世界滅亡案件に参画する (その2)
昨今、死者を異世界で転生させたり、眠ったタイミングで異世界に転移させたりと、人を異世界へと強制的に移住させる傾向がみられる。
それもこれも、各異世界における数々の難題を解決する「優秀な人材」の不足こそが、現状の無差別な異世界転生・転移を招き、さらには人口の過剰増加といった新たな問題が結果として生まれ始めていた。
しかしながら、魔王復活の阻止であったり、闇の組織が企てた世界滅亡のシナリオを瓦解させたり、世界大戦を終結させたりと、非常にハードルの高い難題ばかりが残存する中、そう期待に応えられる人材はなかなか見つからない。
これを求めるが故に、様々な特典を付けて転生・転移を繰り返す異世界の神々も少なくはないが、その恩恵を目的のためだけに利用する人間はとても稀有であった。
特典とは平たく言えば強くてニューゲーム状態、チートである。
世界のパワーバランスを保つためにも、特典には限りがあった。その辺の人間が誰でも尋常ならざる力を持っていては、何が世界の脅威なのかわからなくなってしまうからだ。
とにかく人海戦術や特典に頼るのもままなら無くなってきた異世界事情では、新たな動きが見え始めてきた。
とある神はこう言った。
「次の方どうぞ。」
天井、床、壁の一面が白一色で塗られた個室に、事務机とその椅子に座る初老の男性が扉の無い個室で一人、ここにはいない何者かを中へと招きいれる。
「失礼します!」
個室の外から一声、若い男の緊張混じりの声色が室内まで届き、虚空からその声の主は突如現れた。
ワープホールのような渦巻く小規模ブラックホールが開いたと思うと、一人の男性がそこから出てくる。
「ドルチェ・スミスと申します。宜しくお願い致します。」
名前には似つかわしくないほど見た目は地球で言うところの東洋人の若い男は、黒々とした前髪を払うと、ぎこちない営業スマイルを浮かべた。
吊り目が印象の気の強そうな眼差しが印象的である。
青年に対し初老の男性も僅かな笑みを作る。
「うむ、座りたまえ。」
その声を皮切りに、空気が途端に張り詰めた。
ついに始まったのだ、これは異世界転生・転移をかけた……。
「まずは自己紹介をしてくれぬかな。スミスくん。」
最終選考、面接であった。
「はい、年齢は18歳で、この業界は3年目になります。魔王討伐の経験が一度あります。特技はイオ◯ズンです!」
(といっても、魔王を討伐した勇者パーティの荷馬車管理という形で同行していただけなんだけど、まぁ嘘はついてないから大丈夫だよな。)
「…ほぉ。その歳で。」
感嘆混じりの相槌が一つ、受けは良い方だと捉えた。
しかし、俺がそう捉えたのもつかの間、自己アピールを続けようとするのを面接官が手のひらを前に向けることで一度抑止する。
初老の男は白髪混じりのオールバックだった。着こなしているスリーピースも神というよりは熟練のビジネスマンを思わせる。
おそらく面接の熟練である点については間違ってはいないだろう。
この威圧感、いままで数々の圧迫面接を経験してきたが、遥かにそれを凌駕している。
「すまんの、先にこちらの案件内容を伝えるべきであった。」
神という名の面接官は一度申し訳なさそうな顔をすると、両手でろくろを回す動作をしながら続けた。
「こちらの世界は、魔法という概念がなくての。さらにいうと魔という存在、よくある魔王であったり、魔物であったりと、それらを呼称する単語もない。」
(……嫌な予感がする。)
「それ故、スミス殿が言う『イ◯ナズン』も、おそらく使用することは叶わぬと考える。なんせ魔を行使するための魔素がそもそもないからのう。」
ーー初手から全否定だと!?
面接官がジャケットの裾を直すと前屈みに体を傾け、両手を組み重ね肘を机に置いた。先程よりも空気が重くなる。
「うちは少し特殊でな。世間一般で言われるファンタジーのジャンルがまぁまぁ薄い。そっちの魔王討伐系のキャリアを伸ばしたいなら、ちっと方向性が違うのう。」
俺は愕然としていた。
ーー募集要項に書いてあったことと違う!!
ここ最近、数多くの面接を受けてはお祈り(不合格)エンドを迎えている。そんな俺にはもう生活費の余裕がないのだ。
ここらで自分の特技が生かせそうな魔王討伐系の案件で適材適所となれる可能性が、今潰えた。
「あぁ、そう落ち込まんでくれ。うちはキャリアよりもポテンシャル採用派だから、スミス殿は十分若いし、やる気次第では任せてもいいんじゃよ。」
建前か否か、判断するには材料が足りない。
考えても無駄だ、このまま推し通る。
「ありがとうございます。勿論、やる気は十分にございます。確かに魔素の存在しない世界は初めてですが、寧ろ今までに無い経験が得られると思うとさらに魅力的な案件に見えてきました。」
「おぉ、そうかそうか。ほっほっほっ。」
好感触だ、このまま行くぜ!
「魔法が使えなくても、私にはパーティメンバーのリーダー経験があります。そこで培った責任感、協調性が」
「実はパーティもないんじゃよ。お主一人、単騎じゃ。」
またしても悪手を使ってしまったようだ。俺のアピールポイントが悉く潰される。
たった開始5分でこの戦況、既に俺の手札は半分を切っている。数限りある自己主張は暫く温めておくことにしようか。
こうなれば一旦、質問攻めからのアピールに繋げよう。
「質問、よろしいでしょうか?」
「よいぞ。」
顎だけは白く染まった短い髭をジョリジョリと片手で揉みながら、神である面接官は背もたれに体を預けた。
「ずばり、本案件の目的は何でしょうか。また、優先採用の基準となるスキルなど、教えて下さい。」
「そうだな、よかろう。」
「ありがとうございます。」
「まず目的じゃが、簡単に言うと世界滅亡の回避だのう。」
よくある案件だ。だがしかし、魔の概念がない世界にどんな滅亡の危機があるのだろうか。人間以外の種族間による戦争か?はたまた、天変地異による環境的な滅亡か?いずれにせよ、社会通念上の異世界滅亡は、人間の存続といった観点でそれが叶わないレベルに達することを指すだろう。
「方法は一つ、『とある女の子をデレさせる』ことじゃ。」
「……デレさせるといいますと?」
「わからんか?今時の言葉を使ったつもりだったが、スミス殿さては流行を知らぬな?」
(一体どこで流行ってるんだよ。教えてくれ神よ。)
「つまり、好きなってもらうんじゃよスミス殿。」
「好きになってもらうとはどの程度でしょうか?恋人関係を指しますか?」
「いや、相手から好意を寄せられればそれでよい。優先採用のスキルといったら、相手を惚れさせることくらいかのう。」
かなり特殊な案件とみた。他に類を見ないほどにだ。だが女の子を惚れさせたところでそれが世界滅亡を回避することにどう繋がるのだろうか。
「まだ理解出来てなくてすみません、女の子に好きになってもらうことで、何故滅亡の危機を回避できるのですか?」
「わからぬ。」
「え?」
面接官は眉間に深いシワを寄せた。
「神とは未来の結果を知ることが可能じゃ。しかし理由はわからん。ある女の子を惚れさせれば滅亡は回避できると言う結果しかわからぬのだ。申し訳ない。」
「そうなのですか…。承知しました。」
真っ白な空間に、沈黙が訪れた。
はっきり言ってどんな質問を投げればいいのかわからない。質問したところでアピールができないからだ。
想定していた案件内容からだいぶかけ離れている為、自分のキャリアが全く活かせそうもない。
もうお家に帰ろうと諦めかけた時だった。
「正直なところ、実は時間的に猶予がない。人を募っても、他の優良案件の方に皆飛びつくばかりじゃ。スミス殿には是非、参画願いたいのだ。」
「是非、やらせて下さい。」
即答だった。