3話 「食料」
長い、長い廊下があった。
そこを、ときどき立ち止まるはこべさんに合わせて進行をやめ、俺達は歩き続けた。
そして行き止まり。
ようやくあったドアを、開ける。
「お」
倉庫だった。
薄暗い部屋には等間隔に並んだたくさんの棚があり、缶詰がそこそこそれに並ぶ。水もだ。
シルバーで、ラベルが貼って無くて内容物がわからない一つ手に取る。
缶切りが無くても開くタイプだなコレは。
でも開けていいのか?開けて毒ガスとかで無いか?
まぁ迷ってもショーが無いから思い切って開けた。
……サバ?これサバ入ってる。あと米と少量の野菜も入ってる。これ一つで一食分にはなりそうだ。
けど。
「大丈夫かい?、それ」
はこべさんがたずねてきた、多分食べるの大丈夫かという事だ。
「わかりませんよ」
「……匂いは、いいみたいだね」
「じゃあも味見てみます」
少し、毒が入って無いかというのは不安だ。でもそんな事言ってられない。
箸が無いので指でサバを掴み口に突っ込む。旨い。
野菜と米も食べてみる。旨い。水分を多めに含んでいるのかみずみずしい。
他の缶も取ってみた。
「まだ食べるのかい?」
「違います」
ちょっと調べるために缶を振ってみる、このまま開け続けてると保存の聞く食料が消えかねないし……カラコロと音がした。
多分、サバが入ってたヤツと中身は違う。さらにもひとつとってふってみる。
……何も音がしない。
何が入っているのかは色々と種類があるのだろう。
……むぅ。メシは中々に豪華だ。
アライブゲームが何をしたいのかだいたい見えてきた気がする。なんとなく。
「はこべさん、ここにある食料皆で分けてもまぁ一週間くらいまでは持たせられますね」
自分で言いながらも、少し怖くなった。一週間なんて、すぐだ。
ここ以外に食料が無かったら、俺達アライブゲーム参加者の末路は、一週間後どうなる?
餓死以外の何もない。
でも、もしそれをゲームのルールにのっとって回避するならば……すぐにわかる、その先は地獄だ。
「他になんか無いか細かく調べましょう」
俺は”行動”を提案する。
考えすぎると、鬱屈に思想が向かう。要するに今は考えたくない。
体を動かしにくいはこべさんは、あまり動かず入り口近く、俺は奥を調べる。
ここはとくになんにもない、せいぜい壁が硬いなーってくらいしか気づくことが無い。
「君、良いのかい?」
壁を調べる俺にはこべさんが大きめの声で聞いた。
「なにがです?」
「僕などと一緒にいては、君まで悪く見られるかもしれないよ」
「誰とでも仲良くはしたいです、はこべさんと、こうしてることも間違いと思ってませんから」
「とても良い子だなぁ、君は、生まれて初めてこんなに優しい人にあった気がする」
大袈裟だなこの人。俺は大して優しくは無いし良い子ではないのに。
べつに人を殺したり万引きしたりしないだけ、この程度の優しさを持った人はあちこちにいるだろ。
と思って、はこべさんを見て。
一瞬俺は常温で放置し続けた紙粘土みたいに固まった。驚いたからだ。
はこべさんはぽろぽろと、本当に涙を流していた。
「はこべさん、どうかしたんですか?」
「君くらいの子に殺されかけた事がある」
「……え?」
さらっと、とんでも無い事を言った。
「ホームレスなら寝ているのを蹴ってもいい、そう思ってるような人間は案外いるものだから」
だから、人を嫌ったのだろうか。
つい俺は、動きを止めて話の先を待った。
「だけどホームレスになったから助けてって訴えても誰も助けてくれなかった、働けばいいだとか、努力不足だとか、甘えだとか、そう皆言った、君もそう思うかい?」
「努力してもどうしようもない状況の人だって、たくさんいるでしょう」
どれ程自分の力だけで頑張ってもどうしようもない問題を抱えた人はいる。と思う。
例えば俺の妹のセリは、絶対治りようがない病気をいくつも抱えてる。
その中にはいきなり体が動かなくなる病気がある、他人から見たら怠けてるようにしか見えないけどセリにとってそれはとても苦しいし怠けたいワケでは決してない。
そんな風な事があるのだから、はこべさんが努力してないと決めつけていいわけない。
はこべさんは俺の言葉のせいか、火がついたような表情になって。
話し出した。
「そうだ、僕は若い頃普通に仕事をしてたんだ、けれど会社は潰れて、次の仕事を探しても全然見つからなかったし、アパートの家賃も払えなかった」
はこべさんの口は止まらない。さっき会ったばかりの俺に対しても。
「家族も早くに死んでたから助けてれなかったし、生活保護も基準を満たしてないって門前払いされて、どんどんホームレスにまで落ちたて」
俺は、ただ黙って聞くしかない。それが多分はこべさんにとって一番良いから。
「最初はどうにかして家を持った生活に戻ろうってしてたんです、ですけど、住所も無い人間はロクな仕事が無い、少しでも給料の高い仕事が出来るよう身なりや住所を整えようとしても、そもそもそれをするための」
はこべさんは誰かに怒っていた。それがどこに向けたモノかは本人にもわからないように見えた。
でも、生活保護とかそんな感じのヤツ昔からあったんじゃないだろうか。
どうして、そのサービスを享受できなかったんだろう。
俺が疑問に思っているのが表情に出ていたのか、はこべさんは今まで以上に悲痛な声で叫ぶ。
「支援サービスも受けようとしました、だけど役に立たなかった、自分にとっては役にたたなかった!」
そういえば三年くらい前に妹のセリが、弱者への社会的支援は“まだ”改善が必要と言っていた気がする。
はこべさんがホームレス脱出のためもがいていた頃は何十年も前なはず……昔のそういうサービスは不備が今以上に多かったのかもしれない。
だから、はこべさんは大変だったんだろう。
「でも、必死で生きてきた、同じような境遇の人と集まったりしたんですだけど体調が悪くて仕事先から皆のいるところまで戻れない時があって、その場にあった段ボールで簡素な家を作って一人寝た時があったんです」
はこべさんは、咳込んだ。流石に一気に話し過ぎたようだ。はこべさんはそれでも喋ろうと息を吸う。
「それで、それで、それで、それで」
はこべさんがバグでも起こしたかのように、それでを連呼する。
だんだん、それは嗚咽になる。言うだけでも苦しい出来事のようだった。
「あの、無理はしないでください」
「高校生の若者集団に、リンチされた」
俺は言葉に詰まった。
想像以上に凄惨な話だったから。
「あいつら笑ってたんだ、血を流す僕を、その怪我で脚が悪くなって肉体労働が出来なくなった、でも頼る人もいないから……」
きっと、ため込んできていたのだろう。
初対面の俺に対して、感情を爆発させてしまう程に。
ボロボロと泣き出した。
どうすればいいんだこういう時。わからない
だけど何も言わないのも違う気がして。
「ごめんなさい、なんて言えばあなたの気持ちが楽になるのかとか、あなたのためにどうしたらいいのかわかんないんです」
何故か俺は謝った。もっといいコミュニケーションがあるかと思うがわからない。
「いいんだ、八女君は僕を自分の妹さんに似てる、と平気で言ってくれた、妹は家族なのに」
それが、どうしたというのだろうか。
「そこまで僕の存在を、ホームレスでもないのに認めてくれた人は始めてかもしれない」
存在を認める。
あまりにも重たい言葉が、俺にのしかかる。
はこべさんの経験は、多分ここで話している以上に壮絶なものがあっただろう。
何もかもに絶望して、何もかも嫌になってしまう程。
けど、はこべさんは今笑っていた。
アライブゲームなんてモノの中で見たソレは、俺の人生で始めてみる程爽やかで幸せそうな表情だった。
死がルールに織り込まれているゲームの中なのに。
あぁそうか。
この人は純粋な人で本当は優しい人なのだろう。笑顔を見ればわかる。
願わくば、ずっと笑っていて欲しい。
でも今はアライブゲームに参加しているのだ。これはゲームだ。
ゲームっていうのはプレイヤーを誘導する。
ロールプレイングで魔法を使わせるために物理攻撃が効かない敵を出すみたいに。
ゲームの運営とやらは投票を使わせるための仕掛けをしているはずなのだ。
食料が足りないから間引きさせるとか。
でも審判とやらが起きたらはこべさんの笑顔はまた消えてしまう。
そうならないために、俺になにが出来るだろうか。
迷っても、考えても、答えは出ない。