5話 「渇望される死、望まれぬ生」
せいぜい一週間しか持たない食料も、一人食い扶持が減るだけで一週間と一日持つようになる。
正確な計算かわからないけど、そういう事だ。
つまり、間引きにはメリットがあるって事だ。
だから、死者を決める審判は起きた。
鈴城さんが、起こした。
きっと鈴城さんが、周りを説得したのだろう、その力は多分ある。
はこべさんを、殺すべき存在として、彼は扱える。
「なるほど、こうなるのか」
弁護士が言った。腕時計を見ながら。
俺も見てみる、腕時計には時刻ではなく小さな文字があった。
“審判中”と書いてあった。その右下にはさらに小さな文字で“心拍数等計測中”と書いてあった。
これで、ゲーム参加者が誰に死んでほしいか調べているのかもしれない。
さて、はこべさんは、震えていた。
うつむいて、何も喋れない様子だった。
だから俺が、止めるしかない。こんな狂った状況を。
「やめてください!やめろよ!こんなのって!」
まだ、間に合う。
どうやら、審判とやらはあくまで皆がはこべさんの事を死んでほしいと思っていなければ起き無いようだ。
だけど、人に真剣に死んでほしいとここにいる全員が同時に心から思うのは難しいい。
時間制限もないなら、ずっと選ばなければいいのだ、この審判を放置すればいい。
「でもこのまんまだったらみんな死ぬやんけ」
弁護士が言った。
「そ、それは、それでも!俺は!やめたい‼だいたいこんなのしてもまた投票しないといけなくなるかもしれないじゃないか!」
「綺麗事を言うな‼‼」
「じゃあ今死ねっていうのか!?」
四方八方から否定の言葉が飛んでくる
それは、確かにそうだ。
死にたい人間なんていない。
はこべさんを殺さぬまま現状維持、それを納得させるのは意外と難しそうだ。
でも。
俺は誰にも死んでほしくない。
「食料が尽きたら、お前も死ぬんだぞ!」
サラリーマンが言った。
それは確かに正論かもしれない、けどなるほど、そうか。
いいアイデアだ。
「わかった、俺はもう飯全部要らない!俺を殺せばそれでいいだろ!」
俺もはこべさんも食べる量はあんまり変わらなそうだし、俺を殺せばいいだろう。
叫んでいたらセリの顔が頭に浮かぶ。俺の妹だ。
会いたくなった、無性に。
あいつの体は問題があるからサポートもまだまだいるだろう
だけどサポートを俺がもう出来ないのは申し訳ないけれど、父さんも母さんもセリの友達もいるから助けてくれるだろう。
俺が死んで問題になる事、あんまり無いんだ。
せいぜい俺自身が死ぬのは嫌だし死ぬほど怖いって事と、死んだのが家族に伝わったらショック受ける程度。
俺は理屈で考えると誰にも求められていない。
そしてはこべさんの生存を俺は求めている。
だから。
「俺に投票すればいいじゃないか‼絶対こんなのしてたらおかしくなる‼俺を殺して止まって下さい!」
俺は叫んだ。
「わかんないんですか!?わかってるでしょう!?死にたくない誰かを切り捨てていくのが当たり前になったら自分が見捨てられるかもしれないんですよ!?」
叫び続けた。
自分が殺される恐怖が、腹の中で暴れるがそれ以上にはこべさんに死んでほしくないから。
「子供を殺すわけにはいきません」
鈴城さんが俺に言った。
「俺が!積極的に‼死にたいって言ってるんだから!それで!いいんじゃ!無いんですか!?」
「八女君」
さっきまで黙りこくっていたはこべさんが、口を開いた。
それは俺だけに向けた言葉だった。
「……もう、いいんだよ八女君」
なんだか、微笑んでいた。
倉庫で笑った時より、悲しそうで弱々しい。
「嬉しかった、死ぬ前に君にあえて」
何言ってんだよはこべさん。
「人と共にある喜びを、また与えてくれた」
それを聞いて、はこべさんがやろうとしている事、言おうとしていることを理解して、俺の中で何かが切れた。
「あんたふざけんな!はこべさんに死んでほしくない!そんな事されるくらいなら俺が代わりに死ぬ‼」
「君はまだ若い、最年長の僕が死ぬべきだ」
「そんなの」
間違ってると言おうとしたのに。
八女を抑えろ。黙らせろ。誰かが、そう言って、俺の声がかき消される。
死ぬって言ってるんだから死なせてあげよう、そんな意味の声が俺の耳元でした。
女性の声だった。
まるで、はこべさんが死ぬと自分から言ったことに安心してるみたいな様子だった。
「生き残ったら未来の無い僕と、若くて未来のあって、自分を犠牲にしてでも僕を助けようとする程優しい八女君、どっちを死なせるべきか決まり切ってますよね皆さん?」
はこべさんはべらべら喋る。皆がはこべさんを殺すのを受け入れたように。
はこべさんは自分の腕時計についた二つのボタンを同時に押した。
自分からこの審判に賛成したかのように。
理屈としてはあってるのかもしれないが、それでいいわけがない。
死ぬんだぞ。
生き返らないんだぞ。
せっかく、はこべさんはせっかく笑えたのに。
俺はまだ、はこべさんと笑い合いたいのに。
だけど。
もう既にここにいる大半が、はこべさんへの思いを決めたしたらしかった。
あ、思いついた。
そうだ、兎さんは“皆に嫌われてるヤツが死ぬ”と言っていた。
つまりそれは、皆に嫌われてない奴が死なないという事でもある。
俺が、はこべさんに生きていて欲しいと強く願えば止められるかもしれない、その死を。
死んでほしくない、はこべさんには。
話して、笑いあって、一緒に寝て、そんな事が出来る人なんだ。
だから。
はこべさんを当然の様に殺していいわけがないんだ。
そう強く俺は願っているのに。
はこべさんの腕時計から、ぷしゅ、と音がなって。
毒液が打ち込まれたのだろうか、小さくごぽぽという音がした。
なんでだよ、俺ははこべさんに死んでほしいなんて思ってないのに。
なんで。
「君のために死ぬんじゃない、君が望まないと知っていながら、自分のために死ぬんだ、どうか、自分を責めないで」
はこべさんが、最後の力を振り絞ったかのように俺を見た。
嘘だ。
俺ははこべさんが本当に心の底から幸せなときの笑顔を知っている。
自分のためなら、なんでそんなに。
ひきつってるんだ。
倒れた。
はこべさんが倒れた。
寝たんじゃないか、って、そう思う程にゆったりと。
俺の拘束が、解かれる。
いつの間にか俺ははこべさんに近づいていて、鈴城さんがはこべさんの瞳孔を見てて、開ききってて。
「死んでいるみたいです」
と、それからなぜ死んだかあちこち調べ出す。
こんなに簡単に、人が死ぬのだ。
まるで心臓発作でもおこしたかのように突然に。
誰かが、殺した実感が湧かないと怯えた声で言っていた。サラリーマンかと思う。
そして誰かが叫んでいた。
何秒かして俺が叫んでいたのだと気がつく。
もっと、冷静にならないと、えっと落ち着け、人はたしか蘇生できるんだ。
セリだって心臓が止まったけど息を吹き返したことがある。
そう、心臓マッサージ。心臓マッサージだ。
「はこべさん!すぐに蘇生しますから!」
はこべさんの体に向かったが、すぐ俺の体は何かに止められた。
「馬鹿ヤロ、死にたいって言ってるヤツ殺して蘇生とか意味ないやんけ」
弁護士の人が俺を後ろから羽交い絞めにしていた。
「やめてください!やめてくださいよ!」
もがいて作った相手の隙に、肘で鼻を打って、どうにか抜けると。
鈴城さんが俺の前に立っていた。
「残念ですが、蘇生はムリですね、体中に強力な毒が回っている……心臓の鼓動が再開したところで」
医者が。医者がそういったのだ。
何も、考えられなくて俺はその場から走って逃げ出した。
倉庫の隅っこでいつの間にか俺はうずくまっていた。
放心状態だったらしい。
誰かの声が遠くからする。
「私の社会的地位とか低めっスよね?しょーじき、自分が殺されるかもって思ってたからアンタ達のおかげで死なずにすんで感謝してるんスよ」
気づけば俺の目の前に人がいる、染めているらしく髪の毛が青い。短めのワイドパンツや、デカいひし形のアクセ、水色のピアスなど、クールそうで少し不思議な雰囲気の女性だ。
たしかフリーターの、人だ。
死ぬって言ってるから、死なせてやれってはこべさんに言った人だと声でわかったから俺は目を逸らした。
彼女を見ていたらどうしようもなく、どす黒い感情が溢れてくるかと思った。
「でも、あんたは審判自体を止めようとしてくれたから、親切心で伝えるっスけど、たぶんあなたの理想実現するの無理っすよ、動いても虚しいだけっす」
フリーターの人が淡々と、語る。
「嫌です、誰も殺さないし殺させたく無いし、殺したくない」
「でもあの人が生きてても、しょうがないんじゃないっスか、生き残ったところで……」
「誰かに求められない奴は!死ねっていうのか!?」
つい声が荒ぶった。
はこべさんが人を殺したワケでもないのに、なぜ殺されなければならないんだ。
絶対、絶対オカシイだろ。
どんだけ真面目に、必死に生きてても、勝手な理屈で殺されるなんて。
憤って何が悪い。
「綺麗事じゃないっスか」
「綺麗だとわかってるなら!そっちに向かったっていいじゃないか!人を殺すのが正しくないって!皆、皆わかってるはずだろ、向かわないなら俺を殺したっていいだろ、子供だからとかそんなのも綺麗事だろ、俺は、俺は、俺は……」
とにかくはこべさんに死んでほしくなかった、殺し合いたくなかった、殺しあうのを見たく無かった、それならいっそ皆で死ぬくらいの方がよかった、そういう感情をぶちまけるため色々言おうとして言葉に詰まった。
だけど、伝わったらしかった。
「……あんたがやりたい事を受け入れられる程、死んでいいと思ってる人は少ないはずっス、」
フリーターの人が言う事はとてつもなく正しかった。
俺は、間違っている。俺の言う通りに投票をせず間引きをしなかったら食料問題で死期が早まる。
だけど、なら人が人を殺すのは正しいのか。はこべさんを殺したのは正しかったのか。
そうとは決して思えなかった。
だから俺はこのゲームに限界まで抗う。
何があってもあんな投票はしないし、させない。
絶対に。