世界滅亡案件で奮闘する (その1)
目が覚めると、いつもと見慣れない天井を見て思い出す。
(そうか、異世界に来たんだっけか。)
俺はそのまま天井から壁に目線を移した。
何の変哲も無いただの白い壁だ。
この向こう側に隣の人も泊まっているのは昨夜の段階で知っている。
(……昨晩はお楽しみでしたね。)
昨夜、ベッドに入りウトウトしたところでそれは始まった。
最初は何かのぶつかり合う音だった。
しかしそれが時間と共に激しい息遣いに変わり出す。
俺は隣の住人らが犯人だとすぐに確信した。
「ふぉおおおおおおおおおお!!!」
「ユピッー!!アッーハハッー!!
興奮して止まない歓喜の声が部屋の壁を伝って俺の耳に鳴り響く。
多分俺の世界で言うところの『マソオカート』みたいなもんだろうか。ゲームをするのは一向に構わないが、ここまで壁を突き抜けた自己主張がくると話は変わってくるぞ。
「うるせぇええクソがッ!何時だと思ってんだぁッ!」
当然ながら叫ぶ俺だが、理不尽なことに俺の部屋から隣の部屋に向かっては防音壁でも張られているかのように、歓喜の叫びが止まる気配はない。
外が明るくなるまでお隣さんは楽しんでいたようで、それを知っている俺がいつまで起きていたのかは言うまでもないな。
眠気はもちろんまだ十分残ってる。しかし、シフルの声が窓の外から聞こえるんだから二度寝はできない。
「スミスさーん、お向かいに参りましたよー!」
早朝から連れてこられた場所は、巨大な円柱形の施設だった。
円柱形の中心はくり抜かれており、空から見下ろせばドーナツのような形に見えるだろう。
ここでは世界大闘技会の会場として、当日は大いに賑わうらしい。
会場に入ると思っていたよりも内装が綺麗に仕上がっていた。床一面はタイルで敷き詰められているし、壁や天井も滑らかな石レンガで隙間無く丁寧に積まれているのがわかる。
既に多くの人の出入りが頻繁に行われていた。一体どれだけの人が大会に参加するのかは不明だが、きっと世界規模なのだからかなりの大人数で大会は進行していくのだと予想できる。
大会に参加する『拳闘士』と呼ばれる人達が、普段食事をする大広間で、俺たちはテーブルの椅子に腰掛けていた。
「今日ここに連れてきたのは、大会当日まで合宿をしてもらうためです。」
「合宿って、何するんですか?」
「鍛えてもらうのですよ、来たる日に備えて。スミスさんには優勝してもらう必要がありますからね!」
そんな気はしていたが、やはり大会に出る以上、優勝しないといけないのか。
そういえば人の賑わいが徐々に増してきた。これから始まる合宿とやらが控えているからだとは思う。
見るからに強そうな筋骨隆々な人ばかりを目にして、俺は数秒思考停止した。
「そういえば肉体改造の件はどうなったんですか?」
覚えてました?とニコニコしながらシフルは返した。
「取り急ぎとは言いましたが、その前に一度体感してもらおうかと思いまして!」
「体感っていうのは?」
「気功ですよ気功、ここに合宿する人達は皆使えます!」
「死んでしまいます。」
シフルはこんな短期間で殺したいほど俺のことが嫌いになっちゃった?
ショタショタ言ってる心の声が聞こえちゃってるのかな?
「というか合宿って、どこの誰が拳闘士の育成なんかして得するんですか?」
「国ですよ。僕たちが今いる孤島は、世界でも有名な優勝候補国の一つ、『アルカンタ』と言われます。国全体で拳闘士の育成に力を入れてるんです。国の拳闘士が優勝することは、他の国々に対して力の誇示を意味します。」
アルカンタが優勝候補の一つってことは、前回の大会では良い結果を出せていたってことになるのかな。それなりに強いことがなんとなく想像つく。
目下のやるべきところはわかったが、気になることがまた一つ。
「ちょっといいです?さっきから質問ばかりですみません。」
「いえいえ!全然構いませんよ!」
シフルは快諾すると知らない間にどこからか購入してきた緑の液体をまた嗜んでいた。
「『とある女の子』がこの大会に参加するんですよね?それと優勝することに何の関係があるんですか?」
「それは簡単ですよ!その『とある女の子』は、非常に強いそうです。優勝するところまで登り詰めれば、必ずどこかでぶつかることになるでしょう。それに、やっぱり女の子は自分より強い人にデレると思うのです。」
「そんなに単純なのでしょうか。」
「きっと強いのだから脳筋です。単純に決まってますよ!」
容姿に似合わず結構酷いこと言うなこの子。