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04

 目覚めてから十日後。

 ようやく身体の痛みがなくなってきた私を、実の兄が孫を連れて訪ねて来た。


「マリアンヌはリリアンの子供の頃によく似ていると思っていたけれど……中身がリリアンだと本当にそっくりだな」

 私を見て感心している兄エドガール・アシャールは六十を過ぎても若々しく、元気そうだった。

 未だに王宮の図書館長として現役で働いているのだという。


「カミーユもお兄様にそっくりね」

 孫息子のカミーユはマリアンヌと同じ十六歳。

 アシャール家の特徴である黒髪に切長の水色の瞳を持つ彼は美人という言葉が似合う。

 兄エドガールもゲームでは私と共にお助けキャラとして登場していたが、あまりの美人ぶりに「エドを攻略したい!」という声が多く上がったため、続編では同じ顔の孫カミーユが攻略対象として登場したのだ。


 ちなみに私たちは双子で、同じ色彩を持つが二卵性のため顔はそんなに似ていない。

 マリアンヌは瞳の色は同じだが髪は栗毛色だ。



「大叔母様……と呼ぶのも変な感じですね」

 苦笑しながらカミーユが言った。

「ふふ、そうね。私がリリアンであることは秘密だからマリアンヌと呼んでくれていいわ」

 マリアンヌの中身が私であることを知っているのは息子夫婦と、私が目覚めた時に居合わせたマリアンヌ付きの侍女だけだ。

 それ以外の使用人たちには、マリアンヌは頭を打った衝撃で記憶喪失となっているということにしていた。


「それでお兄様。過去に私のような例はあったのかしら」

「いや、一通り調べたが見つからなかった」

 兄は首を振った。

「記憶喪失になったり、別の人格が出てきたりという事例はあったのだが……一度死んだ別の人間の魂が入るという記録はなかった」


 私がマリアンヌの中で目覚めた後、何故こんなことが起きたのか調べようと実家を頼ることにした。

 アシャール家は王国の知識や情報の管理を代々の役目としていて、王宮や王都にある図書館を管轄している。

 私たち兄妹が乙女ゲームのお助けキャラとなったのも、家の情報収集力があったからだろう。

 だが兄の調べでも過去に同じ事例がないということは……原因も分からないということなのだろうか。


「それからマリアンヌが階段から突き落とされた件ですが、犯人は未だ分かっていません」

 カミーユが言った。

「事件が起きたのは図書館の裏手にある階段で、普段から人気のない場所のため目撃者が全くいないんです」

 私は遠い記憶にある学園の構内図を思い出した。

 建物の位置があの頃と変わっていなければ……カミーユの言う通り、生徒がいるような場所ではないはずた。


「マリアンヌはどうしてそんな場所にいたのかしら」

「おそらく誰かに呼び出されたか、密会していた可能性があります」

「……それが犯人か?」

 息子ダニエルが眉をひそめた。

「犯人か、犯人を知っている可能性が高いですね」


「――ねえカミーユ。マリアンヌは学園ではどんな様子だったの? 誰かに恨まれるようなことがあったのかしら」

 階段から突き落とされるなんて、下手したら死んでしまう。

 わざわざ人気のない場所で落とされるとは故意なのだろう。

 殺意を受けるほどあの子は誰かに恨まれていたというのだろうか。


「恨まれることはないと思いますが……」

「が?」

「……フレデリク殿下につきまとっている平民の女生徒がいまして。彼女と言い争っているのは見かけたことがあります」

「平民の女生徒?」

 それって……続編ゲームのヒロインなのでは……。


「その女生徒とは何度か揉めているようで、目撃者曰く殿下を巡ってのことらしいですが」

 カミーユは首を捻った。

「ただマリアンヌは殿下と仲が悪かったですからね……わざわざ評判を落とすようなことをする必要はないと思うのですが」


「殿下と仲が悪かったの?」

 私は驚いてダニエルを見た。

 フレデリク殿下と会ったことはないけれど、そんな話は耳にしたことがなかった。


「……そうですね……仲が悪くなったのは母上が亡くなられた後ですね。原因は分からないのですが……時々『婚約を解消したい』と言っていました」

「まあ……」

 一体、マリアンヌに何があったのだろう。

 婚約者と仲が悪いなんて……。

 確かに、ゲームでのマリアンヌはその我儘な性格から殿下に嫌われていたけれど。

 実際のマリアンヌは良い子だったのに。



「その殿下とのことですが……婚約を解消するよう、陛下に進言しようと思っています」

 ダニエルは兄を見た。

「マリアンヌはずっとこのままなのか、元に戻るのか分かりませんし……」


「――そうだな、それがいいだろう」

 兄は同意するように頷いた。

 確かに、ただでさえ仲が悪いのに、中身がお婆ちゃんに代わったなんて殿下が可哀想だ。


「陛下たちに伝えるのか? 中身がリリアンだと言うことを」

「こちらから解消をお願いするのですから、正直に理由を伝えないとならないでしょうね」

 そう答えて、ダニエルは私を見た。


「母上も王宮に行っていただこうと思います」

「私も?」

「実際に会わないと理解してもらえないでしょう」

「そうね……」

 本人でさえ、未だに夢ではないかと思っているのだ。


「王宮なんて、いつ以来かしら」

 先王が譲位して離宮に移るのとほぼ同じ時期に、夫もダニエルに爵位を譲った。

 領地に住むようになってからは、王宮での夜会や行事に出ることもなくなっていた。

 先王の離宮はバシュラール家の領地と近かったから、ローズモンドとは会っていたけれど……そういえば、彼女たちは今どうしているのだろう。


「先王は昨年逝去され、王太后は今王宮に戻っているよ」

 私の心を読んだように兄が言った。

「そう……陛下も亡くなられていたの」

 兄のようにまだまだ元気な人もいるけれど、この国では六十を過ぎるともう長生きといえる年齢になる。

 それでも夫と先王と、知った相手が二人も亡くなっているとは……二年という時間の流れを嫌でも感じさせた。

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