第48話:老いた天才剣士は重要人物 異変問答(2)
オーバはスレイン王国の北に行くと言っていた。
すぐにここまで戻れるわけではないだろう。
オーバが戻るまで、クレアのことが解決できないとはいえ、ここで何もしない、ということにはならない。それに、オーバがいなくても動けるように、王都攻略までのおおまかな行動についてはすでに話し合っている。
とにかく、今は戦場の処理だ。
辺境伯との取り決めで、敵兵の死者や捕虜の装備はフィナスン組の物になると決められている。戦場の安全が確認できる限りは、兵士たちは装備を回収するフィナスン組に協力することも決められている。 もちろん、必要に応じて男爵たちはフィナスン組に回収した武器や防具の提供を依頼することもできる。ただし対価を用意しなければならない。
だから、いつものようにフィナスン組は装備の回収に動いているのだが、彼らの表情はこれまでの装備の回収のときとは異なり、暗い感じがする。
クレアのことがあったからだろうか。
フィナスン組の連中は、クレアのことを、姉御、姉御、と呼んで慕っていた。
そのクレアが消えてどこにもいないのだ。
悲しい気持ちになる・・・。
・・・そういう表情か?
もっと、何かを怖れているような、そういう顔に見える。
まあ、それでも装備を回収する手は止めないのだから、余計な心配はするまい。
「それにしても、困りましたね」
「捕虜の移送か?」
「ええ、男爵二人は笑顔ですが、捕虜の数が多すぎます。フィナスン組とナフティ組が荷馬車の輸送で大量の物資を届けてくれたからなんとかできていますが、まさか、町ふたつ分の捕虜になるとは」
トゥリムの笑いは苦笑いだ。
今回、敵陣を落として逃げた敵軍を壊滅させたが、逃げられなかった敵兵の多くが武器を捨てて投降し、捕虜となった。
その数、千七百六十二人。しかも、踏み潰された遺体の中に混じって、生き残った者が見つかるため、この数はまだ増え続けている。フィナスン組の神聖魔法による癒やしの光で治療すれば命を失うことはない。
捕虜が増えることについては、男爵たちは歓迎している。
ただし、その移送についてはなかなか難しい。
おれたちは、スィフトゥ男爵軍とフェイタン男爵軍を合わせて、およそ千四百人。フィナスン組とナフティ組を含めても、千五百人に届くかどうか。
捕虜の方が多い。
これが困る。
武器や防具を取り上げ、食事や行動を制限し、ロープで手を縛るとはいえ、通常の捕虜の移送は捕虜よりも多い兵数をあてて行うものだ。
暴れて逃げられては困るからな。
ツァイホンまで送り込めば、捕虜を詰め込む場所もあるし、さらにその先の辺境伯やそれぞれの男爵の町へとある程度の数を分けて送り込めばいい。
ところがこのリィブン平原では、おれたちよりも捕虜の方が多い。強引に捕虜よりも少ない数の兵士で移送するってやり方も選択できないわけではないが、そこで捕虜を逃がすと、捕虜は故郷の町へ逃げる者ばかりではなく、そのまま盗賊になってしまうことも多い。つまり、治安が悪化してしまう。
とりあえず、フェイタン男爵が五百の兵で三百の捕虜をツァイホンへと移送することに決まった。フェイタン男爵はそこでユゥリン男爵の兵も出させてリィブン平原へと戻り、ユゥリン男爵はすでにはっきりしているツァイホンの捕虜の数を均等に分けて、各領主の町へと移送する手はずを整える。
・・・捕虜の確保優先で、戦いが進められないという、なんとも難しいお国柄だ。
次は王都へのレーエン街道を進み、ノウラン谷か、イスラ丘のどちらかで、シャンザ公を迎え撃つ予定なのだが、間に合うのだろうか。
この捕虜の数も、オーバの予想を超えていたのかもしれない。
とにかく、十日後にツァイホンから戻るフェイタン男爵とユゥリン男爵の兵士千人で七百の捕虜を二度、移送したら次へと進むことができる。だから、リィブン平原を出るのはひと月後ということになるのだろう。
後方のツァイホンから各町への移送はユゥリン男爵に任せるしかない。捕虜の数の確認は、スィフトゥ男爵もフェイタン男爵も、しつこいくらいにやっているのでユゥリン男爵も不正はできないはずだ。
ひと月もあれば、そのうちオーバが戻ってくるはず。
ここは待つ時だ。
慌てず、騒がず、ここで待つ。
・・・そう言っても、トゥリムは訓練をするのだろうなと、その点についてはおれもあきらめていた。
オーバがリィブン平原に戻ったのは、ちょうど二度目の捕虜の移送の日だった。
こんなに早く戻ってくるとは思っていなかったので驚いた。
・・・まあ、オーバはおれたちの「長駆」スキルに対して、馬と同じかそれ以上に速く走れる「高速長駆」スキルなんかも身に付けている。オーバの実験に付き合って、走るオーバに馬に乗って併走したアイラがそう言っていた。なので、おれたちの予想を超えても不思議ではないのだが・・・。
リィブン平原では、すでに敵兵の生存者や、装備の回収は終わり、回収した装備も後方へ移送するための積み込み作業をしていた。フィナスン組とナフティ組はオーバを見つけてひざまずいたが、すぐに作業に戻った。なんとなく、オーバと目を合わせないようにしているような気がしたが、気のせいだろうか。
天幕の中で、おれ、アイラ、ノイハ、トゥリム、それにカリフがオーバを囲んだ。
「オーバ、クレアのことだが・・・」
「だいたいのことは、女神から聞いて分かっている。そのとき見ていた者は?」
「フィナスン組の・・・」
「すぐに呼んでくれ」
カリフが答えようとするとすぐにオーバが遮った。
カリフはすばやく天幕を出た。
アイラがオーバに近づく。
「オーバ、クレアは無事なの?」
「・・・無事かどうかは分からない」
「クレアに何があったの?」
「・・・少し、待ってくれ、アイラ。そのときの話をもう一度聞いてから、考えたいんだ」
「・・・分かったわ」
アイラが一歩、身を引いた。
オーバの表情が暗い。こんな表情をするのは珍しい。
クレアが無事かどうか分からないってことも、もちろん関係あるだろう。
でも、それだけじゃなさそうだ。
オーバは何か知っているけれどそのことはおれたちには言えない。
そのこと自体が苦しい。
そういう感じがする。
・・・ま、オーバが秘密にしていることはたくさんあるのだろうと思う。
だが、これはクレアに関する秘密で、オーバに関する秘密ではない。だから、そういう顔になるんじゃないのだろうか?
おれたちは、知らないことが多すぎる。
もう何年も、共に暮らしてきたというのに。
フィナスン組の代表格の二人が、クレアが消えたとき一番近くにいたという男を連れて、天幕に入ってきた。
カリフもその後ろに控えている。
「すまないが、そのときのことを、見た通りのまま、話してほしい」
男は一度オーバを見て、すぐに頭を下げた。そして、そのまま話し出す。
「クレアの姉御は、あっしらに重傷の者を先に治療するように指示を出しておりやした。軽傷の者にはクレアの姉御からお預かりした特製のぬり薬を使うように、重傷の者にはまずあっしらで癒やしの光を使うように、と。あっしは、重傷なのか、軽傷なのか、どっちかよく分からん兵士がおったもんで、クレアの姉御に確認していただこうとお呼びしたんでさあ。そいで、クレアの姉御がこの兵士は重傷の方でと言われたんで、すぐに集中して癒やしの光を使ったんですが、あっしの腕から出た光が兵士を包み込もうとしたときに、突然、隣にいらしたクレアの姉御が輝き始めて、そのままひかりにが大きくなり、クレアの姉御が見えなくなったんです。いや、言い訳するつもりはありやせん。ですが、クレアの姉御を包んだ光はあっしが出した光とは別のもんじゃねぇかと思っとりやす。しかし、あっしの隣でクレアの姉御が光って消えちまったのも事実。あっしはどんな処罰も受けやす。ですんで、他の者には、なんも処罰がないようにしてくださいやせんか」
男は頭を下げたまま、一気にそこまで言い切った。
クレアが突然消えたことで、フィナスン組の連中はオーバから何か処罰を受けるものだと考えているらしい。それで、フィナスン組やナフティ組がおかしな表情になっていたのか。
ま、考えるまでもない。オーバが、クレアが消えたことでフィナスン組の者を処罰するはずがない。そもそもオーバにフィナスン組の誰かを処罰するような位置付けがあるのか? こいつらはオーバへの忠誠心が高すぎて勘違いをしているんじゃないだろうか?
「・・・クレアの件で、誰かを処罰するなんてことはない。心配するなと全員に伝えてほしい」
ほらな。
フィナスン組の代表格の二人も、はっきりと安堵の表情を浮かべていた。ある意味ではオーバに対して失礼だな、こいつらも。
男は慌てて頭を上げてオーバを見た。
「よろしいんでやんすかっっ?」
「そもそも、癒やしの光で人が消えるなんてことはあり得ない。それに、おまえの癒やしの光がクレアを包んだんじゃないんだろう?」
「へぇ! そうでやす! あっしの光は兵士を包んだだけでやすから!」
「だが、一番近くにいたおまえにはもう少し話を聞きたい」
「・・・へぇ。何でしょう?」
「光に包まれたとき、クレアは何か言わなかったか?」
「何か言わなかったか、でやすか? ああ、いえ・・・」
男は考え込むようにあごに手をあてた。「何か言ってらしたっていうより、何か聞こえていた気はしやす。ただ、それが何かはよく分からんのでやす」
「ええと、そうだな・・・『ワタシハニホンジンデス。コレハニホンゴデス。イミハワカリマスカ』・・・こんな感じに聞こえたか?」
「・・・いえ。そんなんじゃなかったと思いやす」
・・・オーバがさっきしゃべってたのは、確か、ジルやウル、それにクマラが勉強してる言葉だな。
アイラとノイハも気づいたらしく、おれの方をちらりと見て、目で確認してきた。
おれも小さくうなずき返す。
よく分からんが、アコンで習う文字をもともと使っていた言葉らしい。おれたち三人は、どっちかというと勉強苦手組の方に属する。ま、運動得意組だ。ジルたちはどっちもできちまうがな。
「それじゃあ・・・『◯△□、□◯◯▽□、△▽◯◯□、◯◯◯□▽』・・・みたいに聞こえたか?」
・・・なんの言葉だ?
おれはちらりとアイラを見た。
アイラは小さく首を横に振る。
続けてノイハを見た。
ノイハはこめかみのあたりを右手の人差し指でぽりぽりとかいた。
・・・二人も分からなかったらしい。いや、ノイハは、それとも何か・・・。
「・・・いや、その、はっきりと覚えておりやせんが、そんな感じの何かが聞こえたような? そんな気がしやす。すいやせん。はっきりとは分からんのでやす」
「分かった。感謝する。もう行っていい。それと、おいっ」
オーバがフィナスン組の代表格の二人に顔を向けた。
二人の背筋がびしっと伸びる。
「処罰の心配をするならクレアの心配をしろ、と全員に伝えておけ」
「は、はいっ」
「わ、分かりやしたっ」
フィナスン組の代表格の二人と、クレアが消えたときに近くにいたフィナスン組の男は、大慌てで天幕を飛び出していった。
きっと、フィナスン組とナフティ組の全員に大急ぎで連絡するのだろう。
さて、聞き取りは終わったのだが、オーバの表情はそれほど変わらない。
一言でいえば、とにかく暗い。
困っているのか。
迷っているのか。
悩んでいるのか。
苦しんでいるのか。
いずれにしても、オーバの奴、顔に出してるくせに、おれたちには何も話そうとしない。
・・・いや、それはいい。ちょっと悔しいけれども。
おれたちはみな、オーバに救われてここにいる。
オーバが話せないのなら、それはそれでいい。
おそらく、オーバはクレアに何があったのか、もう分かっているんだろう。そして、クレアが今、どこにいるのかも。
だけど、クレアが無事かどうかは分からない。
クレアのことは何とかしたいんだが・・・スレイン王国での内戦をまだ終わらせていない。
だから、オーバは動けない。
なんだなんだ、まったく。
もうちょっとおれたちを信用してほしいもんだ。
オーバがいなくたって、こっちの戦いはなんとかしてやる。
おれはオーバに向かって一歩、踏み出そうとして・・・。
おれよりも一瞬だけ早く、アイラが動いていた。
アイラはそのままオーバに近づき、バシンっ、と大きな音をさせてオーバの頬を引っぱたいた。
「今すぐクレアのとこに行きなさいっ! そうしないと離婚するわよっっ!」
・・・ああ、それ、おれが言いたかったのに。もちろん前半だけだけど。
おれはほんの少し、出遅れたのだった。




