第33話:老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(1)
トゥリムと並んでおれはツァイホンの町の外壁を見上げた。
「・・・これまでに見てきた町の外壁とは、ずいぶん違うな?」
「以前は、この三分の一くらいの高さだったと思います。こんなに高い外壁に囲まれた町は、王国のどこにもないはずです」
「十五メートル、ってとこか?」
「それくらいはありそうですね。おそらくオーバ殿がこうなるように仕向けたのでしょうが」
「これ、ここまでにするのに何日くらいかるんだ?」
「二、三年はかかるのでは? ああ、オーバ殿はそんなに前からこの町で戦うことを予定していたんでしょうね」
「あいつはとんでもないな、本当に。でもさ、こんな外壁を見たら、戦わずに逃げるか、ここを無視して次の町を目指すんじゃないか?」
「・・・そうですね。でも、オーバ殿のことです。何か手を打っていることでしょう」
「トゥリムも、オーバを信頼してんだな」
「・・・自分が仕える主ですから」
トゥリムの副官となっている神殿騎士のカリフが、門が開いたと伝えてきた。
おれとトゥリムは歩兵隊を動かし、門をくぐった。
ツァイホンの町に入ると、男が一人、出迎えてくれた。
なんだか偉そうな奴だな、と思って見ていたら、トゥリムがこの町を支配する男爵だと小さな声で教えてくれた。
ユゥリン男爵という人らしい。
この町にはアコンよりも多くの人が住んでいるという。そうなら、この男が偉そうなのも仕方がないのだろう。
「オーバ殿、聞いた。よろしく、頼む」
おれとユゥリン男爵はまっすぐに見つめ合ってあいさつを交わした。
トゥリムが通訳してくれる方が正確に話せるのだが、一応、なんとなく、分かると言えば分かる。
「オーバ殿、武器、届く、聞いた。どこに?」
「ああ、オーバに頼まれた武器なら、すぐに運ばせる」
おれはそう言うと、トゥリムを見た。
トゥリムは歩兵の分隊長を見て指示を出した。
その指示で百人以上の歩兵がネアコンイモのロープで束ねられた大量の矢をどんどん運んで積み重ねていく。
「これが・・・」
「テツの矢、だとさ」
テツの村で作った矢だから、そう呼ぶのだろうと思う。銅の矢と比べると矢じりが黒く見える。それでいて、イズタの言葉を信じるのなら、銅の胸当てを貫く硬さと鋭さがあるらしい。
「銅、貫く、本当、か?」
「・・・トゥリム、説明を頼む」
こういう話を言葉が通じないおれが中途半端にするのはまずい。
トゥリムはうなずき、ユゥリン男爵に説明を始めた。そもそもイズタの説明をおれに通訳してくれたのはトゥリムだ。その内容はよーく分かっているはず。
スレイン王国の言葉でトゥリムと男爵が次々と意見を交わす。
ツァイホンの守備兵たちが、棒を立ててそこに銅の胸あてを吊るした。
「テツの矢、確かめる、大切」
ユゥリン男爵がそう言って、トゥリムが連れてきた歩兵隊の中から弓兵を呼ぶ。
実際に銅の胸あてを貫けるのか、確認したいのだろう。確認もせず、実戦で使って役に立たないということにでもなれば、そのことだけで敗北につながりかねない。これは別にオーバを信じているかいないかとか、そういうことではなく、この町の支配者として当然、行うべきことだろう。
・・・ノイハがいてくれたら、確実に射抜いてくれただろうに。まあ、ノイハの場合、銅の矢じりでも射抜いてしまいそうだから確認にならんのかもしれんのだが。
弓兵が矢を放つ。
カン、と高い音とともに、テツの矢は銅の胸あてを貫き、その向こうにいた兵士が慌ててその矢を避けた。胸あてを貫いてもそこそこの速さを保っていたことがユゥリン男爵を驚かせたらしい。
そのまま、二度、三度、とテツの矢が放たれ、銅の胸あてに穴があいていく。
いつの間にか、何人ものツァイホンの守備兵たちが注目していた。
「相手、よろい、弱い。この矢、最初、使う」
「オーバ殿、三日目、使う、指示。最初、別」
・・・いまいち分からんのだが、オーバがイズタに伝えていたのは、三日目以降のテツの矢の使用だったはず。ユゥリン男爵はそれを初日から使いたいと言っているようだ。トゥリムが粘り強く説明を続けている。
オーバの指示に従った方がうまくいくってのは、おれたちなら迷わない。
さすがのオーバも、スレイン王国では思い通りとはいかないのかもしれん。
けっこう激しく男爵と言い合ったトゥリムが、ふぅ、と息を吐いた。
「・・・どうなった、トゥリム?」
「なんとか、納得してもらえましたが、これなら勝てる、という風に思ったようで・・・。オーバ殿の指示に従った方が楽に勝てるのに」
「オーバの指示は、怖ろしい内容だったよな」
「ああ、そうかもしれません。投石や落石に、丸太落とし。古い方の矢を放ち、糞尿をまいたり、油をまいて火をつけたりと、やれることをやり切って、三日目にテツの矢で攻め手を崩壊させて後退させるという指示を聞いてます。以前のアルフィでの戦いの時も思ったのですが、オーバ殿の守城戦に関する考えは怖ろしい。それも、三日目に敗走させて、テツの矢の存在に気づかせずにそのまま回収する気なのだから」
「・・・初日にテツの矢で崩壊させられんものかね」
「初日だと、まだ相手もあきらめないかもしれません。ですが三日目なら、その可能性は高いとオーバ殿は考えたんだろうと思いますね。おそらく相手は、食糧が足りてないはずだから」
「食糧が?」
「さっきの外での話で考えたのですが、この町を素通りさせない策として、オーバ殿は敵の食糧を奪ったり、隠したりしているのではないかと」
「なるほど。やりそうだな。まあ、そういう意味では楽勝なんだろう・・・」
食糧不足で攻めてくるなんて、スレイン王国では戦いの基本がなっていないと思うんだが。
・・・そういや、大草原でも戦いを起こす時はたいてい食糧不足がきっかけだったか。足りないから奪おうという考えだ。アコンでオーバとともに暮らして、おれもいろいろ学んだから、今はそういう考えになってるんだろうな。
「・・・ユゥリン男爵によると、ツァイホンには食糧を大量に運び込んだという噂をオーバ殿は敵に流してるらしいです。相変わらず、オーバ殿のやり方はすごい。実際に食糧があるかないかに関係なく、その噂ひとつで相手にツァイホンを無視させないつもりなのだから。どこまでも先に手を打ってる。敵でなく味方で本当に助かります」
「この町の外壁が、ここまでの町よりもずいぶん高いのも?」
「・・・それも男爵はオーバ殿の指示だったと言ってましたね。この高さにするのに二、三年前から動いたはず。いったい、どこまで見通してるのやら」
「オーバがいる限り、勝ち戦は動かんな」
おれがそう言うと、トゥリムは黙ってうなずいた。
そう。
オーバがいれば、負けるはずがない。
大森林や大草原でずっと戦ってきたおれたちにとって、そこに揺らぎはなかった。
ツァイホンの町に入ってから、外壁の外側をさらに掘り進めたり、門を埋めたり、石や丸太を集めたりと、守城戦の準備を手伝った。
歩兵たちに指示を出しながら、少し休憩していると、そこに赤い髪の美女がやってきた。
「ジッド!」
「クレア! 久しぶりだな」
「元気そうね。そろそろアコンに帰りたがってるんじゃないかと思ったけれど」
「帰りたいとは思ってるが、ここでやるべきことも分かってる」
「そう」
「オーバはどこに? 一緒なんだろ?」
「ううん。ジッドとトゥリムに伝言を頼まれてここに来たの」
「オーバからか? オーバは何を?」
「カイエン候の別働隊を北へ追いやってる」
「・・・オーバは、兵士を一人も連れてないと思うんだが?」
「オーバ一人で北へ追いやってるのよ」
「どうやって?」
「相手の、カイエン候の別働隊を指揮してる人、前の戦いで知り合った人みたいね」
「知り合い?」
「そう。オーバを見て、目を見開いて固まってたわね」
「それ、怯えてたってことだろ? 相変わらずとんでもない奴だな、オーバは。それで、オーバからの伝言ってのは?」
「このツァイホンまで敵軍が寄せてくるのはあと三日か四日で、ここに集まるのは諸侯の寄せ集め。数はけっこう多いみたい。でも、それを撃退したらリィブン平原へ陣取れって言ってたわ」
「諸侯の寄せ集め、か。それと、リィブン平原?」
「そういう場所は詳しいトゥリムに確認して。私は今からアイラのとこに行くから」
「平原ってことは、歩兵の戦い方は・・・」
「イズタからの説明通りだって。まあ、まずはこのツァイホンをしっかり守ってよね」
「ああ、分かった。アイラのとこにも行くってことはその平原に騎馬隊も出てくるんだな?」
「んー・・・そこまで詳しくは分からない。でも、歩兵隊が訓練通り動けば何の問題もないみたいだけれど?」
「・・・ああ、テツの矢の威力は見せてもらったし、心配はしてない」
「矢だけじゃないでしょう?」
「そうだった」
「じゃ、あとはよろしくね」
そう言うと、背を向けたクレアはさっさと歩き出した。
赤い髪が左右に揺れながら遠ざかる。
アコンではオーバの次に強いクレア。
敵地にいるオーバからの伝言をたった一人で伝えて回るとんでもない猛者。
オーバはオーバで、敵地で一人、相手を北へと追いやってるらしい。いったいどうやったら、そんなマネができるのやら。
オーバやクレアが敵に回ったスレイン王国の連中が気の毒になってくる。
しかし、あと三日か四日、か。
相手は寄せ集めみたいだし、これもオーバの狙い通りなんだろうな。
勝つべくして勝つ。
この場にいないオーバが、これからの戦いのすべてを握っているかのようで。
ふと、その怖ろしさを感じておれは身震いしたのだった。
クレアが来た次の日、ツァイホンの町には本当に大量の食糧が運び込まれた。
運んできたのは辺境都市のフィナスン組だ。辺境都市アルフィのスィフトゥ男爵も一緒にやってきた。フィナスン組はアコンまで交易にやってくる連中もいるので、中には知った顔もいる。そのままフィナスン組もツァイホンの守備隊に加わる。
オーバが敵に流しているという食糧の噂がこれで真実になった。ツァイホンは軽く半年、兵士と町の人々が飢えることのないだけの食糧が届けられた。
辺境伯領以外の地域は、もう何年も戦乱の中にあり、まともに麦を収穫できていないという。飢えをしのぐために多くの民が辺境伯領へと逃げて移住している。もちろん、純粋な移住者だけでなく、敵の間者も入り込んでいるだろう。
だから、今回届いた大量の食糧は、目に見える形で運び込まれたのだと思う。
この食糧の受け入れを最後に、ツァイホンの町の四つの門はすべて埋められ、ツァイホンからの出入りは不可能となった。
そして、オーバからの伝言通り、クレアが来てから三日目に敵軍が姿を見せた。
装備の種類がいくつかに分かれた敵軍はツァイホンの町を素通りせず、その外壁をすべて囲むように包囲した。
ツァイホンの守備兵はおよそ二千。
ツァイホンを囲んだ敵兵はおよそ六千。
その日はまだ昼になる前から、ツァイホンでは三倍の敵兵との戦いが始まろうとしていた。




