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かわいい女神と異世界転生したら重要人物になっていた。  作者: 相生蒼尉
第三章 老いた天才剣士は重要人物
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第38話:老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(1)




 歩兵たちの訓練を終えたトゥリムに、クレアが来ていたことを伝えた。

「ああ、見えていましたよ。ただ、男爵の質問に答えていたところだったので、あとで話しかけようと思っていたのですが、もう行かれてしまったとは残念です」

「男爵が質問?」

「ええ、この動きでどうやって戦うのか、と。スィフトゥ男爵はオーバ殿の戦いに関する知識をとても信頼していますね。だから興味がある。まあ、その気持ちはよく分かるのですが」

「辺境都市に取り入れるつも・・・あ、いや、そもそもこいつらは辺境都市の兵士か。取り入れるも何も、もう身に付けちまったしなあ」

「男爵ご自身でも指揮できるようになりたいのでしょう。さすがにこの戦いの間で練習していただくわけにもいきませんが。それで、クレア殿は何を?」

「ああ・・・」

 おれは少しだけトゥリムから目をそらした。「・・・早く平原に入れって、さ」

 それを聞いたトゥリムは、うなずくでもなく、かといって首を横に振るのでもなく、目を細めて何かを考え始めた。

 カリフたちの合流がいつになるのか、計算しているのかもしれない。

「・・・難しいか?」

「難しいというより、この兵数でもオーバ殿は勝てると考えているということなのでは?」

 おいおい。

 さすがにそれは、ないだろうよ?

「捕虜の扱いのせいでおれたちの数が減るなんて予想してないだろう?」

「それは、そうでしょうけれど。確か、リィブン平原で予定している作戦は守備陣をつくって陣地を確保したら、前進して新たな守備陣をつくる。それを何度か繰り返してから、おびき出した敵を討つ、ですよね?」

「守備陣を固めて弓矢勝負を続けたら、守備陣を出たおれたちには迷わず飛びつくって言ってたな」

「守備陣づくりはフィナスン組の得意分野ですが・・・」

「何か、あるのか?」

「相手のカイエン候がすでに陣をかまえているはずなので、われわれが守備陣づくりをすると、そこに攻め込んできて妨害すると思うのです」

 ・・・それは、そうだろうな。

 おれが相手の立場でも、もちろん、守備陣づくりの作業なんてやらせない。陣がつくられる前に潰すだろう。

「つまり、守備陣をつくるということはそのままそこで戦うということになるのではないですか?」

「・・・守備陣をつくるフィナスン組の連中を守るようにしながら、おれたちよりも数が多い敵を受け止めて迎え撃つ・・・のか?」

 あー、これはかなりの無理難題になっているような気がする。

 それでも、やれと言われれば動くしかないのだが。

「オーバの指定していた場所はかなり細かい内容だったよな?」

「・・・それをいかして戦え、と?」

「・・・アレ、の出番なんじゃないのかね」

「ああ、アレ、ですか・・・」

 おれとトゥリムは、フィナスン組の代表を呼び出していくつか相談し、いろいろと話し合った上で、歩兵たちにどんどん指示を出していった。

 そのようすを見て慌ててやってきたスィフトゥ男爵はトゥリムに任せて説明させて、おれはそのまま歩兵たちを動かす。大森林の言葉にも慣れている歩兵たちなので言葉の問題は特にない。あと、ツァイホンでの夜の倉庫の戦い以降、それまで以上におれの言うことをよく聞こうとするようになっているのも都合がいい。

 どうやら面倒な戦いが近いようだから、しっかり動ける兵であることはとても助かる。

 それにしても。

 ・・・オーバはどうしてこんな状況で勝利を確信しているのやら。

 さっぱり分からん。




 準備を済ませて翌朝。

 まずは朝食からだ。

 この先、リィブン平原での戦いがどう進展するかは分からないのだ。いつ、飯が食えるか分からんという状況になりかねない。

 だから、朝からきっちり食べておく。

 ・・・最悪の場合は最後の飯になるかもしれないのだから。

 米を多めの水で炊いたかゆにカスタで手に入れたみそと、刻んだ干し肉を混ぜて、ゆっくり食べる。

 スレイン王国ではカスタでしか米を栽培していないので、スィフトゥ男爵にとっては慣れない食事のようだ。ただし、その味は、辺境都市のなんだかかたいパンよりはるかに美味しいということは男爵も理解している。残さず食ってるしな。

 おれは三杯目のおかわり。

 これが最後ですよ、と炊飯係の歩兵に釘を刺された。

 余ってるならいいじゃないか、と思うんだが。

 まあ、我慢するか。

「食べ終わりましたか?」

 トゥリムがおれのところにやってきた。

「あと少しだな」

「食べ過ぎですよ、ジッド殿」

「最後かもしれんのだが?」

「そういうことを言わないでほしいと本気で思っていますが?」

「はは、お互い様だな。まあ、これ以上のおかわりはさせてもらえんらしいから」

「はあ・・・あんなとんでもない作戦を考えたジッド殿が、一番落ち着いていらっしゃるように見えますね」

「落ち着いてるのは年寄りだからさ」

「・・・そう言わずに。頼りにしていますから」

「本当に、あれでいいんだな?」

「・・・それしかない気がします。この作戦、要するに最初から殿を務めるような戦い方をする、ということでしょう?」

「うまいこと言うな、トゥリムは。確かに、殿だな。最初っから殿ってのも、おもしろい」

「殿は一番厳しく、苦しい戦い、でしたっけ」

「そもそも、ツァイホンのような高い壁もなく、人数差のある戦いを行うってのは、無理がある。だから、それしかないだろうさ。でも、運がよければ、相手の方が下手な動きをしてくれるかもしれん。もう何年もやれるだけの準備はしてきたんだ。あとはやるだけ、だろ?」

「・・・さすがはたった一人で、何十人もの包囲を抜けた伝説の天才剣士、ですか?」

「ああ、それな。今となっては、恥ずかしい思い出かもな」

「大草原ではジッド殿を知らない者はいないですし、誇るべき内容では?」

「今、トゥリムと立ち合ったとして、おれは現実に一本もとれん。それが実力だ」

 自分の力を勘違いした者から死んでいく。

 だから、そこだけはよく見極めなければならない。

 おれとトゥリムが話しているところに、スィフトゥ男爵がやってきた。

 トゥリムと男爵が言葉を交わし、男爵がおれの方を見た。

「ジッド殿、いく、か?」

「ああ、そろそろ出ようか」

 リィブン平原という名の死地へ。

 鍛えてきた精鋭たちとともに。

 出陣だ。




 歩いていけばいくほど、道幅が広がり、やがて視界の全てが道になったかのように広がる。

「リィブン平原に入りました」

 トゥリムが一言、報告してきた。

 トゥリムはスレイン王国内の地理に明るい。

 確か、もともと巡察使という、王国内を行き来する役を務めていたと聞いた。

 まっすぐ先に、といってもかなり遠くに、だが、敵陣が見えた。カイエン候の軍勢は総勢三千と聞いていたのだが、その割に敵陣は小さく見える。それだけ遠く離れているってことだろう。

「思ってたより、敵陣が遠いな」

「ええ、幸先、いいですね」

「ま、そうやって、なんでもいい方にとらえるとするか」

 そのまま、歩兵隊は前進していく。

「もう少し、西側です」

「指示を頼む」

 トゥリムが叫んで、歩兵隊の向きが少し変わる。

 まだ、敵陣に動きはない。

「動きが見えないな」

「われわれが来ると、予想していなかったのでしょうか?」

「・・・そういや、おれたちの方が少ないし、何日か、時間も潰したからな」

「これも幸運でしょう」

「前向きだな、まったく」

「ああ、このあたりです。オーバ殿の指示があった場所は」

「そうか、次の指示を」

 トゥリムが男爵と少し話して、新たな指示を出す。

 フィナスン組が動き出して、それに歩兵隊の一部が合わせて動く。

 残りは全員、フィナスン組の作業場よりも前へと進む。

「三百、くらいですか?」

「五百、でどうか?」

「間にしましょう。四百で」

 フィナスン組はロープをしっかりと結んだ大石を設置するとそこから東へ土を掘り返し始めた。残した兵士たちもそれを手伝う。

 平原とはいうものの、どこも同じというわけではない。

 高いところや低いところもあれば、草が多いところや少ないところ、何本か木が生えているところ、小川が流れているところもある。

 フィナスン組が陣づくりを始めた場所は高いところ、にあたる。当然と言えば当然の場所だ。戦いは少しでも高所の方が有利。

 カイエン候の軍勢が、おれたちが陣をつくろうとしているところへと攻めてくれば、最後は、ゆるやかでも坂をのぼって攻めなければならない。

 オーバが指示していたのは、リィブン平原の入口近くにある、そういう場所だった。

 フィナスン組は歩兵たちに指示しながら、どんどん堀を掘っていく。深さは一メートルに届かないが、その小さな堀があるだけで陣の守りの堅さが変わる。

 おれとトゥリム、スィフトゥ男爵は、フィナスン組よりもおよそ四百メートル、前進して歩兵隊を止めた。五十人一列で五列、二百五十人の軍勢だ。

 じっと敵陣を見つめる。

 まだ動きがない。

「まさか、空陣の策略とかじゃないだろうな?」

「そんなはずは・・・ああ、動き出しましたよ、ほら、あそこです」

 トゥリムが指さす方を見る。

 敵陣の正面ではなく、西側から兵士たちが出てくる。そして、そのまま走り出す。

 ずいぶんと遠いが、なにやら叫びが聞こえてくる。

 そのまま先頭はこっちへ向かってくる。

 敵兵は、まるで競い合うかのように、まっすぐこっちへ走る。

「あんなに走ったら、ばてるだろ?」

「・・・スレイン王国では、一番乗りのほうびが大きいですから」

「あ、だから競争してるように見えるんじゃなくて、本当に競争してんのか。それで、おれたちのところに一番にたどり着いたとして、どうすんだ?」

「情けない話ですが、一度剣を振るって、そのまま後退するなんてことも平気でやりますよ」

 なんだそれは。

 馬鹿か?

 馬鹿なのか?

「・・・そんな連中なら、勝てるかもしれんな」

「オーバ殿もそう思ったのでしょうかね。それにしても・・・カイエン候の軍勢は、優秀な軍師がいてその手強さはかなりのものだったはずですが?」

「その軍師ってのは、オーバの知り合い? なんだろ? こっちにはその軍師は来てないんじゃないか?」

「・・・それなら、この戦いは、勝てる可能性が高いかもしれませんね」

 そんなことを言いながら、敵陣から湧き出すように姿を見せる敵兵の数を確認する。

 まだまだ敵兵の先頭はここまで来そうもないが、そろそろ敵陣から出てくる数も減ってきた。

「んー、千、二百ってところか? いや、もう少し多いのか? まあ、これくらいになったら、おれじゃ慣れてないから目測も難しい。ふん、数えられんな」

「千五百、でしょうね。半分、出してきましたよ」

「・・・多いな。やっぱり、勝つのは苦しいか?」

「ここは三千の半分しか出さなかったと思っておきましょう」

 トゥリムはそう言って、にやりと笑った。

 その顔にはどこか自信があるように見えて、おれも笑った。


 そして、五倍の敵兵との戦いが、始まる。





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