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本当に怖いのは。

夫が仕事に行ってから14日が経過した。あれから連絡がつかず、込み上げる気持ちを堪えて1日1度だけ通信アプリにただ一言送る。『今日も無事でした。』と、それだけを。


本当はもっとたくさん連絡したい。送りたい言葉も多いし、何より声を聞きたい。無事である事を確かめたい。でも既読を付けてくれるだけでも構わないから、どうか生きているという事を教えてほしい。ここから200m程先の、夫の職場である警察署に駆け込みたい衝動を必死で飲み込む。私に出来るのは、夫の無事を祈り続ける事と、自分自身と愛犬を守り抜く事だから。


一人でいるのは本当に怖い。襲い来る孤独感と不安に、どう立ち向かっていいのか分からない。毎日情報を得るために開くSNSには、同じように孤独と戦う人が大勢いて、その事実が私を勇気づけてくれていた。


2日目ぐらいまではまだ、気が張っていたしもしかしたら、明日にでも解決するのではないかという淡い期待があった。ニュースでも、感染源は不明であり、よくある噛まれたり傷を経由するのが原因ではないと言っていた。だから意外にも早く解決して、夫も無事に帰ってきてくれるのではないかと前向きでいられたけど、日を追う事にその気持ちは暗いものに変わっていった。


未だに感染源不明で、治療法ももちろん分からない。感染者は自我が失われ、目につく人間だけをとにかく傷付けたいという衝動に駆られるようだ。対象はあくまでも人間のみで、建物や動物には興味を示さないという。相手が完全に息絶えるか、逃げ切るまで暴力行為は続く。その見た目は返り血を浴びて本当にゾンビのようだし、常に興奮状態である事から、目は血走り呼吸は荒くて、叫び声を上げたりしているらしい。昨日まで家族だったり、友達だったり、恋人だった人が、そんな風に襲いかかってきたら。大切な人が、愛した人がそうなってしまったら。私は一体どうしたらいいんだろう。


止まらない真っ暗な思考回路は、私の持ち前の性格をどんどん消してしまった。とにかく音を立てないように家の中で行動し、満足に愛犬と遊んであげる事も出来ない。日中はボンヤリ空間を見つめて過ごし、夜は布団に包まりながら犬を抱いて震えて眠った。


そんな私を救ってくれたのは、やはり愛犬のごまちゃんである。「お母さんどうしたん?」という目を向けて、ただひたすらに寄り添い続けてくれた。温かくて小さくて、私よりも遥かにか弱いごまちゃん。それでも必死で守ろうと、震えて泣く私のそばを離れず顔を舐めたり、おもちゃを持ってきて周りに置いてくれたり、身体をピッタリとくっつけて熱を分けてくれようとする。本当はたくさん遊びたいんだろう。お外に出て思いっきり走りたいし、おもちゃを投げてほしいだろうに、抱っこだってしてほしいだろうに。そんな催促をせずに寄り添ってくれる。


なんて優しくて強いんだろう、決してただか弱いだけではない。心が少しづつ溶かされていくような感覚がする。ああ、そうだ。私の目標はなんだった?こんなにまるで朽ちていくのを待つ事だったか?


ーーいいや違う。夫の無事を祈り、自分自身と、なによりも大切な愛犬を守る事だ。そうだ何を腐っているんだ。そんな暇は無い。持ち前のポジティブを今こそ活かせ、立ち上がれ、動き出せ。


心の奥から徐々に湧き上がるような衝動。それは私の目に光を取り戻させ、生きる気力を抱かせた。


「ありがとうごまちゃん、たくさん心配させてごめんね。お母さんは負けないよ!」


久しぶりに思いっきり抱っこをして、足音の出にくいカーペットの上でたくさん遊んだ。


「汚いと全てがダメになるな。よし、シャワー浴びよう。」


ごまちゃんが大満足するまで遊びちらかして、お昼寝体勢に入ったのを確認してから頬を叩いて浴室へ向かった。何故かは分からないけど、ライフラインが保たれていて、水も出るし電気も通っている。それが逆に怖くて使用出来なかったけど、開き直って使ったれ!という前向き精神を剥き出しにする事にした。

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