第44話:老いた天才剣士は重要人物 敵陣攻略(2)
リィブン平原の小川のそばの守備陣で、ツァイホンからの増援を待って三日。
「ジッド、久しぶり」
増援ではなく、オーバがやってきた。
・・・いや、ある意味では最大の増援か。
スィフトゥ男爵の支配地である辺境都市アルフィの兵士たちがおれたちの軍だ。しかも、こいつらは男爵の頼みで大森林まで送り込まれて、オーバが軍として鍛えた。ま、直接訓練に関わったのはオーバよりもおれやアイラの方が多いけれどな。
もちろん、フィナスン組はオーバ信奉者の集まりだから、まったく問題ない。
ふらりと守備陣の前に現われた一人の男に、陣内の二百人が騒然となったあとにすぐひざまずいたのだから、オーバがいろいろな意味で尋常ではないことがよく分かる。オーバ本人は変な顔をしていたけれどな。
おれとオーバが話していると、すぐにトゥリムやスィフトゥ男爵もやってきた。
ちらちらと各列の団長格や、他の兵士たちも、ようすをうかがっている。
フィナスン組はいつもとちがう真剣な表情で、守備陣の確認や堀のようす、運び込んだ食糧の数量などを調べている。オーバに見られて、この守備陣に少しでも問題を出さないようにしたいという気持ちがなぜかひしひしと伝わってきた。そこまでオーバに認められたいのか、と思ってしまう。
「それで、なんでここに?」
「ああ、情勢が動いたからな。予想以上・・・いや、予想外とも言えるかもしれない」
・・・オーバにとって、予想外?
何が?
「どういう予想をしてたんだ?」
「ここで陣寄せしつつ、カイエン候の軍を削って、敵陣を破り、次は王都へ攻めていくつもりだったんだが・・・」
「ん? 何か、変わったか? そのままじゃないか?」
「削るんじゃなくて一度に半減させたし、そのせいで陣寄せしても出てこないんだろう?」
「そりゃ、そうだが・・・」
「だから、一気に敵陣を破りたいところなんだけれど・・・」
「何かあったんだな?」
「カイエン候が王都に援軍を求めた」
「・・・おれたちもツァイホンに増援を頼んだぞ?」
「辺境伯軍の男爵たちとちがって、カイエン候とシャンザ公は仲間ってわけじゃないんだよ、ジッド。そこに援軍を求めて、認めさせたのさ、カイエン候は。ただし、それでやってくる援軍は王都近くの三つの町から集められた男たちだ。特に兵士ってわけでもない奴らに剣を持たせて送り込んだんだ、シャンザ公は。どっちもろくでもない奴らだけれど、今回のシャンザ公は特にひどいもんだ。そんなただの農夫とかに、うちの精鋭を相手にさせたらどうなることか」
「悲惨なことになりそうだな」
「ただ、捕虜を増やすってことなら、こんなに都合がいい状況はない」
「男爵たちは喜びそうだ」
「だから、まずは敵陣を一気に攻略する。ああ、三つ目の陣をつくってから、だけれど」
「・・・どっちも無理難題だろ? さすがに敵陣から三千メートルのところでの陣づくりは、増援も来たのなら、妨害しにくるんじゃないか?」
「援軍の姿を見れば、カイエン候は動かない。陣にこもって守るだけで、陣が破られたら逃げるさ」
「陣を破るって簡単に言うが、要するに攻城戦みたいなもんだろう? そんなに簡単にはいかないと思うがな」
「攻城戦? いや、ジッド、そこまでではないよ、あれならね。いいか、カイエン候の守備陣は、フィナスン組がつくるものとはまったくの別物だ。そもそも、堀なんか、掘ってないぞ?」
「え? そうなのか?」
「しかも、木柵もかなり細い木でできている。簡単に壊して侵入できるくらいのものだ」
「・・・遠すぎてそこまで見えてなかったんだが、そんなにちがうのか?」
「万全を期して、ここにアイラを呼ぶ」
「アイラを?」
「ああ、馬を使うぞ、ジッド」
オーバがにやりと笑って、すぐに表情を引き締める。「・・・ただ、ここまでさんざん殺しておいてこんなことを言うのもおかしいけれど、敵陣の援軍の人たちは、降伏、投降を呼びかけて、武器を捨てさせてもらえると助かる」
「・・・たぶん、うちの歩兵隊もその方がいいと思う連中だろうよ」
おれはオーバの複雑そうな心情を思って、そう言った。
「すまないな、ジッド」
「気にするな」
それからも、オーバはこの先の戦いについて、トゥリムやスィフトゥ男爵も含めて、驚くような内容のことを次々と説明しながら、打ち合わせしていった。
「ま、王都の掌握まで含めて、そういう流れだが、当面の目標はカイエン候を捕らえることになる」
「・・・オーバ殿。まさか、あの時の、前の辺境伯のようなことをカイエン候に対してもしようというのでは?」
オーバに対して、スィフトゥ男爵への通訳になっていたトゥリムが目を細めながらそう返した。
オーバが首をかしげる。
「いや、あの辺境伯のことは、あれは完全に大草原だったからな。今回は一応、スレイン王国内のことになりそうだから、あそこまで勝手なことはできないだろう? こっちのやり方に合わせるよ。ただ、カイエン候を捕らえて今のカイエン候の軍勢を潰せば、北方に残っているカイエン候の手勢はすでにこっちの味方になった連中だけだ。もうその準備は済んでいる。そうすれば、カイエン候をうまく使いながら、あとはシャンザ公とその軍勢も潰して、王都に乗り込んで、シャンザ公一人にあいつ本来の責任を押しつけておしまい、だ」
「シャンザ公には、するんですか・・・」
「木剣で叩きのめすってことじゃなくて、だぞ、もちろん。とにかく、キュウエンに濡れ衣をかぶせた罪は必ず償わせる。そうしないとせっかくの辺境の聖女って立場がうまく活かせないからな。ま、あの一件でシャンザ公は誰を敵に回したのか、徹底的に思い知らせて潰すさ。ただし、ここの、スレイン王国のやり方で、だ。シャンザ公は、内戦後にはいらない」
オーバは笑顔でそう言った。
その目は笑ってなかったが・・・。
辺境都市で離れて暮らしているとはいえ、スィフトゥ男爵の娘さんのことも、大切にしてるんだな、オーバは。
こういうところは、うちの娘、スーラもオーバんとこに嫁にいかせたから、安心できるんだよな。
ムッドも分村の代官を務めさせてもらってる。昔でいう、村長の地位みたいなもんだ。
そういう意味じゃ、この戦いの中で、おれはいつ死んでもあとは任せられる。
オーバに出会えてよかったよ、本当に。
「おれはもう一度、北方へ向かって最後の確認をする。カイエン候は捕らえてしまえば害はない。こっちにはアイラが来るし、クレアも治療部隊で動いてもらう。それじゃ、ジッド、トゥリム、この先の戦いは頼んだからな」
立ち上がったオーバは、もうここに留まるつもりはないようだった。
オーバがここを離れる時、フィナスン組を含めた全兵士がひざまずいて、顔を下げたまま見送った。ここにいる連中はオーバが大森林の王だと認識している。
オーバがちょっと嫌そうにかりかりと頬を指でかいていたが、こうなったのはオーバ自身の行動の結果だ。
大森林の王なのにふらふらしていることの方を反省してもらいたい。
ま、オーバがいなくたってアコンはうまくいきすぎて平和そのものなんだが・・・。
食い物が満たされてるって、すごいことだよな。
それから七日。
ツァイホンからフェイタン男爵がその軍勢を連れてリィブン平原にやってきた。ユゥリン男爵は軍勢は連れず、護衛だけを伴ってやってきた。
スィフトゥ男爵が護衛とともに受け入れて、一つ目の湿地帯の陣へフェイタン男爵の軍勢が入った。
二つに分けていたおれたちの歩兵隊、つまりスィフトゥ男爵の軍勢は、二つ目の小川の陣におさまった。
小川の陣で、三人の男爵とトゥリム、それぞれの副官たちでの協議が始まり、これまでに捕らえた捕虜の分配、捕らえた領主たちへの要求などを確認した。いろいろな欲望がぶつかり合ったものの、辺境伯も含めた捕虜の四等分という方針は決定した。これは、今後、捕らえた者たちにもそのままあてはまるため、この先の戦いで男爵たちはできるだけたくさんの捕虜を捕らえようとするだろう、とトゥリムは教えてくれた。
とりあえず、敵の増援となる王都周辺の人たちは無駄に殺されずに済みそうな流れにはなった。
翌日、ユゥリン男爵はツァイホンへと戻り、スィフトゥ男爵とフェイタン男爵は軍勢を動かして、陣寄せを再開した。
三つ目の陣は、敵陣からおよそ三千五百メートルの、こんもりとした小さな林のある草地をオーバは指定していた。
今回は、フィナスン組が堀を掘らずに、兵士たちが二つ目の陣と新たな陣との間の道づくりを優先して活動した。
三つ目の陣はあまりにも敵陣に近い。
あそこで妨害されたら、激しい戦闘になることが予想できる。
敵陣自体に堀がないという情報もオーバから入ったので、こっちも堀をつくらない陣にすることに決めて、移動が簡単になるように二つ目の陣の方から大地を固めて道にしていくという作業を進めた。道がつながれば、木柵と台を運んで、一気に陣を完成させるのだ。
こちらが道づくりを進めていると、敵陣にはどんどん増援の兵士が送り込まれてきた。
その兵士たちの動きは緩慢で、援軍を迎えているのに敵陣の意気が上がらないようすは、カイエン候とシャンザ公が実質的には敵対勢力であることや、シャンザ公によって強引に集められ援軍自体の士気が極めて低いことなどもはっきりと感じることができた。
おれたちは新たな援軍と戦って倒すというよりも、大草原でバッファローを狩るように新たな援軍を捕虜として狩るつもりで行動すればいいのだと単純に考えることにした。大草原のバッファローの方がこの援軍よりもよっぽど激しく抵抗することだろう。そういや、うちの歩兵隊はバッファローを捕まえる訓練もしてたよな、確か。
道がつながって、荷車とともに移動したフィナスン組と兵士たちが、三つ目の陣をつくりはじめても、敵陣に動きはなく、おれたちはあっさりと三つ目の陣を完成させた。
とりあえず、おれたちの半数とフェイタン男爵の軍勢の半数が最前線となる三つ目の陣に移動して、敵陣を警戒する。
戦いそのものよりも、戦うための準備が本当に大変なのだと今回の進軍でおれは感じていた。
そして、三つ目の陣が完成した五日後。
アイラの率いる騎馬隊がゆっくりとリィブン平原に入った。
辺境都市アルフィのフィナスン組と海沿いの町カスタのナフティ組、合わせて二十台を超える荷車を馬にひかせて。
おれたちにこうやって大量の食糧などが届くのに対して、援軍が来たはずの敵陣にはそのような荷車が入ったようすはなかった。こんなところからも、この戦いの結末は見えていたのかもしれない。
馬は敵陣から遠すぎてよく分からなかったはずだが、アイラが来たからには、すぐにでも敵陣を攻め落とし、カイエン候ってのをとっ捕まえなければならない。
そのために、おれはアイラ、ノイハ、クレアと顔を合わせ、作戦を確認した。
その夜、三つ目の陣から、こっそりとフィナスン組が敵陣へ足を運んだのだった。