第38部 シホテアリニ山脈 ハバロフスクの愚計 その2
1948年1月(昭和23年) 東京都・千代田区
1月17日、生活安全課で悪夢を見た刑事課の課長だった。良い事と悪い事は1本の糾える縄のごとし、とも言うが当の私は良い事はそれなりとしても、非情に悪い事象が続いています。クルクルで奥歯を割り、治療費の請求も却下され、他の歯も付随して外れてしまった。極めつけは鹿さんの飛び出しで、軽貨物の前部が大破。夜間の鹿さんは、車のライトを目がけて突進すると聞きました。鹿は遮二無二に車の直前を横切りたいらしい? と学習しました。
当の課長さんは、私に反してウキウキとしていました。
「この刑事課に、美人の刑事がしかも双子で入れば、こんな嬉しい事はない」
独り言だが近くの署員にはダダ漏れであった。
「課長、何かいい事があったんですね」
「ああ、海外旅行に行ける事になってな。それで奥歯が浮いているのさ」
「あ、それ! 私も経験があります。Hすしに行ってですね、寿司に石が混じっていたんです。柔かい寿司ですよ? 思いっきり噛んでしまって、奥歯を大きく割って痛い思いをしました」
「で、治療費の請求はもち、したんだろうね」
「ええ、店長を呼んだんですが、不在だ! と言うて出て来んでしたわ」
「すると? 居留守を使われたとかね!」
「でしょうね、早く歯科医院に行きたくて思いもしませんでしたわ」
「最悪だったね」
「はい、石も欠けた歯もですね、自分は田舎の百姓出ですので、もったいなくて飲み込んでしまいました。その後に奥歯が割れたのに気が付いて、後の祭りでしたわ。東京本社と九州統括部長に電話するも、証拠が無いので治療費は払わん!の一点張りでしたね」
「今も奥歯が痛いで適わんですよ」
「よっしゃ~、君も海外旅行、ワシに同行してくれ!」
「ええ? 本当によろしいですか?」
「あぁ。ええで!」
「ロシアで鹿刺しを食べれるんですよね。とても美味らしいので、五木村に行って食べたかったんです」
「何処で聞いたんだい?」
「はい、自動車の修理工場の専務さんからです」
「この恨み! ロシアで晴らさん? か。性格悪いよ、君はね!」
「はは、そうでしょうね。自分でもそう思います」
「もう一人連れて行くから選任してくれないか」
「はい、喜んで~」
この男は職場結婚で、嫁さんも同じ刑事課に居たのだ。三人目はこの嫁さんに決まったのだった。課長の怠慢ですね?
17日から1週間でロシア攻略の準備が整った。だから23日になり、翌日の24日の夜行列車に乗り出発した。
「君! この列車はいつになったら出発するんだい」
「はい、明日の朝5時です」
「するとなんだい、ここはホテルの代わりか!」
「正解です。おめでとうございます。石炭不足で動かないんですよ」
「経費節約ですよ、家のかみさんが会計担当なもので・・・・」
「もういい! お前は帰れ!ただちに帰れ! 直ぐに帰れ!」
「はい、・・・・・・・」
1948年1月(昭和23年)ロシア・シホテアリニ山脈
以前の紹介を・・・・・
ロシアの人狼兵の研究者の名前が判明した。「ハバロフスク」という。年齢は、63歳。外見ではもう老人だ。おでこは広く、髪は黒くて頭にへばり付くような、とても薄い。伸ばすままにしていて、後ろで三つ編みにしている。色黒で何処かの農夫そのものだ。身長はロシア人にしては低い155cmだ。がっしりとした体格と残念な程に酷いガニマタ! 今では黒い杖を愛用している。
足が悪いのだ。銃弾を受けたのか、右足が不自由になっている1937年8月9日にモンゴルの山中で、あの館長さんのお父さんから、撃たれたのかも知れない。子供が、大中小の女の子がいる。可哀そうだが人体実験にされている。
ハバロフスクは、シホテアリニ山脈に隠れ研究所を開設している。このいかれ所長の娘も大きくなったことだろうか。人狼の研究材料に事欠かない程のロシアである。
日本から120名ほどの赤子を攫っていて、今は隕石の埋め込みに忙しい毎日を過ごしている。日本から赤子の奪還に来る予想を考えもしない、おめでたい性格であるから、施設の警備は軽微になっていた。
「ハバロフスク所長! 起きて下さい。いつまで痺れてひっくり返っているのですか。もう1月になりました」
「おうおう、もう1月になったか。で? 今日は何日だい?」
「24日です」
「1日に10人の作業だから、・・・・」
「後、20人程です。朝食を済ませて頑張りましょう」
「メニューは?」
「鹿肉ソーセージのサンドウィッチです!」
「そうか、美味そうだ!」
「ハバロフスク所長! ガンバ!!! 64歳ガンバ!!」
1948年1月(昭和23年) 上越線列車内
25日の5時に汽車が動き出した。上越線列車内では若い娘たちが騒いでいる。大人たちは窮屈で塩サバの目になって横たわっている。悠木女史とカムイコロさんの二人は娘たちの仲間で頑張っているが、そろそろ限界に近づきつつあった。
「こら、澪! 私のおやつを食べたでしょう。白状なさい!」
「いやですわ~、お姉さま。澪ではありません」
「は~い、彩香とソフィアで食べました」
「なぬ~?」
「これはお返しです。どうぞ!」
ミーシャが何やら紙包みを沙霧に差し出した。包みには「雷」の文字が見えていた。浅草観光の御饅頭だった。
「もう太るからイヤだ!」
「私は一向に構いませんのですよ」
ミーシャはもう幾つになっているのか。気にもならない年齢だ!
「この駅弁の空箱は、山のように在るんだが・・・・・」
「それは、ヒグマさんの食事の跡です」
「それでクマは? 昼寝か。静かでいいな」
「悠木さん、この旅行の会計は私に任せんシャイ! 旦那の分までも頑張るけん」
「旦那さんは、何処へ?」
「課長に見つからないようにですね、後方の車両に隠れてます」
「そうですか・・・」
「智治さん、またロシアに行くとは思いませんでしたわ」
「桜、俺もそうだよ。何だか懐かしい気がしてきたね」
「ねぇねぇ、お父さん、お母さん。ロシアでは随分と活躍されたと、ホロお婆さまに聞きましたよ。でももう若くはありませんので、戦闘は私たちに任せて!」
「あらあら、お姉さま。私たち妹も、守って下さいね!」
「あんたらは別。二人でどうにかしなさい」
「まあ、沙霧姉さんはひどい! 澪姉さんはか弱い妹たちを守って下さるわよね」
「そうね、一人くらいは面倒みるから」
「ぶー!」
「ねえ、ソフィア。仕事が終わったらモスクワまで帰省するかい?」
「そうよね、7月いっぱいで仕事が終われば、行く事も出来るよね」
「友達には会いたいでしょう? 特にゴンザレフには!」
「イヤだーお母さん。ゴンちゃんの事知ってたんだ! 恥ずかしいわ」
「なになに、ソフィア。ゴンちゃんて、誰なの? これかな?」
澪が右手で親指を立てて見せた。沙霧も素早く反応した。
「ねえ、お母さん。私もモスクワまで行ってみていいかな」
「物好きだね、沙霧は。ソフィアの彼氏に会ってどうするの。それよりもあんた達は歯の浮くような? 噂は無いのかい」
「もう嫌ですわ、お母さまったら。全くありません。澪に訊いて下さい。何も無いと返事しますわ」
「あら? お姉さま。天草橋のあのお兄様は、なんですの?」
「あれは違います!」
「はは~ん、あれは違うが、小伝馬町の男の人は、これだから、そうなんだ!」
「もういやだわ。澪は嫌いよ!」
「澪! 母に詳しく教えなさい。教えないと呪文を使うわよ!」
「おい、桜さん。娘にからかわれてどうすんだい。全部作り話さね」
「キャッ! 恥ずかしい。そうなんかい? 澪、沙霧」
「はい、全部ウソですよ。お父さんが正解ね」
「もう2人とも。親を騙すんじゃありません」
他の男共は、ノーコメントか。もっとも、銃器の監視で漫才は出来ないよ~。
新潟からウラジオストクへの船旅も似たり寄ったりだった。女どものあまりあるパワーの源泉は何だろうか。
課長は首をひねって寝ていた。寝言がなんとも・・・。
「おい、双子。この前の犯人は検挙したんだな。入庁始めから成績がいいな。ワシも安泰だな。ガハハハ!」
悠木女史は目を細めてこの寝相の悪い課長を眺めていた。
「この課長は独身だ。物に出来るか! ホテルで押し倒してみるか・・・・」
「イヤだー! 安全課への移動はイヤだー」
課長は出世の道を絶たれた夢を見ていたのだった。悠木女史の熱い秋波で夢が変わったのだ。船酔いと飲みすぎのせいかもしれない。ウラジオストクで一泊して翌日に一気にシホテアリニ山脈へ跳んだのだった。
同じころハバロフスクは、
「ハバロフスク所長! ガンバりました。 もう完了しましたよ!」
「おうそうか。この中から何人の巫女が誕生するやら。おい、お前」
「はい、なんでしょうか」
「この子供らを盗まれたら大変だ。イルクーツクとサンクトペテルブルクの2か所に移動させろ」
「アイアイサー」
2か所の研究所に半分づつが順次送り出された。軍のトラックに簡易ベッドが備え付けられて、1台に付き20~25人の赤子が運ばれた。
「所長はどうされますか?」
「ワシは最終のトラックで移動する。大人用のベッドを頼むよ」
下山中の4台目のトラックと日本選抜チームが鉢合わせして、戦闘開始となった。初戦は1分で日本の勝であるのは当然か。しかし、60~70人が輸送されている。
しまった! である。




