第3話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(3)
あたしはちらりとジルを見た。
ジルもちらりとあたしを見た。
「ウル、聞こえた?」
「ジルも?」
「・・・じゃあ、やっぱり」
「この熊、しゃべるの?」
あたしたちは巨大な灰色火熊を見つめた。
赤い瞳の灰色火熊。
これまでタイガが追い払ってきたのとはまったく違う、大きな熊。
タイガは低くうなったまま、身構えている。
『おいらはしゃべれるよ。くり返すけど、おいらたちの縄張りに、何の用だい?』
「やっぱりしゃべった!」
『もうそこから先に話を進めてほしいんだけど、妹巫女さん?』
「やっぱり聞こえる!」
『そっちもまだそこなの、巫女王さん?』
「どうしよう、ウル?」
「どうする、ジル?」
『・・・とりあえず、おいらとしゃべってくれると嬉しいんだけど?』
「ねえねえ、どうやったらタイガもしゃべるようになるの?」
「これで、しゃべる灰色火熊に会ったって、ジッドに自慢できる」
『巫女王さんたち、何が言いたいんだか、おいら、分からないけど・・・?』
「タイガと話せるようになりたいの。ずっとそうできるといいなあって、思ってたから」
「しゃべる大角鹿に会ったことがあるって、自慢してくるの、ジッドが、あれ、むかつくんだ」
『・・・とりあえず、あんたたち二人が、けっこう勝手気ままな感じだってことは、なんとなく分かったよ』
「やっぱり、タイガに毎日話しかけるべきよね」
「ジッドに自慢した方がいいかな、それとも、ジッドが自慢したときに言い返すのがいいかな?」
『・・・』
「タイガがしゃべれるようになったら、花咲池に行ってほかの大牙虎とも・・・」
「・・・やっぱり言い返す方が、威張ってるジッドを静かにさせられるかも」
『・・・大森林の覇王は、この二人の相手がちゃんとできるんだろうなあ』
立ち上がっていたしゃべる灰色火熊が前足を地について、四足になった。
それを見たタイガがくうう~ん、という感じで、小さくうなった。
『・・・主人がすまないって? ああ、気にしてない。あんたが悪い訳じゃないよ。お互い、苦労するよなあ』
わうん、とタイガが小さく吠えた後、あたしの足をタイガは前足でぽんぽんと叩きつつ、ジルの服を噛んで引っ張った。
あたしたちはタイガを振り返る。
「タイガ・・・?」
「どうしたの?」
がう、と短く吠えたタイガが、まっすぐに灰色火熊を振り返って見つめた。
それにつられて、あたしとジルも灰色火熊を振り返る。
『・・・やっと、こっちを見てくれたねえ。ありがとさん。それで、おいらたちの縄張りに、何の用だい、巫女王さん?』
・・・やっぱり熊がしゃべってるっっ!!
すごいっ!
なんか、声が頭に直接響く感じ。
女神さまが、姿も見せずに話しかけてくる時と同じかも。
女神さまよりも、ずっとくだけた感じではあるけど。
「あなた、話せるのね?」
ジルが灰色火熊に確認する。
『そうだね。おいらは、話ができるよ。おいらたちの中じゃ、話せるのはおいらだけだけどね。それで、おいらたちの縄張りまで来たのは、ひょっとして、この前、大樹の近くまで行った、つがいが迷惑をかけた報復なのかい?』
「報復? ・・・ああ、仕返しってことね。ちがうわ。あのつがいのことは、こっちこそ、ごめんなさい。村の小さな子たちがびっくりしたから、あの場では殺すしかなかったの」
『それはいいよ、もう。この森で、互いの力関係が分からないような連中がどうなったとしても、そのことで巫女王さんが気に病むようなことはないかな。覇王の支配圏に入ったんだ。どんなメに遭ってもそいつらのせいだよ。じゃあ、あの報復じゃないなら、こんなところまで何をしに?』
「探し物。ええと、あのね・・・」
ジルは一生懸命、身振り手振りを加えて、探している物を説明する。
赤眼の灰色火熊は、うなずきながらジルの説明を聞く。
本当に、この森の中では、ふしぎなことが起こる。
森の探検は、こういうことがあるから、おもしろいのかもしれない。
オーバが出かけっぱなしになるのも、そのせいなのかな?
『・・・それはアリクサかな?』
「アリクサ?」
『おいらが知ってる中じゃ、たぶん、それはアリクサだね』
「そのアリクサって、どこにあるか、分かる?」
『オオアリの巣がある・・・っていうか、オオアリが巣にしてるっていうか・・・』
「そこに案内してほしいの」
『・・・とりあえず、おいらたちを狩ろうってんじゃないってことは、分かった』
「そのつもりなら、もうとっくに、何頭も皮をむいてるかな」
『巫女王さんは、こわいねえ。それで、おいらたちの縄張りを抜けて、アリクサがほしいと?』
「ほしい。私たちの村に必要だと思うから」
『それなら、交換条件だ』
「交換条件?」
『巫女王さんの要求は一方的で、おいらたちを狩らないかわりに案内しろってんなら、交渉じゃなくて、脅迫だろ? ちがうかい?』
「・・・そうね」
『脅迫だと、こっちも楽しくないな。だから、交換条件で交渉したいな。つまり、案内するかわりに、おいらたちも、ほしいもんがある』
「・・・ものによるけど?」
『そうだろね』
「何がほしいの?」
『そんなこわい顔しないでほしいな。別に、人間をよこせってんじゃないよ』
「・・・それなら、いいけど」
ジルがほっとしたように息を吐いた。
あたしもほっとした。
『おいらたちは、バウブってよんでる。木の実なんだけど、あれがほしい』
「バウブ?」
ジルが首をかしげてあたしを見る。
あたしも知らないから、首を振って答える。
タイガは、わうん? と、こっちも分からない感じだ。
『バウブってのは、こう、とげとげの針がいっぱいついてて、その中にいくつか、こんな形の実が入ってんだけど』
それは、なんとなく、分かる。
この前、灰色火熊のつがいが来たときも、それを狙ってたはずだし。
「ジル、クリのことかな?」
「そうみたいね」
『そっちじゃ、バウブをクリっていうのかい?』
「とげとげの殻の中に、さらにもうひとつ殻があって、それをむいたら柔らかい実があるのよね?」
『おいらたちは、とげとげの殻だけのけたら、あとはそのままかじって食べちゃうけどね。たぶん同じものかな』
「あれがほしいのね」
「うーん・・・」
あたしは目を細めた。
『妹巫女さん、どうしたの?』
「あのね、クリって、オーバが大好きなの」
あたしは、一歩、熊さんの前に進み出た。
『オーバ・・・大森林の覇王か。覇王の好物ってことだな?』
あたしはうなずいた。
「分けてあげたいけど、クリが、どれくらい必要なの?」
『・・・まさか、大森林の覇王の好物とは考えてなかったな。おいらたちと同じものが好物だなんて、予想してないからさ。交換条件としては難しそうか?』
「・・・とげとげ5個分くらいなら?」
『そいつは少ないって! それじゃ中身が20個もないよ?』
「え~、じゃあ、6個分?」
『ほとんど増えてねえっ? 妹巫女さん、交渉する気、あるっ?』
「オーバの好物って、あたしたちにとって、すっごく大事なことなの」
『いや、そりゃ、そうだろうけど、どういうこった?』
「ジルはね、オーバの役に立ちたくて・・・その、アリクサ? ってのを探してる。アリクサを見つけて喜んでもらいたいの。でも、そのせいで、クリがなくなっちゃうんじゃ、アリクサが見つかったとしても・・・わかる?」
『・・・ああ、そういうこと。分かる、分かる』
「だから、クリを分けてあげたいけど、そんなにたくさんは難しいの」
『まあな、覇王の好物じゃなあ』
熊さんがうなずいてくれたところで、あたしは勝負に出た。
「・・・ということで、とげとげ20個分ってどう?」
『急に増えたなっ!? 難しいんじゃなかったのかよ?』
「・・・ダメかな?」
『いや、ダメっつーか・・・』
「・・・じゃあ18個で」
『減ったっ! 減ったぞ、おいっ? なんでだ? なんで数が減る?』
「・・・んー、じゃあ16個かな? はやく返事しないと、どんどん減らすよ?」
『え? そういうしくみ? どういうこと? これ、交渉だよな?』
「よし、15個!」
『わ、わかった! 15個だ! 15個なら交換条件として認めるから!』
ふふん、熊さん、ちょろい。
交渉なんて勢いなんだから。
せいしんてきゆーいに立てば、たいていなんでも通るってオーバが言ってたし。
でも、まだ、交渉は継続中。
既に勢いだけでせーしんてきゆーいは確保したも同然。
ここからが交渉が本番なの。
あたしにとっては!
「さて、アリクサのとこまであたしたちを案内してもらうための交換条件が決まったところで、熊さんに相談がありますよ」
『・・・なんだ、妹巫女さん? おいら、今、あんたがちょっと怖いんだけど?』
熊さんって、けっこう失礼かも?
まあ、いいけど。
「熊さんにお渡しする、とげとげ15個を、とげとげ20個に増やす方法があります」
『な、な、な、なにいっっ? そ、そんな方法があるのかっ?』
熊さんが驚いてる、驚いてる。
ますます、せーしんてきゆーいを高めていく。
そうして、目的を達成する・・・必ず・・・。
「一年間に、とげとげ5個。それを4年間で、合計20個、お渡しする方法があるのです。それでね、こうすれば、毎年、そっちにも分けてあげることができるし、あたしたちとしても、オーバの好物をそんなに減らさずに済むから、とっても助かるの。どっちにとっても、いい条件になると思うけどなあ?」
『・・・ふ、増えたような? 減ったような? いや、でも、確かに合計は増えたか?』
「それを5年間で合計25個にしてもいいよ?」
『増えたっっ!』
この、毎年いくつって交渉は、オーバが教えてくれた。
オーバは大草原でこうやって交渉したらしい。
クリじゃなくて、羊で。
「どう? 6年間で30個とか?」
『うおおっ、増えてる! 増えてるなあ、おいっ!』
「では、10年間で50個とか、すごいでしょ?」
『50個っっっ!!』
「こっちの条件をのんでくれるなら、10年間で50個。しかも、うちの村のクマラにお願いして、クリの木そのものを、熊さんたちの縄張りに植えてもらえないかどうか、確認してみるし? もし植えられたら、毎年、自分たちの縄張りでクリがとれるよ? まあ、そうなったら、毎年5個ってのは、なしにしてもらうけど?」
『おいらたちの縄張りでバウブがとれるってのか? あの覇王があらわれて、おいらたちも大樹から離れて暮らすようになったから、バウブはなかなか手に入らなくてさ、そりゃ、そうなったらありがたいんだけど・・・』
「どう? こっちの条件をのむ気はある?」
『そ、その、じょ、条件ってのを、聞かせてくれ・・・』
「あたしね・・・」
あたしは、となりにいるタイガをそっとなでた。「タイガみたいに、乗れる熊さんがほしいんだ」
『ええええ~っっっっ』
「ええええ~っっっっ」
熊さんだけでなく、ジルも同時に、あたしの一言に対して叫んでいたのだった。