初手
それから男たちは静かに行動を開始した。
まず、男たちは地下神殿を出て
前魔王を倒した正義の使徒の一人であり
ドラルヌーン大陸の現在の王
"豪勇のバルヌス"の身辺調査をすることにした。
「中々このドッキリ終わらねぇな」
と言っていた男は
自分の紫の肌や赤い目、
それに絶大な能力に気付いてからは
「夢だな。冷めない悪夢だ」
と言う風に考えて、この異常な状態を受け入れることにした。
同行しているシャマリーヌと言われた悪魔のような女は男と
バルヌスの居城である中央ドラル城の
最も高い塔の最上階にある寝所の窓の外から中で
何人もの連れ込んだ女を抱いているバルヌスを伺う。
彼は、筋骨隆々とした強そうなマッチョである。
魔物たちの数十体くらいならあっさりと
惨殺しそうな厳つい雰囲気だ。
伺うと言っても
壁に貼りついているわけでは無く、二人とも宙に浮いている。
「あれらは全部売春婦なんだな?」
「はい。しかし、あれは弱みにはなりません。
バルヌスは妻子が居らず、色好きなのは全世界に知られていますので」
「……ふーん。じゃあシャマリーヌ、お前あいつに抱かれて来い。
あと、嫁になるのを目指せ。
できるだけ早くな。明日から頼むぞ」
シャマリーヌはブルっと身体を振るわせて
「仰せのままに……」
頷いた。男はシャマリーヌと別れると
透明になり、フワフワと城内に入っていき
散策を始める。
夜中の城内は、酒に酔い潰れている城兵や
逢引きをしているメイドと若い書生
それに、金庫から金をくすねている事務員など
かなり隙だらけで、王のだらけっぷりか
下へと伝染しているのがよく分かる。
俺は金庫から金をくすねている
中年の眼鏡の事務員の肩を叩いた。
俺の紫色の肌と、赤い目に気づいた事務員は
「……まっ、まさか……この城に魔物が……
滅んだはずじゃ……」
逃げようとしたが、右手から放たれた念力であっさりと足止めする。
「なあ、あんた、金に困ってるんだろ?
いくら欲しいんだ?」
俺は空いている左手で辺りの空気の成分を錬金して
小粒な金をポロポロと床に落とす。
こんなことができるとついさっき知ったばかりだ。
男はゴクリと生唾を飲み込むと
「けっ、競馬で負けが込んでて……金が要るんだ」
「そうか、じゃあその借金は俺が全部払ってやるよ。
それにもっといくらでも
欲しいだけ金もやろう。
ただし、お前は今日から俺の下僕だ。
いいな?裏切ったら殺す」
念力で少し強く身体を締め付けると
男は焦りながら
「わ、分かった。分かりましたぁ……」
失禁して気絶した。
「チッ。貧弱だな。バスネル!
居るんだろ?」
俺の背後から、スッと人型の影が伸びていき
そして黒い影がそのまま立体的に立ち上がった。
「ははっ……ここに」
二重音声のような響きの声で
この影の化け物は答えてくる。
「この男を常に監視しろ。
要求があったら本拠地に伝えろ。
裏切ったら殺せ。いいな」
どうせ夢だ。夢の登場人物を殺しても
関係ない。
「ははっ……仰せのままに……」
バスネルはそう言うと、気絶している男の身体を
金庫室の外へと持ち去った。
初手の仕込みとしては、このくらいでいいだろう。
あまり、目立つのも良くない。
男は透明に戻ると近くの窓から外へと出ていき
そして瞬く間に上昇していく。
城内や広大な城下町の明かりが
煌々とついた中央ドラル城を男は見下ろしながら
「どうせ夢なら、好き勝手させて貰うか」
とポツリと呟いて、拠点である
毒沼に沈んだ魔王城跡へと高速で飛んで戻っていく。
月明りに照らされる黒い毒沼に沈んだ
広大な廃墟の中心部に近づくと
真っ黒なワープゾーンが現れて
男は、地下神殿へと一気に移動する。
祭壇のある神殿内部へ戻ると、中身のない浮いているローブが
男を出迎えてきて
「上々かと思いますぞい。
あちらの部屋で少し休みますかな?
時間を飛ばしたいなら何か月も寝ることもできますが」
「そうだな。ちょっと待て」
男は左手で空気を錬成して、物凄い量の金の山で
祭壇を埋める。
「寝ている間の買収資金にしろ。
バスネルとシャマリーヌに任せてある。
無くなったら起こせ。いいな」
と言って、ローブの行った方の部屋へと向かうと
殺風景な部屋に棺が一つ置かれていた。
男は冷たく笑うと、棺の蓋を開けて
その中に入り、寝た。
……
棺の蓋が開いて男は起こされる。
「どうした。金が無くなったか?」
そこには、ニンマリとしたシャマリーヌが立っていた。
「魔王様が寝られてから四か月経ちました。
私は、この間、バルヌスと結婚いたしました」
と報告を受けた男は、嬉しそうに上半身を起こし
冷たい笑みを浮かべる。