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5.暴露

「……やられたっ!」


 思わず出た大声は、珪己の猪突猛進な性格と自分の配慮のなさ、両方に対するものだ。まだ痛みの残っている足で無意識に床を蹴りつけてしまい、全身に走った痛みに晃飛の息が一瞬とまった。


 背を丸めて痛みをこらえ、ようやく声が出るようになったところで「時間がないから簡単に言うよ」と、涙目の晃飛が仁威を上目遣いで見上げた。


「昨日、あの子が十番隊に連れて行かれようとしていた子供を助けたんだ」


 ぴくり、と仁威の頬が動いた。


 助けた、という事実だけで最悪の未来図をいくつか描いてしまったからこそ、剣呑な表情になってしまうのだ。


「面目丸つぶれになった十番隊は、当然、俺の時と同じようなことを考えたみたいなんだよね……あの子への報復を」

「報復、だと?」


 これに晃飛が神妙な顔でうなずいた。


「それでさ……昨日あの子と一緒にいたこいつの弟が十番隊に捕まったみたいなんだ」


 親指でくい、と空斗を示す。


「その知らせがさっきとある奴から届いて、それでこいつがおかしくなってたってわけ」


 これに空斗が苦し気な顔になったが、今は空斗を責め直す時ではないから話をつづけていく。


「で、多分あの子は俺とこいつの話を立ち聞きしたんだと思う。いや、きっとそうだよ」

「……よし、今すぐ追いかけて捕まえるぞ!」


 そのまま飛び出しかねない仁威を晃飛は慌てて引き留めた。


「ちょっと落ち着いて。他にも聞いてほしい話があるんだから」

「それは『今すぐ動くこと』以上に重要な話なのだろうな?」

「そうだよ。でもその前に」


 晃飛が空斗に声をかける。


「空斗、馬を二頭借りてきてくれないか。今すぐ」


 これに空斗の表情がみるみる晴れやかなものになった。


「……いいのかっ?」

「いいに決まってる。ただし一番足が速い馬を選んできてよ」

「ああ……!」


 脱兎のごとく空斗が姿を消し、道場にはまた二人だけとなった。


「馬があればあの子に追いつけると思うから」


 そう言うと晃飛が口をつぐんだ。


 これほどの重大事において珪己を追いかけること以上に話すべきことがある――そう晃飛は言った。なのに、この時を惜しむ状況下において口をつぐみたくなるような話題があるのだ。


 と、いうことは――?


 息巻く仁威の背中に、ちりりと悪寒が走った。


 一方の晃飛は焦りと緊張とに苛まれていた。


(今言わないとだめだ。……いいや、今しか言えない)


 自分達しかいない今だからこそ、まだ仁威が珪己との再会を果たしていない今だからこそ――。


(本当はあの子が自分で説明すべきことだろうし、きっと自分の口から言いたかったんだろうけど……)


 ついさっき死にかけた時以上の緊張に支配されつつ、晃飛は意を決して口を開いた。


「あの子ね、妊娠しているんだ」


 当然、仁威は驚いた。


 いや、驚きすぎて言葉が出なくなってしまっている。


 思わずまじまじと晃飛を見つめた。だが嘘をついている様子はなく、それどころか、言い難い真実を語る者特有の苦悩とためらいに晃飛は苛まれていた。


「もう臨月に入ってるんだ」


 仁威が言葉を失っている隙に晃飛はどんどん話を進めていく。


 勢いなしでこんなこと、話せるわけがない。


 仁威は珪己に心を寄せていたわけで……。それゆえここに戻ってきたのだろうことも、言葉に出されなくても容易に想像つくわけで……。


 その少女が――生娘だと思っていた少女が、半年たって戻ってきたら産み月に入っていただなんて、人の心がある者ならばそうやすやすと伝えられるわけがないのだ。


「まあそういうわけで、馬があれば奴らの根城に着く前にあの子のことを捕まえられるとは思うんだよね。ほら、今すごくお腹が大きいから」

「……」


 先程から無言を貫く仁威を気にしつつ、焦る晃飛は言葉を重ねていった。


「だからあの子に無理をさせたら絶対に駄目だよ。闘わせるとか論外だからね。分かるよね?」


 もう時間がない。空斗が戻ってきてしまう。だがその前に、まだ言うべきことが残っている――とても重要な二つのことが。


「それと……赤ん坊の父親は皇帝陛下らしいんだ」

「……は?」


 ずっと無反応だった仁威だが、ここにきてようやく分かりやすい反応を示した。


 腹の子の父親が皇帝――そんな与太話、聞いたら誰だって同じ反応をしてしまうだろう。皇帝とは天上人であり、この国を治める絶対的な存在であり、一般人にとっては雲の上の存在だからだ。


 しかし仁威は普通の人間ではないから、晃飛の様子も鑑みてこの話が真実であることを理解した。……理解せざるを得なかったのである。産み月から逆算してもあり得る相手だ、と。


 そして仁威は近衛軍の元第一隊隊長であるから、皇帝の警護に就いたことは幾たびもあり――その経験からも、皇帝とは庶民とかけ離れた存在ではなく、一人の人間であることを知っていた。同じように寝て、食べて、喋り、笑う人間であることを……同じ男という性を有する人間であることを知っていたのである。


(そういえば)


 晩春、あの古寺で皇帝と遭遇したことを仁威は思い出す。


 あの夜、仁威は珪己を部屋に一人残して女僧と明け方まで語った。自分の内に芽生えたばかりの疑問と欲望を、女僧と問答のような形で語りあっていたのである。だから皇帝とはわずかに言葉を交わしただけだった。


 その皇帝は朝には寺からいなくなっていた。いや、実際には気配で気づいていた。まだ暗い時分に裏玄関の方から出ていく一人の男の気配を――。


「いつからだ」

「え? なに?」

「いつからあいつは……陛下と」


 訊いても詮無いことだと分かっているのに問いかけてしまい、仁威は恥をもって口をつぐんだ。だが、晃飛の方は意外にもこの問いへの解を有していた。


「その日偶然会って、たまたまそういうことになったようなことを言ってたよ」


 それは産み月から逆算しても実に正しい解だった。


 実際は珪己自身はもう少し詳しくこの夜のことを晃飛に打ち明けている。怒涛の現実の前で押しつぶされそうになり、絶望に打ちひしがれ――そんなときに現れた皇帝・趙英龍に自分への恋情を感じ取り、その行為を受け入れることをとっさに選んだのだ、と。


 だが同じ男同士、男心というものは理解できるから、晃飛もそれ以上詳しくは説明しなかった。好きな女が他の男と……だなんて、聞いても気持ちのいい話ではないからだ。


 外で馬のいななく声が聴こえたので、晃飛はいまだ混乱している仁威に素早く告げた。


「でもあの子は皇帝のことは好きじゃないんだって言ってた。『そういうこと』を断りはしなかったけど、好きってわけではなかったんだって。仁兄が初恋なんだってさ」

「ちょっと待ってくれ」


 混乱に頭が追い付かない仁威に、「いいや待たない」と晃飛は畳み掛けていった。


「あの子は仁兄に恋しているよ。上司だからとか、恩義を感じているからとかじゃなくて、一人の男としてね。いろんな状況や制約、そういうの全部を抜きにして、本気の本気で仁兄に恋しているよ」

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