっぽいところも気に入った。
現実なので死ぬと終わりだが、そんなものはどうでもいい。
自殺の最中に転移した俺にとって、死など恐れるに足らない。
(そうと決まれば最強を目指すか)
なにをもって最強とするかは難しいところだ。
だから、ひとまずはレベルという目に見えた数字にこだわろう。
誰よりも高いレベルに君臨するのが当面の目標である。
「すると、最初にすることは……」
俺が呟きながら頭を整理している頃――。
「よし、武器を買って魔物狩りだ!」
「祖国へ帰る為にも、まずは戦闘をして魔物の実力を知っておかなくてはな」
周囲の冒険者は、我先にと近くの武器屋へ殺到していた。
中には、一足先に武器屋を出て街の外を目指す者もいる。
一方、俺はというと……。
「まずは情報収集だな」
情報を制する者が世界を制する。
これはMMORPGから現実まで通用する確固たる事実だ。
例えばMMORPGでは、プレイ時間が長いだけだと最強にはなれない。
スキルの配分、狩場の選定、戦い方、エトセトラ……情報が大事だ。
そして現実でも、複雑怪奇な制度の数々を熟知していないと損をする。
補助金やら税金やらがその最たる例だ。
「とりあえず〈ヘルプ〉だな」
スマホのメニューに〈ヘルプ〉があるので開いてみる。
「ビンゴ」
案の定、そこは情報の宝庫だった。
用語の解説からアプリの使い方まで、色々と載っている。
この世界に関することをまとめた辞書と言えるだろう。
「コイツを暗記すれば他を出し抜けるぞ」
幸いにも暗記には自信がある。
円周率も314桁まで暗記しているくらいだ。
加えて速読も得意だ。
一般的な文庫本ならものの1~2分で読み切れる。
「思ったより多いが……この程度は楽勝だな」
俺は近くのベンチに腰を下ろし、スマホとの睨めっこを開始した。
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