第22部 北海道 日高の人狼は羆?
1947年10月(昭和22年) 北海道・日高山中
「さて旦那は追いやったわ、デルフィナに何の用かしら、あぁん?」
「どこか知らない小母さん、私が話すから大人しくしてなさい!」
ニキータはシュンとして「ハィ」と言う。
「私はカムイコロと名乗っています。私の先祖は海を渡ってこの地に住み着きました。五百年前の事でしょうか。二年前から不思議な感覚が現れ始めたのです。その前にも有りました。が、直ぐに消えてしまいました、今回は長いのです」
「その感覚というのが私の事かしら」
「ええそうです。私の呼びかけに応じて来たではないですか。それが証拠です」
「カムイコロさんは何がお望みでしょうか?」
ニキータは丁寧に尋ねた。
「私は普通の人間になりたいのです。代々に語り継がれて来た事があります。母から娘へ累々と希望を托してまいりました」
「必ず人狼の巫女が現れて私を人間に変えてくれる、と」
「お母さん、その子を覚醒させて頂けないでしょうか。そしてこの私を熊に……違った、人間に戻して欲しいのです」
「あら本当にお母さんなのかしら、知らない小母さん」
未だに皮肉を言うデルフィナだ。
「嫌ったらダメです。そうですよ、この方は貴方の本当のお母さんですよ」
ニキータは続けて言う。
「デルフィナは普通の娘として育って欲しいの。分るでしょう? だから覚醒はさせたくありません」
「そうでしょうとも。この私が思う事ですのでお母さまの思いも分ります」
少し思いつめた表情で、
「これは代々伝わる宝石の琥珀です。これとお母さんが持つ宝飾と合わせて下さい。お願いします」
ニキータは黒の指輪の宝飾を手に持ちなおしソードに変えた。
「このソードで人狼を突けば人間に戻るの。でもね私のソードの力は弱くなったわ。きっとクロを現生に留めて措いたせいね。もう力は無くなりかけてるの」
「娘さんを産んだからよ。力は代々親から娘へ継がれてゆくものですから」
真祖以外の巫女が存在するのかとニキータは考えた。
「カムイコロさん、貴女は真祖の巫女なの? どうして真祖以外で巫女が存在すのかが理解できない、分るなら教えて」
「知らない小母さん。私にも人狼、巫女、真祖について教えてよ。私だけ知らないと話しが進まないわ。そうでしょう? カムイコロさん」
「デルフィナは少しカムイコロさんとお話ししてて」
ニキータは考えた。頭痛がして来た。デルフィナを覚醒させたくは無い。でもカムイコロの気持ちも痛いほど分る。麻美だって止める間も無く一刺しにした。東京に戻り……?……、
「あ、そうだ、東京に行きましょう。東京には三人の巫女が居ます。人狼から人に戻す力は有ります。そうしましょう」
少しの間、カムイコロは考えていた。
「ねえ知らないお母さん。巫女について教えて。覚醒したらどうなるの?」
どこか知らない小母さんから知らないお母さんに変化した。もう少しでお母さんと言ってくれるかしら。ニキータは嬉しくなった。これはデルフィナの策略だった。まんまと乗ってしまったニキータである。
「人狼はね、1222年のクリミア戦争でジンギス・カンにより滅ぼされた不思議な民族が居てね、その民族の巫女とジンギス・カンから生まれた娘が巫女の始祖になったんだよ。巫女は夫を人狼に変える力を持ってしまったの。巫女に覚醒するとね、長生き出来るし母さんみたいな宝石を持てば時間移動やテレパシーが使えたり出来るの。宝飾をソードや槍にも変化させる事が出来るし…………」
ニキータは三十分も説明しただろうか、途中でカムイコロが声を挟んだ。
「あのう、よろしいでしょうか。親子の対話を邪魔してすみません」
「あぁ、ん? なんだい」
「あぁ~ん、怖いですわ、デルフィナのお母さん。優しくお願いね」
「そうだね、羆になられたら敵わないしね」
「お母さん、もっとまじめに出来ないのかしら」
「ヤッター、ついにデルフィナが、お母さん、と呼んだわ」
「今だけですよ、カムイコロさんの前だけね! お母さん」
「カムイコロさんの意見は?」
「ニキータさんの提案に乗りますわ。出来ない時は羆の刑です、お忘れなく」
「全力で頑張ります。シンを取られたら損ですもの」
ニキータは男共を呼び戻した。カムイコロはイワナをバシャバシャと河原に放り投げる。
カムイコロの歓迎会が始まる。羆はカムイコロの一声で今日はもう来ない。酔い潰れても大丈夫だが、下山で膝が笑い踏ん張りが出来ない。つまらぬ男共だ。
「おはよう諸君。今から下山するが遅れる奴は置いていく。熊さんがお腹空かしているから各自自覚? を持つように。死んでも屍は放置だ」
登りは三日かかったが下りは二日で済んだ。カムイコロさんの歓迎会で酒は無くなる。2日目の夜は静かなものだった。たった二人を除いてであるが。母娘の戦い。母と娘のこじれた関係。「毒母」と「毒娘」の戦いが続いた。
羆の遠吠えとオオカミの遠吠えがのちに続いた。
下山して悠木と次は麻美の親子と合流して帰りを急いだ。とある研究者からの手紙からはもう余裕が無くなっているのだ。麻美の実家で東京での対応作戦を練り直した。下山中の計画は御破算である。
1947年10月(昭和22年) 苫小牧市植苗 白鳥湖の湖畔
麻美の実家だ。麻美の旦那と娘の三人が寝てからの話しだ。お酒も入っているし話しの論点もぶれている。
「麻美お母さん、あなたは人狼の巫女から人間に戻られたそうですね。私は直ぐにでも人間に戻りたいのです」
「そうですよね、その気持ちはよーく分ります。私にソードの力が有れば直ぐにでもカムイコロさんの願いを叶えてあげれますのに残念です」
「おいニキータ、あんたが力無くしてどうすんの? あぁ、ん?」
「いやいや不可抗力ですよ、麻美お姉さま?」
「なあニキータさんよ、酒が抜けた明日に協議しないかい?」
「そうね明日にしましょう。もう疲れが半端ないし……」
寝落ちの員数がだんだんと増えていき夜更けになった。さらにひどい事が麻美の一言で翌日は泥沼の協議になった。
「明日、桜子の家で話し合いましょう。おやすみなさい」
「昨日の完全勝利お祝い申します。十日後からは兵士らにも刀を持たせますのでご通知いたします」
を、よく読んで理解して欲しい。十日後まで人狼は休みます、ではない。このメンバーが知らないだけで東京では三人の巫女の戦いは続いている。




