表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

膨らませた途端に萎む風船のように。

翌朝6時の少し前、アラームより早くに目が覚める。今までこんな事はなく、なんならアラームも何度かスヌーズ機能にお世話になっていたくらいなのに、パンデミック発生から自然と起きてしまうようになった。


そうしてまだ眠そうな愛犬を布団に残し、うがいと洗顔をしてからマグカップに電気ポットのお湯を注いだ。それをゆっくり飲みながら、早速SNSを入念にチェックする。私が寝てから今朝までの投稿をくまなく、目を皿のようにして読み込んだのに、熊のような存在については何も見付からなかった。正直かなり落ち込んだが、知らず知らずに緊張していたようで、座椅子に思い切り脱力すると座り直して天井を見上げる。


あれを見たのは私だけだったのだろうか。確かに闇夜に紛れていたし、音も大きかったわけじゃない。それでも、私のように家に籠城している非感染者の人達は、気が張っていて小さな物音にも反応するのではないかと思っていた。勝手に期待して勝手に失望するなんて、と少し呆れて鼻で小さく笑った。


それからも日々は変わらず過ぎていく。SNSを今までよりも頻繁にチェックするようになり、少しでも情報を得られないかと思っていた時。思わず立ち上がってしまうような衝撃の投稿がされた。


【速報:徘徊していた感染者4体が突然倒れて動かなくなった。】


どういう事だ、これは一体どういう事だ。心臓が早くなるのに反比例するかのように、呼吸は小さくなっていく。


早く、早く詳細を教えてほしい。あまりにも知りたすぎて、何度も更新を催促するように画面を下にスクロールし続ける。数秒での投稿はなかなか難しいという事なんて、この時の私には考えが及ばなかった。それでも興奮して止まらない指に応えてくれるかのように投稿された内容は、


【ショッピングセンターに立て篭もった日からずっと外にいた感染者4体が、歩いてたのに突然倒れて動かなくなった。気絶ではないと思う。立て篭もった日からだから、3ヶ月ぐらいか?とにかく今後も様子見てみる。】


というものであった。その投稿を待っていたのはもちろん私だけではない。だから瞬く間に拡散されていき、それに伴って様々な意見や仮説が投稿されていく。中には、同じように倒れた感染者を見たという投稿まであるではないか。そして、感染者は飲まず食わずで行動しているため、肉体を維持出来るのは3ヶ月が限度なのではないか、という考察が多く見られた。


目が悪いわけじゃないのに、スマホを近くまで寄せて何度も内容を読み込む。そうして噛み砕いてようやく飲み込めた時には、張り詰めていた息を解放すると同時に、涙も溢れてボロボロ泣いた。決して解決したわけではないし、倒れて動かなくなった感染者達が再び立ち上がる事も無いとは言い切れない。


それでも、そう、それでも。これまでの感染者を倒す方法は、物理攻撃で脳を破壊するのみとされていた。それがもしかしたら、戦わずとも良い方法が見つかったかもしれないのだ。3ヶ月は確かに長い。この逼迫した状況で、待つだけというのは難しいだろう。食糧難で倒れてしまう人もいるかもしれないし、感染者に見つかる人もいるかもしれない。だけど戦えない一人きりの私には、この情報は涙を流す程に嬉しいと思えるものだったのである。


日々感染者は出てくるが、初期症状のみの対処法も見つかった。そしてここにきて、まだ確定ではないにしても、感染者についての新事実が加わった。もしかしたら今後、少しづつでも数を減らすのではないか。それはきっと、塵が積もって山になるような、途方もない時間がかかるのかもしれない。


しかしこの事は私の、そして同じように、たくさんの非感染者達の心に、確かに希望を抱かせたのだった。


興奮冷めやらぬこの気持ちを、どうにも持て余してウズウズしていたら、その空気を察知した愛犬が、お気に入りのおもちゃを咥えて近寄ってくる。私もごまちゃんも、まるで小躍りするように走り回って疲れるまで遊んだ。衝撃を吸収して音が出にくいタイプのカーペットで本当に良かったと心から思う。


そうしてお互い満足して、座椅子に腰を下ろして休憩しつつまたSNSを見ると、未だに白熱した意見を交わしあっている中に、【そういえば俺の投稿消されてるな。何でだろ。】という見逃してしまいそうな、普段ならあまり気にしないような内容があった。


思わずその人のアイコンをタップし、どのようなものだったのか前後から推察しようと思ってトップに飛ぶと、消されたという内容の前に【物音がして怖ぇ…!】と書かれている。その次は【確認するのも無理だわ。でも見る。】そして、【あれなんだったんだろ。怖すぎんだろ。】と投稿されていた。このでも見る、となんだったんだろという内容の間に投稿されたものが消されたという。何故消されたのかも分からないし、もしかしたらヤバいものだったのでは、と二度と投稿しないとしているので確定ではないが。


けれどもなんとも言えない不安が、遊んだ余韻で火照った身体を冷やし始めた。恐らく大学生と思われる男性のその投稿された日時は、私が熊のようなものを見た夜の2日後である。


もしも私の勘が当たっているなら。あの熊のようなものは、投稿を消せるような権力を持った、何がしかの組織が絡んでいるのではないだろうか。しかも、この大学生の男性や私のような、弱小アカウントの投稿も見逃さない程の。


おそらく、この事に気付いたのは私だけではないだろう。意外と大勢いるかもしれない。けれどもそれを、軽々しく投稿してはいけない事も同時に気付いている。だからネットでのやり取りは難しく、自分たちで考えて答えに近付くしかない。


しかし一人ぼっちの私には、相談出来る人もいなければ外に出ることも出来ない。途端に心細くなって、足元で寝ている愛犬を撫でながら、通信アプリの夫の画面を開いた。そこには相変わらず『今日も無事でした。』と私が毎晩送っているメッセージが、未読のまま並んでいるだけで。


分かっていたのに、それでも何かに縋りたくて、開いてしまった夫の通信アプリ画面。ああ、私はやはり一人なんだな、と胸が痛くなる程に実感した。


けれども負けたくない。きっと夫だって必死で頑張ってる。他にもたくさんの人達が頑張ってるし、ごまちゃんだっている。今はすごく狭い私の世界で、少しでも自分なりに考察して強く生きていこうと思った。


早速、棚からリーズリーフとバインダーを持ってきて、今のところ得てきた情報と私の考察を少し書く。初期症状の対処法と、感染者の行動はおそらく3ヶ月まで?と記入した後に、【感染者は人間にのみ反応する。だから熊などの毛皮をすっぽり着込み、臭いを消してしまえば良いのではないか。】とした。


一通り記入し、バインダーに挟みながら考える。きっとこの考察は間違っていない。これが分かっただけでも、個人的にはかなりの発見である。しかしやはり、誰がなんのために、情報制限までしているのだろうか、という事が気になって仕方ない。いくら考えても私に分かるわけもないし、今後も何かしら気付いたり見付けたら書き込んでいこうと、テーブルの隅にルーズリーフとバインダーと筆記用具を常備しておく事にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ