02
パーティーの後、私は家に帰るはずだった。
けれど殿下が頑なに私を手放そうとせず、昨夜は王宮に泊まったのだ。
私にべったりと張り付いたままの殿下の様子から、私の貞操の危機を心配した侍女たちの報告を受けて、ローズモンドが自分の部屋に泊まるよう指示してくれた。
久しぶりにローズモンドと二人きりで沢山話をして……それは楽しかったのだけれど。
今朝、朝食を終えるなりまた殿下の部屋に拉致されたのだ。
「お祖母さまはずるい。すぐにアンを連れて行く」
私は殿下の膝の上に乗せられていた。
「みんな僕からアンを離そうとする……」
私を抱きしめ、肩に顔を埋める殿下はまるで捨てられた仔犬のように見えた。
冬休みに入ってからの殿下の様子をローズモンドから聞いた。
この国では十六歳で成人とみなされ、殿下も王族としての公務が始まる。
そのため普段も学園を休みがちだが、今は新年を迎える準備で特にやる事が多く、殿下もずっと仕事漬けだったそうだ。
殿下は私に会いたがっていたのだが、外出する暇もなく、衣装合わせで私が王宮へ来るのをとても楽しみにしていたのだという。
そうして私が帰った後は、三日後のパーティーで会うのを心待ちにしながら、しきりに今すぐ結婚したいと何度も言っていたと。
「あの子のリリアンへの執着が日に日に増していって……心配なのよね」
ローズモンドはため息をついた。
「特に最近は、もしもリリアンがいなくなったら僕も消えるなんて物騒なことを言っているみたいで……」
――それはもしかして、私が言ったからだろうか。
いつかこの身体にマリアンヌの魂が帰ってくると。
「あまりにも執着が強いから、距離を置かせた方がいいのだろうかと息子が言っていたのだけれど、そうすると反動が怖いのよね」
「……私、どうすればいいのかしら」
私が言っても殿下は聞き入れてくれないし。
「私……戻ってこなければ良かったのかしら」
私がこの身体に入らなければ。
マリアンヌが階段から落ちなければ。
「リリアン」
ぎゅ、とローズモンドが私の手を握りしめた。
「それは違うわ。あなたが生き返らなくてもフレデリクはあなたへの想いを抱え続けていた。それはマリアンヌにとって不幸なことよ」
自分を通じて他の者を思い続ける婚約者と、やがて結婚しなければならないマリアンヌ。
それは確かに彼女にとっては不幸なことだ。
けれど……そのマリアンヌの魂が消えたままなどということになれば……それはもっと辛いことだ。
マリアンヌの魂が戻ってきて、彼女が幸せになれる道があればいいのに。
「今のフレデリクは会えないと思っていた初恋相手が現れて舞い上がったままなの。時間が経てばもっと冷静になると思うわ」
ローズモンドはそう言っていた。
そうかもしれないけれど……。
「フレデリク様っ、そろそろ下ろしていただけますか」
私の肩に埋めていた、殿下の唇が先日キスマークを付けられた所へまた触れようとしているのに気付いた。
あの時の痕はまだ消えていなくて、昨日も髪を上げることができずに髪型を変えざるを得なかったのだ。
――殿下が冷静になる前にマリアンヌの身体にこれ以上痕を付けられてしまっては……。
「どうしてアンは僕から離れようとするの」
殿下は顔を離すと私を見た。
「アンは、僕のものになるのが嫌なの?」
「それは……」
言い淀むと殿下の眼差しがふいに険しくなった。
「アンが嫌でも、アンは僕のものだから」
殿下は私を抱き抱えたまま立ち上がった。
そのまま、部屋の奥へと歩き出すと扉を開く。
そこは寝室だった。
殿下は私をベッドの上に下ろして……え、待って貞操の危機!?
「今日からアンはここで暮らすんだ」
「え?」
「外に出るのは僕と一緒の時だけ。アンが着るものは僕が選ぶ。そう決めたから」
「は……ええ!?」
「いい? 絶対ここから出ちゃだめだよ」
そう言い残して殿下は一人、部屋から出て行った。
扉を閉めると、ガチャリと鍵を掛ける音が響く。
(え、もしかして閉じ込められたの!?)
慌てて扉に駆け寄り、手をかけたけれど開かなかった。
「そんな……」
呆然として、けれど……しばらく経つと、私はだんだん腹が立ってきた。
どうして好きだからって、殿下が私のことを全て決めるのだろう。
私は殿下の人形ではない。
私にだって意思があるのだ。
「私をこんなところに閉じ込めても無駄だって、思い知らせてやるんだから」
そうして私は部屋を脱出してきたのだ。




