第39話:老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(2)
おれとトゥリムは歩兵隊の五十メートル前に立ち、敵兵の突撃を待つ。
敵兵を待つ、とはいうものの、おれたちはとてものんびりしている。
それはなぜか?
いや、そりゃ、敵陣が遠すぎるからだよ。
「一番乗りは、確実にしとめるか?」
「見逃して、そのほうびの分、敵軍が弱くなりますかね?」
「ならんだろ。よし、切り捨てよう」
「そうですね。何人くらいやりますか?」
「見た感じなら・・・」
おれは突撃してくる敵兵の姿を見つめた。「先頭から十四、五人ってところか。それより後ろは集団戦になりそうだ」
「そうですね。ではまずは五人と五人で、残りは協力しますか」
「気軽に言ってくれる」
先頭の十数人は、確かに速い。
どんどん後続の軍勢を引き離して走ってくる。
その十数人の中も、一番速い者からその中で一番遅い者まで、次第にばらついていく。もちろん、後続の軍勢も同じだ。その中で速い者が前へ、遅い者が後ろになっていく。
「あれだな、先頭の連中は・・・」
「長駆スキル持ち、ですか」
「おれが言おうとしたのに先に言うなよな・・・」
「ということは、他の連中より・・・」
「レベルが高い可能性がある」
「・・・言おうとしたことを先に言われても、どうということもないのですが?」
「え、そうか?」
おれはトゥリムを見た。
あ、こいつ、苦笑してやがる・・・。
「まあ、長駆スキルのおかげで後続が合流する前に処理できそうです」
「ここに来るまでにもっと引き離すだろうからな。それにしても、馬鹿みたいに走ってくるな、あいつら。疲れるだろうに」
「われわれが動きませんからね。そもそも相手の狙いは、陣をつくらせないことです」
「後ろは・・・盾持ちが少ないな? 弓兵は一番後ろで、数が少ないぞ?」
「攻城戦ではないからでしょう」
「ほとんどの奴らが片手剣で、盾持ちも槍持ちも少ない。なるほどな。数の問題じゃないから、オーバは勝てると思ったのか」
「各個撃破の原則、ですか。オーバ殿は本当に何というか・・・」
「敵に対して容赦がないよな」
「・・・私は言ってませんから」
「おい、わざとおれに言わせたな!」
トゥリムの奴!
言いたいことを先に言ってやるごっこで人を罠にはめるとは、この策士め!
「まあ、その程度のこと、言われたとしてもオーバ殿は笑って済ませるでしょうし」
「そりゃまあ、オーバだからな」
五倍以上の敵を前にして、こんな話をのんびりできるのも、敵陣がとても遠くにあるから。
こっちが突撃しない限り、相手ばっかり走って疲れることになるだろう。
こっちに向かう先頭集団もかなりばらけてきている。
「それにしても、同じ長駆スキル持ちだとしても、差がつくもんだな」
「スキルレベル仮説か、ステータス仮説か、ですか? レベル論の授業ではまだまだ研究しないと結論は出せないという話でしたね」
同じスキルを持つ者がそのスキルを使ったとして差が出るのはスキルレベルの差であるとするのがスキルレベル仮説、ステータス値の差であるとするのがステータス仮説。
オーバは、その両方が関係しているが、確認できる数値が少なくて立証できないとかなんとか、難しいことを言っていた。
そもそも誰かのステータスを把握できる「対人評価」などのスキルを持つ者は人口の増えたアコンでもごくわずかであり、そんな数値を記録して証明できるのはオーバくらいのものだ。そのオーバはいろいろと忙しくて、そんな証明をしているヒマがない。
「スレイン王国を離れて暮らして、そのおかげで大森林での暮らしの高度さをいやというほど思い知らされましたよ」
「おれたちが少ない人数で暮らしていた頃と今とじゃ、ずいぶん変わったんだけれどな」
「昔が懐かしいですか?」
「年寄りだからな」
「まだまだお若いですよ」
「お世辞はいらねぇ」
「お世辞ではないのですがね・・・」
トゥリムがすっと剣を抜く。
おれも同時に動いた。
おれたちの視線は走ってくる敵に向けられたままだ。
「七人目と八人目が同時になりそうだな。あと、十二人目からは四人同時か。ここは一人で二人を相手にするぞ?」
「先頭の男はこちらでいただいても?」
「分かった、任せる」
「では」
「まったく、ずいぶんと待たされたよな」
先頭の敵兵が、あと二百メートルというところまで来ていた。
二人目はそのさらに二百メートルは後ろにいる。
はっきり言っておこう。
こいつらは、数の有利を捨てて、はるばるここまで走ってきた、大馬鹿者だ。
「よくこんな連中がこの内戦を生き抜いてきたよな」
「スレイン王国では相手も同じように突進するので、最初は先頭の者が一対一で戦うことになるのですよ」
「なるほどね・・・ま、今の状況とそんなに変わらんか、それなら」
「相手が疲れていて、こっちは疲れていないので大違いですよ」
トゥリムはそう言って、すーっと一度息を吐いた。
どうやら、無駄話はここまでのようだ。
「一番、もらう、死ね!」
そう叫びながら、先頭を走ってきた敵兵が跳び上がって両手持ちの大剣を振りかぶる。
おれが冷静に見ているのは、トゥリムが敵兵に対処しているからだ。
剣を切るもの、と考えているのは三流。
剣はどちらかというと叩き切るもの、または破壊するためのもの。特に大剣だとその傾向は強い。切り裂くのではなく、壊しながら切るものなのだ。
だから跳び上がって威力を増そうとするのは間違いとは言えない。
しかし、跳び上がると、その後は方向を変えられない。
・・・馬鹿か?
トゥリムは振り下ろされる大剣を右へとかわしながら、敵兵の左の太ももを切った。
着地した敵兵が太ももの痛みに何かをうめきながら膝をつく。あそこをあれだけ深く切られては立つことなどできない。
トゥリムはその敵兵の胸当てで守られていない無防備な背中から胸を刺し貫いてとどめをさし、次の敵兵を見つめた。
・・・剣は切れない、と考えているのは二流。
剣にも、よく切れるところがある。うまく使えば、だが。
それは剣先。剣の中でもっとも鋭い部分だ。
刃の向きに合わせて鋭く素早く剣先だけを振り抜くことで驚くような切れ味を発揮する。
今、トゥリムが敵兵の太ももを大きく切り裂いたのはそういう技だ。
トゥリムは一流の剣士。
剣は叩き切る力押しの武器と知りながら、その繊細な扱いも身につけ、切り裂くことすら容易に行う手練れの剣士。
力任せの大剣使いなど相手にならない。
「次は、どうします?」
「任せる」
「はぁ、分かりました。ジッド殿と私でまず五人、五人、ですよね?」
「相手が弱い。もう、おれは必要な分だけでいい」
そういう会話をしながら、トゥリムはあっさりと二人目の敵兵もしとめた。
アコンの朝の訓練で走る子どもたちのように、敵兵は一人ずつおれたちのところへやってくる。この程度の兵士にトゥリムが一対一で怪我を負うようなことはない。
「見たところ、六人目までは私ですか」
「その後も一人ならトゥリムで」
「では、そのようにします」
言った通り、六人目まで、次の敵兵がたどり着く前にトゥリムはあっさり倒していく。
後ろの味方は、ただ静かに待っている。
次々に敵兵を倒していくトゥリムを見ても微動だにしない。
トゥリムならそのくらいのことはできると、これまでの訓練を通して知っているから。
そして、七人目と八人目は同時にやってきた。
「左を!」
「はいよ!」
右の敵兵がトゥリムの相手。
左の敵兵がおれの相手。
これも、不思議だ。
トゥリムの相手は片手剣。
おれの相手は片手剣に小さい盾を持つ。
・・・どうしてこいつらは左右逆でかかってこないんだ?
せっかくの盾がおれとトゥリムがいない真ん中にあるんだが・・・。
馬鹿なのか?
馬鹿なのだろうな。
こいつらは協力して戦う気などなく、どっちが手柄を立てるかしか考えていない。
そんな二人を同時に倒して、おれとトゥリムはその次の敵兵を見る。
次は三人来るが一人だけ少し速い。
「トゥリム、一人目の足を潰してくれ。とどめはおれが刺す」
「ではそのように」
引きつけた相手が剣を引く動きに合わせてトゥリムが前に出る。そのまま左の太ももを切り裂いて横を抜け、次の敵兵の剣を一度受ける。
おれは少し遅れた右の敵兵の剣を受けつつ左へ押し流して体を入れ替え、突き放した隙にトゥリムに太ももを切られて膝をついた敵兵の首の右側を回転しながら切り裂く。
そして、おれに突き放されて崩れた体勢を立て直そうとする敵兵との間を詰め、今度は腕だけで振られた軽い剣をはじき飛ばしつつ、のどを突き抜いた。
剣をのどから抜きながらふり返ると、トゥリムの方もとどめを刺し終えている。
「あと三人で、先にたどり着きそうな敵兵は終わりでしょうね」
「こいつら、なんで味方を待たないんだ?」
「・・・さあ、どうしてでしょうかね」
「手柄か?」
「戦場に興奮して判断できなくなっているだけのように思いますが」
最後は三人がほぼ同時にやってきた。
そして、おれに二人、トゥリムに一人、斬りかかる。
・・・なんて面倒な。トゥリムの方に二人行けばいいのに。
一人は上から、一人は横から剣を振るう。
組んでるな、こいつら。これまでの馬鹿とはちょっと違う。
上からの剣を右にかわしつつ、かわした体の重さを乗せた剣で横からの剣を受け止め、それを支えに上から剣を振った敵兵を蹴り飛ばす。
蹴りの反動で横から剣を振った敵兵の右目を左腕で殴る。
剣だけではないのだ、戦いというものは。
蹴られて体勢を崩した相手に接近し、胸当ての下の脇腹を切り裂く。敵兵から、腹の中の何かがもれ出る。続けて、剣を離して自分の脇腹を押さえた敵兵の首の左側を切り裂く。
さて、と。
右目を殴った敵兵をふり返る。
背中からトゥリムが胸を刺し貫いている。
さすがはトゥリム。
予想通りだ。
トゥリムに先に斬りかかってきた一人目はすでに倒している。
必ず連携できると信じていたよ。
訓練したしな。
一対二も、二対二も、二対三も、三対三も。
神殿騎士のカリフによると、これはアコンならではの訓練になるらしい。剣術の立合いは一対一以外にしたことはないと言っていた。
オーバが戦場で一対一の方がおかしくないか、と言ってもカリフは首をかしげていたよな。
おれは、倒れて動かないがまだ息がありそうな敵兵にとどめを刺していく。
「・・・そこまで、やりますか?」
「その方がこいつらにとっても楽だろう?」
「・・・そうかもしれませんね」
「これで長駆スキル持ちをかなり倒したのは助かるな」
「こういう長距離を突撃させるような使い方がいかに愚かなことか、よく分かりました。スレイン王国の戦い方は、オーバから見ると無駄でしかないのでしょうね」
「本来なら、遠くと連絡をとるための伝令として活躍できる人材だからな。ああ、そうか。アコンと違ってレベルやスキルの考え方がないから、そういう使い方につながらないのか」
「そうすると、スキル持ちを減らすことについては、スレイン王国からしてみたら、こちらが思っているほどの効果はないのかもしれませんね」
「ま、いいさ。それにしても、二人で十四人が相手だと少し疲れるよな」
「・・・ジッド殿は四人で私が十人の間違いでは?」
「連携した分はとどめで数えるもんじゃないだろ?」
「それは、そうかもしれませんが・・・うん、なんでしょう? 納得がいかない気がします」
「まあまあ、次は集団戦だ。下がるぞ、トゥリム」
おれはそう言うと、味方に向かって歩き出した。
少しだけ隊列の隙間をあけた味方がおれとトゥリムを見つめてうなずいている。
「次、集団! 訓練、動く! 勝つ!」
トゥリムのスレイン王国語の叫びに、歩兵たちは、おうっ、と周囲に鳴り響くくらい力強く答えた。
その熱気に少し驚いたおれは、さっきのトゥリムの戦いを見ていた兵士たちが、静かに待っていただけでなく心の中では興奮していたのだと理解した。
その興奮がこの後の戦いにどう影響するのか。
そのへんも考えながら、今回の指揮をとる予定のトゥリムをしっかり支えるとしよう。