第3部 男を求めて東京に行った ニキータは
1934年10月2日 東京市・芝浦
*)新しい恋と……新しい人狼
ニキータは1930年6月まで瀬戸さんの家に下宿していた。麻美の仲睦まじいモノを見せられてニキータは男を求めて東京へ行き、東京都・三鷹市に家を借りた。これは私が提案して麻美が実行した、所謂……ニキータを追い出す為のお芝居なのだな、智治にも褒められて鼻が高い。でも副の事象も起きた、それはホロお婆ちゃんもニキータを追って出て行ってしまった事だ。
「婆さんも恥ずかしくないのかね~、何が旦那を探してくるだ」
「お婆ちゃんも若いのよ、今からでも恋は遅くないわよ」
「あれでパトロンが見つかったら俺は会社をクビになっても不思議ではないな」
「馬鹿言わないで、でも急に家が寂しくなったわね」
「四人が二階に行ってしまうからね、この差は大きいか」
「そうね、仲良くしましょ~♡」
瀬戸家では嵐のようなニキータが去ってくれて平和になったと麻美は喜ぶ。
「これで安心して子どもを育てる事が出来るわね」
「男の子を頼むぞ」
「はい……お爺ちゃんは支笏湖の温泉だからね~♡」
こんな調子ならばニキータには毒にしかならないのも頷けようか。
未だに並行世界の時間軸になっているので、年月日は合致していなくて訳が分からない。でも生活するのには必死にならなければならない戦争中だ。家族が増えれば時間軸も揃うとか、本当だろうか。
ニキータは東京へ行っても独りだから寂しくなったのか、アパートを借りて直ぐにホロお祖母さんを呼び寄せていた。バスが家とかの時代だからアパート住まいは高給取りに許された贅沢だ。戦争で多くの人が世を去るのだから、逆に地獄から人が出てきても不思議ではないか?
事故物件だったとか、住人も見えなくても住んでいるとか鳥肌もので、ニキータやホロお婆ちゃんには全く関係もないからね。
仕事を探していたのだけれども自分に合いそうな仕事は無い。見つかったのが東京競馬場の警備員だ。麻美のナイトさまの紹介で直ぐに決まったのは、絶対にニキータが泣きを入れたに違いなかった。それでもたまにクロがいたからだね。
ホロお婆ちゃんは居酒屋の店員に直ぐに決まって良かった。
仕事を終えた帰りに事件と遭遇した。いつもニキータは帰りに寄って酒を飲みながらホロお婆ちゃんが仕事が終わるのを待っていたのだな。
「ギャー、助けてー。誰か、誰か助けてー。お願い!助けて」
「そうだな、腹ごなしに少し遊んで帰るか。」
「儂は先に帰るからね、」
「仕事は済ませてな。」
「おう、任せておけ。……けっ何処かの不良品じゃないか」
「ギャー、助けてー。誰か、誰か助けてー。お願い!助けて」
「喚いてろ! 今助けるからな」
「ダーっ、なんだこの野郎! ぶっ殺されたいんか? あぁ?」
「大人しく殺されろうや、やったな! お返し……これでどうだ!」
「ギャフン! ギャーフン! ギャフン! イヌノフン踏んだ!」
飛び蹴りに踵落とし、それから膝蹴り等々の攻撃でバケモンがタジタジしている。この時に木之本新之助に遭遇したが、まだこの男が素性は判らないが人狼を見ても驚かず、逃げずにニキータを援護しようとする。
「頑張れ~ファイト~ぉ……。」
「あら見られたかしら。今晩は。いい夜ですね」
「クロ! 出ておいで。この兄ちゃんの命吸っていいから飛ぶよ」
「わ! 何だこの馬は、どこから来た」
「黙ってて、食べられちゃうわよ」
「馬さん食わないで! 俺は美味くないよ? ね! ね! 勘弁して」
「代わりに俺が食ってやるから、静かにしてろ!」
「クロ! もういいよ逃げられた」
「じゃね! お兄さん」
あれから木之本新之助を助けて3回遭遇したが、とうとう大きな怪我をしてしまって男の治療に自宅まで連れて行くのは前章の通りだ。この男を助ける為に強制的に夫にしたのは人狼の巫女が辿る道だな。
男には不幸の始まりかも知れないが命拾いをする。
一週間後に木之本新之助は署長に二人を紹介した。
「私の妻です、義理の母です」
東京競馬場の警備員を退職してホロと共に警視庁・特捜課・生活安全課の職員になった。ニキータとしては良い伴侶に出会ってしまう。
出会いは悪くとも経過が良ければおのずと結果が付いて来る。ホロお婆ちゃんも同居しているのは杉田家に居るのも何だか心苦しいからだ。いい伴侶とは名が木之本新之助といい、のちの署長となる逸材だ。いいお買いものをしたもので将来の部下が十人までになる。
ニキータの妊娠後に三人は大きめの貸家に移る。場所は港区に並ぶ古びた倉庫群で新しい倉庫が混在し元々住人は少なく、隠れ家としてはいいのかもしれないが、倉庫と事務所を改築して武器・弾薬等の一式揃えての転居となった。
ここは特捜課・生活安全課の第二分室扱いで借主は警視庁、これでは貸家とは言えないか。倉庫には乗用車とトラックの二台があるから破格の待遇を受けていて、後にハーレー三百六十ccもきた。
台東区・秋葉原までは約六キロ位あるり、住人は男一人に女が二人……いかがなりますやら。
あとは前話の「不思議な事件」の話を引き継ぐ。
ニキータさんは人狼に付いて説明すると木之本新之助は聡いので直ぐに理解した。理解しないと殺されるということを理解した。
木之本新之助がいい加減な返事を繰り返せばソードが光り出し今日も修羅場か。
人狼はここ芝浦に多く出現していて、海沿いが多いからどこぞの国が海から送り出しているのだろう。とある研究員に恨みを買ったからか? 裏にはロシアのあの研究員が必ず居て、勤務は夜に限られるから今宵も出動する。
「ほらほら起きて……十六時になるわよ、夕ご飯だから」
「我は、夫に命ずる。イサナキオ! 頭に鉄槌を与えん。ボコ」
「ギャーッ痛え~な、何すんだい親の仇か?」
「母から散々やられたからね腹いせさ、どうだいフライパンは?」
かわいい女性が襲われる前に叩く必要があるから、今日は芝浦埠頭近辺から始めた。三百メートル先に男三人が歩いているのを見つけた。人狼の姿ではないが風体が大きいので良く似ている。
「シン出番だよ、ちょっかいを出してくれないか」
姉さん女房だからいつも呼び捨てにされていて、その内に主任・課長・署長に出世する原石なのだが扱いはぞんざいとは可哀想かも。
「ちょっと、そこ行くお兄さん。今晩はどちらにお出かけですか?」
男共は適当に誤魔化そうとするが、ニキータがソードを見せるとボロを出すので即、戦闘開始になってしまう。シンは変化すると服や靴が破けるから変身はしない。拳銃と鉄パイプで応戦するも苦戦は何時もの事か。ホロも拳銃をぶっ放すがやはり効果は無いに等しかった。
そこに特捜の三人が合流する。
「いつも大変ですね、お手伝いに来ましたよ」
悠長な挨拶だが顔は笑ってない。人狼は一人を置き土産にして跳躍して逃げていくので二人を逃したか。ニキータが言うには、クリミア戦争の時よりも遥かに強くなっていてソードの効き目が無いようであると。
人狼は回収班に簀巻きにされ警視庁の研究所に運ばれる。鹵獲されたのが人狼とは、この三人は優秀のようですでに数人は捕えたみたいだ。
「今日の研究材料ね楽しみだワン! 生き返ったら眼の玉からくり抜き、次は下のき・た・だね!」
「ギャーーーー」
今晩も人狼の悲鳴が轟いた。
まだ二十二時だから行先が変わり三人は何時もの縄のれんを潜った。
「お疲れ様~はいビールね」
「ホロさんはまだ戻る気は無いの? お店手伝ってよ」
これは女将さんの口癖でいつもこう言ってビールを運んで来る。ホロは芝浦から三鷹市までどうやって帰宅していたんだろうか疑問が湧く。偶にはニキータと一緒に帰宅もしていたしね。
程度の差はあれど十年間は戦闘が続いた。
1945年3月には東京大空襲の煽りを受けて、警視庁・特捜課・生活安全課は廃止されて戦争で各自疎開した。何も残らないのだからとにかく人材は疎開させるしかなかった。
木之本夫妻とホロは北海道の瀬戸家へ避難したが、ここでも戦争状態になってしまう。