転生
大きな祭壇が中心にたてられた
かび臭そうな窓のない神殿内で
黒いローブのフードを目深に被った狂信者たちが
何百人もそれを囲んでお香をもくもくと焚きながら
祈っている。
「アーリバーダー様ーアーリバーダー様ー復活されたまえー」
「愛しき人よー。愛しきわが君よー。
新たな肉と新たな強さを加え……今ここにいいいいい!」
祭壇の中心の巨大な卵がひび割れて
その卵の中から、紫色の肌をして
燃えるような赤目の大人の男が生まれ出てきた。
男は体中にねばりつく粘液を
煩わしそうにはぎ取りながら
自分を敬って見上げている集団を見回して
「ここは……?」
と裸のまま、偉そうに尋ねた。
それと同時に、周囲の黒いローブを着た集団が
一斉にローブをはぎ取って正体を見せる。
その中身は、何とゾンビや一つ目の大男だったり
鱗が生えた怪しい半魚人や、そして明らかに
悪魔のような見るからに悪意に満ち溢れた
個体も居る。
「モンスター軍団かよ。なんの仮装パーティーだ。
誰かさっさと説明してくれ」
男はまったく狼狽えることもなく
自分を取り囲んだ異形の集団を見回す。
真っ白な肌の局部に黒い獣の毛が生えていて
禍々しい翼を生やし、頭に鹿のもののような
捩じれた角を二本生やした赤髪の女が
ゆっくりと祭壇に歩み寄り
「あなたは、魔王アーリバーダー様の生まれ変わりです。
この世界にようこそ」
とかがんで、男の右足にキスをする。
「……」
男は煩わしそうに、顔をあげた女を見下げると
「たちの悪いドッキリかよ。まあ、いい。
付き合ってやろう」
性格の悪い笑みを浮かべた。
同時に彼を囲む異形の者たちが
恐ろしい鳴き声をあげて、咆哮が神殿中に響き渡る。
男はそれにも顔色一つ変えずに
女に手を取られ
左右に割れて道を開けた異形たちの中を
裸のまま歩き出す。
窓のない殺風景な別室で男は女に柔らかい羽毛で
身体を丁寧に隅々まで拭かれだす。
「……」
それを冷酷な目で男は見下げながら
「なんか喋れ。つまらんぞ」
と命令する。
「……魔王様、少しお待ちください。
魔賢ドルナーグ様が、こちらに向かっておいでです」
「さっさとしろよ。俺は忙しいんだ。
ドッキリに付き合ってる暇なんてねぇんだよ」
と男は、冷酷に女に告げ、女は男の言葉にブルっと身体を震わせると
発情したように顔を赤くした。
「なんだよ、マゾかよ。気持ちわりぃな」
男は女の手から羽毛を取り払って
自分で拭きだした。
扉が開いて、男のための服を手にもった
屈強な豚の顔の兵士が入ってきて
女に手渡す。
女はブルブルと震えながら
両手で畳まれたその青黒く微かに光る服を差し出して
嬉しそうな顔で妖しく
「お召し物です」
と言った。男はめんどくさそうに女の手から
それをひったくると、乱暴に着始めた。
男が着終わるころに、フワフワと部屋の中に
浮かんだ黒いフード付きのローブが入ってきた。
まるで透明人間が着ているようだ。
「魔王様、魔賢様です。お越しになりました」
女が跪いたまま顔をあげずに妖しく言い放つ。
青黒く光る豪奢のローブに身を包んだ男は
めんどくさそうに、浮かんだローブに近寄って
手で直接触りながら
「どんな仕掛けになってるんだこれ?
ローブだけ浮いてるぞ。中身が無いな」
と女に尋ねる。
するとローブのフードの中から
「くくくく……今度の魔王様は豪胆ですな」
としわがれた老人の声がしてきて
男は慌てて、距離を取った。
「シャマリーヌよ。魔王様の椅子になりなさい」
「はい……仰せのままに」
女は男の前で四つん這いになる。
男は舌打ちをして
「人間家具か。これ撮影されてるんだろ?
座らねぇぞ。そのままそうしとけ」
女はブルっと全身を震わせた。
男はフワフワ浮いているローブの方を見ると
「声だけジジイ。用件だけ手短に言え。俺は忙しいんだ。
さっさと仕事に戻らないといけないんだよ」
「くくく……仰せのままに」
中身のないローブは敬礼をして
男にこの世界について語り始めた。
「この世界は、アークシンフォニアと申します。
地表は七つの大陸に別れた広大な惑星ですな。
そして我々が居る所がここ。
中心の大陸ドラルヌーンのさらに中心
毒沼に沈んだかつての魔王城地下の神殿です。
ここは正義の使徒どもには見つかりませんでしたので
破壊を免れました」
男は舌打ちすると
「ジジイ、俺のソシャゲの設定を半端にパクるとは
いい度胸だな。おい、このドッキリ企画つくったやつ
どうせ別室でモニターで見て笑ってるんだろうが
あとで覚えとけよ」
「かかか……何のことか分かりませぬが
単刀直入に申しますと、魔王様には
これから正義の使徒どもを全て血祭りにあげてもらって
世界を再び、我ら魔王軍のものとしてもらいます」
「……はいはい。何でもいいけど
さっさとしてくれよ。
明日は法務部とガチャ実装の会議なんだよ。
ジジイ、分かるか?ガチャ。ソシャゲの胆だぞ?」
「かかか……わかりませぬが、
その言葉のえも知れぬ禍々しさは素晴らしきかと。
魔王様には、手始めに
魔王城周辺の人間どもの監視所を潰して頂きます」
男は思いついた顔で
「……ジジイ、それ必敗パターンだぞ?
最初から分かり易く反抗してどうするんだよ。
いいか、ゲームの魔王どもは、何かと目立つ行動をして
そして勇者に潰されるわけだ。
本気で世界征服したいなら、こうするな。
静かに勇者どもの近くに忍び寄って
……そうだな。一番弱そうなやつの親や妻子を人質に脅す。
そして、そいつを操ってゆっくりと各国をかき回す。
その隙に、別の方面から多数の魔物を放って
気づかれないように、慎重に少しずつ内部から各国を制圧していく。
いいか?どうせやるならそうしろ。
勇者……いや正義の使徒だったか?との
直接対決は絶対に避けろ。
どうせ主人公に、モブキャラは勝てねぇからな。
弱みを徹底的に握って、最終的には自決させるのを目指せ」
中身のないローブは透明な頭の入った様なフードを下げて
「……かかかか……今度の魔王様は、一味違うようだわい。
では、その様に致します。
魔王様も協力していただけますかな」
「ドッキリがさっさと終わるなら
なんだってやる。今すぐに始めさせてくれ」
「仰せのままに……」
男はため息を吐いて、まだ四つん這いの女を見下げて
「さっさと立て。忙しいんだ俺は」
と言い放った。