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第22話:辺境の聖女は重要人物 この山師は目を合わせない(3)




 フィナスン組の隊商は、カスタから戻ってきた。

 でも、オーバさまとクマラは、一緒に戻ってはこなかった。予定では、一緒に戻るはずだったのに。

 隊商にいたフィナスン組の者によると、クマラがナフティにいろいろと指示を出して、川沿いの低地で何かしているらしい。オーバさまは、ナフティに対して、ただ一言、「クマラの言うことを聞いてやってくれ」と言ったらしい。

 カスタに近い川沿いの低地は、洪水での被害が大きいところだ。

 麦を育てるのも避けていると聞く。

 そんなところで、いったい何をするつもりなのだろうか?

 フィナスンによると、ナフティは、オーバさまの言葉に絶対服従、らしい。

 二人が戻ったら、アルフィのためになんとしても説得を、と意気込んでいた私は、少し気が抜けた。

 同時に、フィナスンには、二人がカスタで何をしているのか、確認してほしいとお願いした。


 そうして五日。

 フィナスンが得た情報は、クマラはスレイン川の下流に広がる低地を農地にするために、開発の指示をナフティに出している、というものだった。

「・・・どうして、クマラは、カスタで農地の開発を? それに、麦畑にできないと言われたところをどうやって農地に?」

「そのへんは、さっぱり分からんっすね・・・」

「そんな、うまくいきそうもないようなことに、カスタのナフティ組の大親分が協力を?」

「それも、なんとも言えないっす」

「・・・フィナスンなら?」

「・・・オーバの兄貴の頼みなら、やる、でしょうねえ」

 オーバさまの頼みなら、やる、と言う。

 ナフティといい、フィナスンといい、いったい、どうして?

「姫さんなら、やらないんすかね?」

 私だったら・・・?

 どうだろうか。

 確かに、オーバさまのことは信頼している。他の、誰よりも。

 でも、これは、統治者の領分だと思う。

 ナフティは、お父さまからカスタのあれこれを任されている者だけれど。

 クマラには何の縁もない土地のはず。

 うーん・・・。

「・・・そもそも、私には、フィナスンやナフティのように、多くの者を動かすことはできませんよ」

「ああ、そうかもしれないっすね」

 フィナスンは私の言葉にうなずいた。そして、そのまま、私をまっすぐに見据えた。「でも、姫さん。これは、いい材料になるっす」

「どういうこと?」

「それが、うまくいくものかどうかは別にして、オーバの兄貴は、カスタに明らかに肩入れしてるっす。だから、カスタばかりでなく、アルフィにも、と言いやすくなるっす」

「なるほど。カスタの農地の開発を例に、アルフィにも何かないか、と相談すればよいのですね?」

「・・・どっちかというと、おねだり、してほしいっすね、姫さんには」

「おねだり・・・」

「姫さんに、おねだりされたら、オーバの兄貴も・・・」

「そ、そんなにうまくいくでしょうか?」

「そりゃ、姫さんのおねだり次第っすよ、もちろん」

 フィナスンは、ぐっと握った拳を見せて、笑った。

 そんな簡単にいくといいのだけれど・・・。

「・・・姫さん?」

「何ですか?」

「そんなに乗り気じゃないようなんで、確認しときたいんすけどね?」

「乗り気じゃないという訳では・・・」

「これは、オーバの兄貴がアルフィまで来る回数が増えるか減るか、という話っす」

「えっ?」

 アルフィの発展についての話ではないのだろうか?

 正直なところ、私ではなく、お父さまが努力すべきところではないか、という思いはある。

 フィナスンは何を言いたいのだろうか。

「・・・もうすでに、残念な結果が出てるっすけど、分かんないっすか?」

「残念な、結果?」

「分かってないっすね」

「どういうこと?」

「オーバの兄貴は、アルフィに何日いましたか? それで、カスタには何日いるんすかね? 本当に気付いてないっすか? オーバの兄貴は、必要がなければ、アルフィには来ないんですよ?」

「あ・・・」

 オーバさまは、アルフィには一泊したのみ。

 カスタにはもう、何日も滞在してらっしゃるというのに。

 フィナスンの言う通り、このアルフィに価値がなければ、大森林の王であるオーバさまは、ここには来ないのだ。

「姫さんが、オーバの兄貴に会いたいんなら、本気でおねだりして、本気でアルフィに何か、産物を作らないと、オーバの兄貴の足が遠のくだけっすけど。分かったんすかね?」

「分かりました。全力を尽くします」

 私は力強くうなずいた。

 オーバさまに会うためなら。

 それは、なんとしてでも、成し遂げなければならないことだ。

 それに。

 まだ、おなかの子のことも、お伝えしていない。

 早く、オーバさまにお会いしたい。

 フィナスンと話して、心からそう感じた。




 会いたいと思えば思うほど、会えない日々は辛いもので。

 私がオーバさまと再会できたのは、フィナスンの指摘を受けてから十日後だった。

「・・・ずいぶんと、カスタに長居をされましたね?」

「ああ、いろいろ、クマラがね・・・」

「それに、何人も、カスタの人たちを連れて戻られましたし?」

「大森林まで連れて帰ることになったんだ」

 私も、ゆっくりオーバさまと過ごしたかった、とでも言えれば、よいのでしょうけれど。

 あれから十日も待たされて、私の中に、ちょっとした苛立ちもあったりして、うまく言えませんでした。

 まあ、そこは私自身のことで、アルフィの利のことも大切。もちろん、その先には、オーバさまの来訪が増えることを願いますが。

 だから、フィナスンから授けられた作戦通りに動きます。

「・・・カスタの農地の開発に動かれた、と聞きましたが?」

「あ、そんなことまで伝わってたか」

「オーバさま」

「ん?」

「カスタばかり、ずるいです。アルフィにも、何か、ありませんか?」

「えっ?」

「いくらカスタがお父さまの支配地になったとはいえ、カスタはカスタ。アルフィはアルフィです。アルフィにも何か、産物がほしいのです」

「・・・アルフィの産物、ね」

「・・・例えば」

 私はそこで言葉を切った。

 オーバさまが私を見つめる。

 ・・・やだ。顔が、熱くなってしまいます。

「・・・例えば、この前聞いた、羊毛でできる細い糸など、アルフィでも、できるのではないか、と」

「あー、あれかー」

 オーバさまの言葉が、どこか、重みがなく感じられました。

「羊毛ならば、アルフィでも、手に入りますし。布づくりや、衣づくりは、男手をたくさん失ったアルフィにちょうどよいと思うのです」

「うーん・・・」

 あれ?

 なんだか、オーバさまは、考え込まれてしまいました。

 だめだったのでしょうか?

「・・・あれは、大草原で作らせようと思ってたんだけれど」

「あ・・・」

 どうやら、甘かったのかもしれません。

「・・・アルフィも羊毛が手に入るとはいえ、大草原ほどでもないよな、確か。だから、大草原が羊毛からの糸づくりを始めたら、相手にならないから、アルフィの産物って訳にもいかないよなあ」

「そうでしたか・・・」

 フィナスンとの作戦が・・・。

 このままでは失敗に終わります・・・。

 そうなるとオーバさまは、大草原に行っても、アルフィまでは・・・。アルフィまで来たとしても、さらに遠くのカスタへと・・・。

 涙が出そうです・・・。

「あー、キュウエン。そう、悲しそうな顔をしないで。カスタで聞いたんだけど、最近、辺境伯領に移住してくる人が増えてるらしいし、そのうち、アルフィの男手も増えるはずだから。それに、糸づくりは大草原や大森林でやっても、そこからの布づくり、衣づくりは、スレイン王国らしいものを作れるアルフィにだってできるさ。だから、大草原から糸を仕入れて、布や衣に仕立てていくのはどうかな?」

「・・・そうすると、アルフィの羊毛は、使えなくなってしまうのではないでしょうか?」

「ま、そういう面もあるけれど、大森林よりもはるかに寒い冬を迎えるスレイン王国なら、布と布をこんな風に重ねて、その中に羊毛や羽毛を入れて、温かい衣を作ってみるとか、もっと工夫もできるはずなんだ」

 ・・・そんなことが。

 オーバさまの考えの広さ、深さに、驚くばかりです。

 大草原から糸を仕入れて、そこからの布づくり、衣づくり。それと、温かい衣づくり、ですか。確かに、それもいいかもしれません。

「元のままの太い毛糸だって、使い道はあるだろうしね」

「はい・・・」

「まあ、キュウエンがアルフィの発展について考えているのなら・・・」

「え?」

「衣類だけじゃなくて、金属に目を向けるべきだろうな」

「金属・・・銅、ですか? でも、今のところ、見つかったふたつの鉱脈は男手が足りず、フィナスン組が掘り出して、銅貨にしています。それ以上にはできないと思います」

「銅貨を握っていること自体が、アルフィの大きな力になるんだけれどね。まあ、そこから少し、助言をするのなら、だ」

「助言・・・」

「イズタと話してみるといいよ」

「・・・イズタ、ですか?」

「そう」

「あの、お父さまのところにいる、辺境伯から寝返った、山師のイズタ?」

「そのイズタで間違いないはずだね」

「あの山師が、何か、役に立つと? ・・・いえ、すでに銅の鉱脈をふたつも見つけた優秀な山師であるとは知っていますが・・・」

「あいつは、この先、このアルフィや、辺境伯領を勝利に導く男だよ」

「はあ・・・」

 あの男が?

 私たちを勝利に導く?

 あの、私と目を合わせようとしない、山師が?

「ま、話してみれば、分かるから」

「あの、オーバさま」

「何?」

「イズタと話すのは、難しいかも、しれません」

「え? どうして?」

「あの者は、私がいると、いつも、何というか・・・」

 こんなことを伝えると、オーバさまに誤解されそうで、とても嫌なのだが。

 話してみろ、と言われて、話ができなかった、とは言いにくい。

 なら、先に、伝えておきたい。

「目をそらして、合わせないのです。私と」

 私は、オーバさまとまっすぐに目を合わせて、そう告げた。

 オーバさまは、すっと私から目をそらして、すぐに視線を戻した。

 ・・・何か、ご存じのようですね。

 そして、それを私には言わない、という感じがしました。

「オーバさま?」

「・・・いや、まあ、目が合わなくても話はできる・・・あ、いや、イズタはこっちの言葉が苦手だからな。そのせいかもな。うん、きっとそうだ。だから、ゆっくり、短い言葉で、分かりやすく話せばいいんじゃないかな?」

「あ、そうなのですか・・・」

 そう言われてみると。

 クマラと一緒に、私の知らない言葉で話していたイズタは、いつもと違う印象だった気もする。

 とりあえず、私も、イズタとよく話し合ってみる必要があるのかもしれない。

 オーバさまの言葉に従った方が、何事もいい方に進んでいく。

 あの戦いを共に乗り越えた者なら、誰でもそう考えるはずだった。





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