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相撲に関連する作品(相撲小説「金の玉」「四神会する場所」シリーズは、別途でまとめています)

大相撲古今強豪ランキング

作者: 恵美乃海

谷風、小野川、雷電以降、白鵬に至るまでの、強豪力士ランキングです。

年6場所制より前の時代の強豪力士については、筆者独自の方法で、年6場所制に換算した記録を算出して比較しております。


常陸山、栃木山、双葉山、大鵬といった力士たちは、その人生も小説的でドラマチックです。

筆者は、物心がついたときからの相撲ファンで、大相撲をテレビで実際に観て、興味を持った時期は、昭和38年まで遡る。

大相撲の観戦歴は、今年で57年ということになる。


大相撲については、色々な楽しみ方があるが、筆者が大きな興味を持っていることとして、相撲の各種記録。そして相撲の歴史がある。

相撲の歴史の中でも最も興味があったのは、それぞれの時代が産んだ強豪力士たちの残した事績、記録。


その記録を比較して強豪力士たちをランキングしてみる、ということは、相当に若い頃からやってきた。


大相撲について、現在は相撲協会の広報活動の努力も大きかったと思うが、一時期の、観客席が半分も埋まらないというような、不人気の時期を脱して、ほぼ連日満員の盛況である(この執筆時期は2020年7月、コロナ禍の最中なので、状況は激変してしまっているが)。


スー女という言葉も生まれ、女性、若い人、外国人にも大相撲ファンは随分と増えているように思う。

現在の状況は、とても喜ばしいと感じているし、また横綱、大関といった強豪力士だけでなく、個々の力士にもそれぞれ大きな関心を持ってファンに見てもらっているとも感じられるので、そのことも嬉しい。


ただ、相撲の歴史、過去の強豪力士といったことにはあまり関心を持たれていないのかな、と感じる。


私は少年時代は、今、NHKで解説をされている北の富士さんのファンだった。

昭和49年名古屋場所で彼が引退したとき、私は高校2年生だった。

引退を惜しむ文章を、専門誌である、ベースボールマガジン社発刊の月刊「相撲」に投稿し、掲載いただいたこともある。それが、私の書いた文章が、雑誌に載った初体験だった。


今年、夏場所が開催中止となり、NHKが、その時期に昔の相撲の映像を放映し、その中でも、現役時代の北の富士が特集されて流されたことがあったようだ。その番組、私は見逃したのだが、北の富士の現役時代のライバルで、27歳で現役中に亡くなった横綱玉の海正洋のことを、その映像で初めて知ったという声が、NHKに多数寄せられたそうだ。

「そうなのかあ…」

と何とも言えない気持ちになったが、考えてみれば、もう49年も前の話。

今の若い人が、その存在を知らなくても、それは当たり前の話。

私が年を取ったというだけのことだ。


ただ、私の少年時代と現在を比較してみると、私の少年時代は、現在よりは、昔の強豪力士、その歴史にもっと興味を持たれていたと思う。私個人についてということではなく、相撲ファン全般の間でそうであったということだ。

相撲の専門誌でもそういう企画は多かったし、数は少なかったが、当時、相撲ファンを称していた、同年代の人たちとも、そういう話も普通にしていたと思う。


今の人は相撲だけでなく歴史全般に関する興味が薄れているということも感じる。

野球もそうだし、日本史、世界史そのものも、そのように感じる。

例えば、今、戦国時代が大きなブームで、その時代についてのファンは、随分と多いようだ。

NHKの大河ドラマも扱う時代は、ほぼ戦国か、幕末。

それ以外の時代はめったに扱われない。

数年前に「平清盛」が放映されたが、視聴率は低かった。

その理由として「あまりよく知られていない時代だから」

という記事を読んだときは吃驚した。


源平合戦の時代というのは、私の少年時代の頃は、戦国時代に負けないくらい人気があり、その主要登場人物については、特に歴史好きでなくても、一般の人によく知られていたと思う。


さて、話がずっと横道に逸れてしまった。

申し訳ないです。


相撲史好き、古今の強豪のその強さについて比較して論じて見ようというような人の間では、

古今十傑という言葉が割と使われています。


そのメンバーは、


谷風梶之助

小野川喜三郎

雷電為右衛門

稲妻雷五郎

陣幕久五郎

梅ケ谷藤太郎(初代)

常陸山谷右衛門

太刀山峰右衛門

栃木山守也

双葉山定次


の十名です。


谷風、小野川は、四代目、五代目の横綱ですが、初代から三代目は、伝説的な存在でもあり、歴史上、実際に横綱免許を受け、横綱土俵入りを行ったのは、このふたりが初めてで、ふたり同時に免許を受けました。

西暦で言えば、1789年。フランス革命のあった年です。


谷風が四代目となっているのは、彼は現役時代に病死し、土俵を退いたのが、小野川より早かったからです。

同時横綱昇進というのは、以降、それ以外に四組ありますが、現役時代は代数を決めず、先に引退したほうを、若い代数とする、というのが慣例となりました。


大鵬以降の強豪力士で、先の古今十傑と比較されるだけの域に達した力士としては、

大鵬幸喜

北の湖敏満

千代の富士貢

貴乃花光司

朝青龍明徳

白鵬翔

の六人が挙げられるかなと思います。


谷風よりも少し前の時代から番付、そして星取の記録は残っていますので、記録の面で、その強豪度を比較することは可能な訳ですが単純に比較はできません。

場所の開催頻度、各場所の取組数が現在とは異なるからです。

年二場所開催、ひと場所十番という時代が長かったし、またその通りとも言えない時期もあります。

また現在は、勝ち負けは、よほどのことがない限りはっきり付きますが、

以前は、引き分け、預かり、痛み分けなど、勝ち負けをはっきりつけない星がかなり多いのです。


さて、時代により、単純には比較できない記録を、どうやって比較させるか。

私は以下のように考えました。なおこのやり方ですが、私見です。

私の知る限り、以下の方法を使った方というのは存じあげません。

したがって、相撲史ファンの間で認知されているやり方ではない、ということは特にお断りしておきます。


現在、各力士の場所毎の成績。そして優勝相当場所は、ウィキペディアで検索することができます。

入幕の年月、引退の年月が分かります。

これにより、各力士は何年何ヶ月、幕内に在位していたかが分かります。故にもし六場所制であったなら、幕内に何場所在位していたかが分かります。

例えば雷電為右衛門であれば、122場所在位となりますので、1830番となります。

雷電の成績を、勝負以外は、0.5勝0.5敗として補正すれば、264.5勝20.5敗41休。これを1830番に換算すると1485勝115敗230休となります。

次に優勝回数については、初優勝と最終優勝の場所がわかりますので、その力士が何年何ヶ月優勝する力があったのかが分かります。

そしてその間本場所は何場所開催されたのか、雷電の場合は、41場所中28回優勝。そして、その41場所の開催年月をみれば、六場所制であれば、120場所開催されていたはずですので、雷電の優勝回数は82回となります。全勝優勝について、その回数をどうやってだすかは難しいですが、負けていなくても、引分、預り、無勝負が含まれる場所は除く、勝以外に休みのみがある場所は全勝優勝とするとしました。

(対戦が予定されていた相手が休んだ場合、ある時期からは、不戦勝、不戦敗とするようになりましたが、それまでは、星取りでは、両力士とも休みとなりました)


そうやって算出された全勝優勝回数を、さらに3分の2で計算します。昔はひと場所十番という時期が長かったからです。

なお双葉山については、11日制から13日制を経て15日制までそれぞれで全勝優勝を経験しており、その全勝優勝8回のトータル番数は、106ですので、算出された全勝優勝回数を3分の2ではなく、120分の106で計算します。


また連続優勝、連勝は、矛盾しますが、現行通り、昔の力士も、間に引分、預かり等があっても負けがない限り継続としました。

これにより古今十大力士の六場所制換算は以下のようになります。端数は原則、四捨五入します。

目でみて、電卓を叩いての手計算ですので、誤りがあるかもしれません。

連覇、連勝については、3連覇、30連勝以上を記しています。


谷風梶之助

幕内在位154場所

1517勝178敗615休 .895

優勝65回 全勝27回 6連覇 4連覇 3連覇

63連勝 43連勝 35連勝


小野川喜三郎

幕内在位108場所

1135勝200敗285休 .850

優勝23回 全勝5回


雷電為右衛門

幕内在位122場所

1485勝115敗230休 .928

優勝82回 全勝17回

9連覇 7連覇 5連覇 3連覇を2回

44連勝 43連勝 38連勝 36連勝


稲妻雷五郎

幕内在位111場所

989勝157敗519休 .863

優勝30回 全勝8回

3連覇を2回

33連勝


陣幕久五郎

幕内在位103場所

847勝131敗567休 .866

優勝15回 全勝4回

3連覇


梅ケ谷藤太郎(初代)

幕内在位63場所

541勝69敗335休 .887

優勝26回 全勝8回

3連覇を2回

58連勝 35連勝


常陸山谷右衛門

幕内在位93場所

706勝118敗571休 .857

優勝23回 全勝6回

3連覇

32連勝


太刀山峰右衛門

幕内在位91場所

892勝152敗321休 .854

優勝32回 全勝10回

5連覇

56連勝 43連勝


栃木山守也

幕内在位63場所

724勝120敗109休 .858

優勝26回 全勝6回

5連覇 3連覇


双葉山定次

幕内在位83場所

909勝224敗3引分109休 .802

優勝34回 全勝20回

5連覇 4連覇

69連勝 36連勝


年六場所制以降で、記録を補正する必要のない六力士の記録は以下の通りです。

(厳密に言えば白鵬には非開催場所が2場所あるので、補正しなければいけませんが、現役力士で、記録はまだ変わるでしょうから、このままにしておきます)


大鵬幸喜

幕内在位69場所

746勝144敗136休 .838

優勝32回 全勝8回

6連覇2回 4連覇 3連覇

45連勝 34連勝2回 30連勝


北の湖敏満

幕内在位78場所

804勝247敗107休 .765

優勝24回 全勝7回

5連覇 3連覇

32連勝


千代の富士貢

幕内在位81場所

807勝253敗144休 .761

優勝31回 全勝7回

5連覇 4連覇 3連覇2回

53連勝


貴乃花光司

幕内在位75場所

701勝217敗201休 .764

優勝22回 全勝4回

4連覇 3連覇2回

30連勝


朝青龍明徳

幕内在位55場所

596勝153敗76休 .796

優勝25回 全勝5回

7連覇 4連覇

35連勝


白鵬 翔

幕内在位95場所

1066勝195敗164休 .845

優勝44回 全勝15回

7連覇 6連覇 4連覇 3連覇2回

63連勝 43連勝 36連勝 33連勝2回 30連勝


全くの主観ですが、以上を踏まえて、ランキングは、末記のように考えます。


双葉山は、六場所換算の優勝回数、全勝回数では太刀山を上回ります。

が、太刀山は、明治43年6月場所、この時点で彼は既に32歳10ヶ月ですが、大正7年1月場所で引退するまでの七年半16場所、通算101勝3敗3引分2預かり51休。休みは多いですが、その勝率は高く、不調場所というのはありません。

一方、双葉山は、23歳11ヶ月から26歳11ヶ月にかけて、69連勝しますが、それ以降、不調と言える場所も数場所あります。

この印象により、

太刀山を4位。双葉山を5位としました。

(白鵬が63連勝したのは、24歳10ヶ月から25歳8ヶ月にかけてです。)


太刀山の土俵生活における晩年の星取りですが、43連勝したあと西ノ海(二代目)に敗れ、そのあと56連勝します。この西ノ海に対する敗戦ですが、星を譲った八百長だったと言われています。

この相撲に勝っていたら、太刀山は、ちょうど100連勝したことになります。

太刀山の連勝を56でストップさせたのは、次代の覇者、栃木山。この栃木山に敗れた場所の太刀山は、9勝1敗。太刀山の最後の優勝場所です。

その翌場所も9勝1敗。負けた相手は、古今強豪ランキングで、30位までには入るであろう、大錦卯一郎。

なお、トータルの対戦成績は、対栃木山、対大錦卯一郎ともに、2勝1敗です。

そして、そのあと全休が2場所あって太刀山は引退します。


谷風、雷電 は、その相撲を取った年数の長さからいっても、現代の相撲とは相当隔たりがあるのでは、という印象を持ちます。その残した記録は、

大リーグで例えれば、サイ・ヤングの通算511勝とか、ロジャース・ホーンスビーのシーズン打率.424 (私はこの打率が大リーグにおけるシーズン最高打率だとずっと思っていたのですが、あらためて検索したら、19世紀まで遡れば、シーズン打率.440という記録もあるようです) とかに相当する、現代ではありえない、比較するのがさらに難しい記録であり、このふたりも、相撲史における、神話的伝説的強豪と言えるでしょう。

その残した記録により、この江戸時代に活躍した二大力士を1位、2位としますが、

実質的には、白鵬が、史上最強力士と言ってよいのでは、と私は考えます。


1位 雷電為右衛門

2位 谷風梶之助

3位 白鵬 翔

4位 太刀山峰右衛門

5位 双葉山定次

6位 大鵬幸喜

7位 稲妻雷五郎

8位 梅ケ谷藤太郎(初代)

9位 千代の富士 貢

10位 常陸山谷右衛門

11位 栃木山守也

12位 朝青龍明徳

13位 北の湖敏満

14位 小野川喜三郎

15位 貴乃花光司

16位 陣幕久五郎

この文章、元々は、ここに挙げた力士にさらに


柏戸利助

鬼面山谷五郎

雷電震右衛門

常ノ花寛市

玉錦三右衛門

羽黒山政司


の六力士も年六場所制換算した記録を算出してランキングに加えていたのですが、マニアックなので、本文では取り上げませんでした。


上記の力士の中で鬼面山谷五郎については、その実績からいって、小野川と貴乃花の間にランクインしてよいのでは、と思います。


柏戸利助は、年六場所制換算すると、優勝47回、全勝ゼロになります。

谷風、雷電、白鵬とともに、史上たった四人しかいない、優勝回数、超四十回力士ということになりますが、江戸時代の歴史的強豪力士の中では勝率は高いとは言えず、負数も多く、それだけの優勝をしながら、時代の中で際立った力士という印象を持てない、特異なタイプの強豪力士です。

年六場所制以降に置き換えたら、その優勝のほとんどは、12勝3敗だったと考える必要があるでしょう。


優勝決定戦制度が定められたのは、昭和22年からで、それ以前は相星の場合は番付上位者が優勝とされていましたので(優勝制度ができる以前についてもそのように見なして優勝相当回数をカウントしているはずです)、その恩恵をこうむっての優勝も多いということになるでしょう。

が、その勝星で、これだけの回数の優勝ができたということは、柏戸利助の同時代には、単発場所であっても、12勝、13勝以上する力量を持った力士はほとんどおらず、そして柏戸利助は、その力量の力士たちを相手に、毎場所3敗程度は土を付けられていたということになります。

強豪力士としてみれば、あまり高くないレベルで、極めて安定した成績をかなりの長期間に渡って残し続けた力士ということになります(こう書いてみると、下記の16位というのも過大評価かな、とも思いますが、優勝47回に敬意を表してこの順位にしておきます)。


柏戸利助、ライバルは玉垣額之助(四代目)ですが、その力士像、そしてその活躍した時代の相撲界、渋いです。


それにしても年六場所制換算で、優勝超四十回の四人の力士の内ふたり(雷電為右衛門、柏戸利助)は大関で、横綱ではない、ということになります。

これは、横綱というのは、元々は地位ではなく、横綱土俵入りをする資格を免許により与えるという意味であったという歴史的経緯に依ります。

ふたりは、横綱免許を受ける機会に遭遇しなかったというだけのことでしょう。

ふたりが活躍していた時代においては、過去に横綱免許を受けたのは谷風と小野川だけですから、上覧相撲が行われたその時だけの特例という風に認識されていたのであろうと思います。


全力士を概観したら、このレベルに達している力士がさらにいるかもしれませんが、とりあえず前記の6力士も加えると15位以降は、以下のようにいたします。

(思いつくところでは、秀ノ山雷五郎、小錦八十吉(十七代横綱)、梅ケ谷藤太郎(二代目)、大錦卯一郎といった力士たちの記録もチェックして、年六場所制換算しなければ、と思うのですが疲れました)


15位 鬼面山谷五郎

16位 柏戸利助

17位 玉錦三右衛門

18位 羽黒山政司

19位 貴乃花光司

20位 陣幕久五郎

21位 雷電震右衛門

22位 常ノ花寛市


柏戸利助

幕内在位84場所

785勝233敗242休 .771

優勝47回 全勝0

4連覇が三回。3連覇が一回。


鬼面山谷五郎

幕内在位84場所

769勝179敗312休.811

優勝21回 全勝6回


雷電震右衛門

幕内在位74場所

525勝139敗446休 .791

優勝13回 全勝2回

3連覇

43連勝


常ノ花寛市

幕内在位81場所

769勝254敗192休 .752

優勝22回 全勝3回

3連覇


玉錦三右衛門

幕内在位75場所

848勝147敗8引分122休 .852

優勝17回 全勝2回

3連覇


羽黒山政司

幕内在位99場所

929勝272敗3引分326休 .773

優勝18回 全勝7回

4連覇

32連勝


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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい!
[良い点] 大変興味深く読ませていただきました。 [気になる点] 恵美乃海さんの他の作品も読んでみたいので、もしお手間でなければ小説情報を編集していただいて、この短編の「作者名」を空欄にして編集し直し…
[良い点] 労作を読ませていただきました。 [一言] 過去の相撲の歴史にたいして、造詣が深まる一助になるような面白さが大事なんでしょうね。
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