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消えるタトゥー専門店

作者:

 黄色い電車に揺られながら、私は左手の名刺をぼんやり眺めていた。

この名刺は昨日、別れたばかりの浮気症患者の元カレから「お詫びに」と握らされたものだ。「マジごめん。」とチラチラ目を背けながらこの小さな紙を渡してきた時はバカにしてるのかと思って、破り捨てそうになったのだけど、アイツがこれまでにないほど必死に「これ、すっげえ店だから、行ってみてほしい。その名刺がなきゃ入れないんだけど。絶対、人生変わるから。」と押し付けてきたものだから仕方なく、ポケットに押し込んだのだ。

名刺の表には『消えるタトゥー専門店』という文字が、裏には住所だけが書かれていた。


 そして今日、暇つぶしにその住所へ向かっている。アイツへの苛立ちと、ググっても出てこないこの名刺への好奇心で私は少しソワソワしていた。


 西船橋駅北口を出てすぐ右に曲がり、パチンコ屋と廃れたラブホテルを左に眺めながら真っ直ぐ線路に沿って10分ほど進むと目的の『消えるタトゥー専門店』についた。


「こんにちは」

「こんにちは、名刺はお持ちですか?」

「はい、これで大丈夫ですか?」

「ええ、ご来店ありがとうございます。そちらのソファーでお待ちください。」


 漢字が書かれた紙が乱雑に壁に貼られているモノクロの店内は薄気味悪い。受付のお姉さんにすすめられた白いソファーに座りながら、店内を見渡していると、奥から甚平を着た男がやってきた。


「おっまたせいたしました!初めてのご来店ですよね!」

「は、はい、そうです。」

「では、店の紹介からさせてもらいますね!」

「お願いします。」

「この店はその名の通り、消えるタトゥーを提供しています。って言ってもわけわからないですよね!」

「はい、消えるタトゥーって矛盾してませんか?」

「そう思いますよねー!では、詳しく説明していきますね!」


 男がディズニーキャストのように元気にペラペラ話した店の内容は、要約するとこんな感じだった。


1 この店は消えるタトゥーをいれる店だ。

2 絵や文をいれることは出来ない。

3 タトゥーに出来るのは漢字一文字だけ。

4 24時間でタトゥーは消える。

5 完全に消えると、彫った漢字は私のものになる。


 消えるまでは何とか飲み込んだが、彫った漢字が私のものになるというのは全く理解出来なかった。


「やって見たほうが早いですよ!どうせ消えるんで、好きな文字書いてみてください!」

「初回なら、自分に馴染みのある漢字にしてみるといいかもしれませんね。ほらほら、書いちゃって下さい。」


と男が紙とペンを渡してきたので私は暫く悩んでから、黒マッキーでデカデカと卍と紙に書き、

「消えるんですもんね、なら、卍を入れちゃってください。」と言いながら、男に紙を渡した。


 「愛」とか入れちゃうのは恥ずかしいし、自分の名前入れちゃうのもなんだかイタい。消えてもイタい。卍なら特に意味もなさそうだし、常にハイテンションでいられそう。そう思って、男の「本当にコレでいいんですね?」という確認の言葉にも満面の笑みで頷いた。


 翌日、タトゥーが完全に消えた。その頃には元カレへの怒りもすっかり消えて、私は穏やかな気持ちで過ごしていた。


 その数ヶ月後、友達からのあだ名が「仏」になった。私はその時、やっと「彫った漢字が私のものになる」という意味がわかった。確かに、あの名刺は私の人生を変えてくれたのだった。

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