第8話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の初陣(2)
「替わるって、何を?」
大草原への出陣のことだって、分かり切ったことだけど、あたしは、あえて、ジルに問い返した。
「何をって・・・出陣のことに決まってる」
「でも、あれは、女神さまのお言葉だけど?」
「・・・そんなこと、分かってる」
「しかも、オーバが決めて、女神さまが伝えたことだけど」
「分かってる!」
ジルは叫んだ。
涙を流しながら。
「どうして? どうしてオーバは、私を呼んでくれないの? ねえ、ウル? 私が一番、オーバのこと、分かってるのに? 私が一番、オーバの役に立ちたいって、思ってるのに? 私が一番、誰にもまけないくらい、強いのに?」
ジルは、少しだけ、周りが見えなくなってると、あたしは思う。
ジルはオーバに対して、強い想いをもってるのは間違いない。
でも、それが、誰かと比べて、みんなと比べて、一番かどうかなんて、分からない。
確かにあたしたちは、一番最初にオーバと出会った。だけど、だからって、一番、オーバのことが分かってるとは、限らないと思う。妻であるアイラやケーナ、クマラの方が分かってるかもしれないし、男同士でノイハの方がよく分かってるってこともあるだろうし。
ジルが一番、オーバの役に立ってるかどうかも、そう。アイラたちやノイハはもちろん、土器づくりが得意なセイハにだって、オーバはいつもお礼を言う。クマラがこれまで村のために実現させてきた農業関係のことなんて、あたしたちにはとてもじゃないけど、できないと思う。
強さだって。あたしも、ジルも、もちろん、この村では誰よりも強いと思うし、誰にも負ける気はしない。でも、実際、手合わせではまだクレアに勝ったことがない。もちろん、オーバにも、勝てない。最近、クレアを追い詰めることはできるようになってきたけど、何発当てても、最後はクレアにやられる。強いかどうかで言えば、間違いなくクレアの方があたしより強い。
オーバへの想いがいっぱいで、泣いて取り乱すジル。
あたしの大切なお姉ちゃん。
ジルは残って、村を守る。あたしは森を出て、大草原で戦う。
オーバが決めた役割を、女神さまが告げた役割を、変えることなんて、できない。
それはオーバからの信頼を裏切るということ。
そんなことはジルが一番、よく分かってるはず。
「・・・あたしは行くし、ジルは残るよ?」
「・・・分かってる」
「でも、ジルがここに残るのは、オーバが、ここが、このアコンの村が、一番大事なところだって思ってるからだよ? 一番大事なこの場所をオーバはジルに守っていてほしいんだよ? それも、ちゃんと分かってる?」
「・・・・・・」
ジルは黙って、涙をぬぐう。
「ちゃんと守っててよ、ね? あたしたちが帰るところは、ここだけ、なんだから」
「・・・分かってる」
「クマラに優しくしてよ? オーバの子がクマラのおなかにいるんだよ?」
「分かってる」
「朝のお祈りも、勉強も、作業も、食事の準備も、修行も、ジルがみんなを引っ張るんだよ?」
「分かってる。ウル、うるさい。妹のくせに、もう。なまいき!」
「ジルのわがまま、あまえんぼ。姉のくせに! しっかりしてよ、もう!」
あたしはそう言って、笑う。
ジルも、頬を涙に濡らしたまま、ようやく笑った。
まったく。
困った姉です、もう。
ジルはオーバが大好き過ぎる!
クマラやアイラには八つ当たりなんてできないからって、あたしに当たるのは、やめてほしいです、はい。
まあ、仕返し、ってわけじゃないけど。
「ま、もし、大草原でオーバに会えたら、いっぱい抱きついて甘えとくよ、ジルの分もね!」
「なっ? ウル、ちょっ・・・」
あたしは、大きく口を開けて、何かを言い返そうとするジルを残して、その場をさっと離れた。
出陣するあたしには、準備しなくちゃいけないものがたくさんあるんだから。
森の中を走りながら、あたしはむふふと笑っていた。
ごつん、と。
いい音が、あたしの頭で、した。
大草原への出発前の集合に現われたあたしに、アイラが拳骨を落としたのだ。
「いったーいっ」
「いったーいっ・・・じゃないわよ、ウル。それは置いてきなさい」
「それって言い方はひどいよー」
「いいから、置いてきなさい」
「えー」
そこに、ノイハもやってきた。
「ウル、それはダメ。今回は、オーバから馬で行けって話だったろ?」
「そんなー」
アイラとノイハが、置いてきなさい、とか、それはダメ、とか、言ってるのは、もちろん、あたしの隣にいる灰色火熊のホムラのことだ。
ホムラはできるだけ小さくなろうとしているのか、あたしの横でま~るくなってる。
ま、たぶん、だけど。あたしもそうだし、アイラも、ノイハも、ほぼ確実にホムラよりレベルが高くて、強いはず。ホムラは動物的なカンみたいなもので、それが分かるのかもしれない。ここには、戦っちゃダメな相手がたくさんいる、って。だから、小さくなろうとしてるみたい。
「・・・ホムラは、馬とちがって、火を吐くんだよ? ぜったい役立つよ? ホムラは強いよ?」
うん、自信、ある。
相手がびっくりするし、ホムラ、活躍すると思うけど。
アイラとノイハが首をそろって横に振る。
「ダメよ」
「ダメだな」
「なんでよー?」
むーん。
アイラとノイハが認めてくれない~。
ホムラはきっと役に立つし、ホムラに乗ってくと、とっても楽なのにぃ。
馬に乗るって言っても、馬は森の外の虹池にいるんだから、森を出るまでは歩くか走るか、大変なのに・・・。
そこに、エイムがやってきた。
「エイム、お願い」
「エイム、頼んだ」
アイラとノイハはそう言うと、エイムに場所を譲り、あたしはエイムと向き合った。アイラたちはあたしに理由を説明する気がないらしい。
「なんでダメなの、エイム?」
エイムはさっきアイラの拳骨をくらったあたしの頭をそっと優しくなでた。
こういう、ちょっと優しい感じが、エイムにはある。
でも、オーバはアイラを妻にしたのに、エイムを妻にはしてない。なんでだろ?
「強すぎるから、よ」
一言で、エイムはそう言った。
強すぎる。
それは、ホムラのこと、かな?
それとも、あたしのこと? んー、あたしとホムラを合わせて?
どうして強すぎるとダメ?
戦うんなら、強い方がいいと思うんだけど・・・。
「よく分かんない。もうちょっと」
あたしは首をかしげて、エイムを見た。
エイムはすぅぅぅぅっっっと大きく息を吸い込んだ。
「いい、ウル? オーバの目的は、大草原との交易であり、さらにはスレイン王国の辺境都市との交易なの、そこは分かる? だから、大草原の氏族たちとの関係でも、辺境都市との関係でも、仲良く、いい、仲良くありたいのよ? それでいて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、アコンの村が優位な立場にあることが大事なの。分かる? 優位に立ちすぎるのも、避けないといけない。アコンの村は、大草原の氏族たちより本当は圧倒的に強いのよ」
そこまで早口でしゃべって、エイムは再び大きく息を吸う。「でも、その強さが、強すぎると、お互いの関係がうまくいかなくなるって、オーバは考えてるの。実際には、大草原の氏族たちよりもアコンの村は強すぎる。だけど、それはうまく隠して、仲良く付き合っていく。もし敵対したら、その時は容赦しなくてもいいけど、今は、互いによりよい関係を結んで、交易を深めたいから、仲良くなるための、手加減が大事なの。だから、馬で戦うってことまで、オーバは考えてるの」
エイムがまた大きく息を吸う。これで3回目。「馬で戦えば、戦はかなり楽に勝てるけど、馬なら大草原でも時間をかければそれなりに手に入る。今は大草原の氏族たちが馬を戦に使っていないだけなの。そこに灰色火熊で乗り込んで、火を吐かせたらどうなると思う? 大草原では灰色火熊なんて絶対に手に入らないし、誰も乗れないわ。あたしたちだって乗れないくらいのものよ? それに、灰色火熊を見た大草原の人たちは大森林をおそれて、近づかなくなるかもしれないし、そうなったら交易がうまくいかない」
エイムがまたまた大きく息を吸う。これで4回目・・・。「ひょっとすると、大草原の氏族たちが結束を強めて、一致団結して大森林のアコンの村と戦おうとするかもしれない。そんなことになったら、みんなが困るの。もちろん、オーバも、よ。大草原の人たちに大森林のことをおそれさせてはダメ。大森林のことを憧れさせなきゃいけないの。自分たちもこうなりたい、自分たちにもできるかも、そういう感じよ。だから、強すぎる灰色火熊はダメ。今回は馬で戦う。分かった、ウル?」
エイムは一気にそれだけのことをあたしにぶつけた。
その、あまりの勢いに、あたしには途中で一言も口をはさむことはできなかった。
・・・オーバがエイムを妻にしてないのは、エイムのこういうとこのせいじゃない?
あたし、もうちょっと、って言ったのにぃ。
いっぱいすぎるよ~。
「あー、とにかく、だ」
ノイハが再びあたしの前に出てきた。「そういう理由で、ダメだ」
これがオーバの親友、ノイハ。
あたしに言わせれば、こういう感じで、ノイハがダメだと思う。だって、ノイハは何の理由も話してないんだもん。
アイラもくすくす笑ってる。
まあ、エイムの勢いにやられたってだけじゃなく、だいたい言われたこと、つまりその内容にも納得はできたし。
あたしはホムラに乗っていくのをあきらめて、タイガに頼んで、熊さんたちの縄張りまでホムラを連れて帰ってもらうようにした。
タイガは快く引き受けてくれた・・・と思う・・・たぶん。
ねえ、ジル。
あたしたちはもちろん、オーバのことをよく分かってると思う。
でも、アイラだって、ノイハだって。
それに、さっきのエイムだって。
あたしたちと同じくらい、ひょっとするとそれ以上に、オーバのことを分かってるんじゃないかな。
きっと、アコンの村のみんなは、それぞれ、自分のオーバを知ってるんだと思う。
みんなも、オーバが大好きなんだってこと、忘れちゃいけないんだよ、きっと。
そんなことを考えながら、あたしはアコンの村を出発したのだった。




