第1部 その後の沙霧と澪霧
人狼と少女の第二部になります。第二次世界大戦という時代ですので、時代背景が困難ですから少ししか配置はいたしておりません。
1940年4月8日(昭和15年4月) 北海道・札幌市
*)日常
沙霧と澪霧 綾香と彩香 智治と桜子 亡き霧の母のホロ の七人家族
「四人とも起きなさい、起きないと呪文を使うわよ。」
私こと桜子のいつもの朝の風景であります。朝食の用意が出来たんだけども、四人はなかなかに起きては来ない。長女と次女の沙霧と澪霧は十二歳の中学一年生になった。(尋常小学校や国民学校の時代ですが、あえて中学校でお願いします。)
「今日から一年生でしょう? 早く起きなさい。呪文唱えちゃうゾー、」
悍ましい呪いの呪文、それは……。
「我は、沙霧と澪霧に命ずる。イサナキオ! 頭に鉄槌を与えん。ボコ。」
「キャーッ、」
やっと起きたか。ニキータのお母さんから聞いた秘伝の子供の起こし方は「フライパンで頭を殴ると確実に起きるという」この呪文を唱えるとこうなる。
「お母さん! その呪文やめてよね。夢にお母さんが出て来てフライパンで頭を殴るんだもの、本当に堪らないわ。」
「だったら、ちゃんと起きなさい。?……沙霧は~降りて来て居ないの?」
私は一緒に起きたであろう沙霧の姿を探した。澪霧は「見て来る」と言って二階に上がると直ぐに澪の声が聞こえる。
「お姉ちゃん居ないよ~、また逃げたー。」
しょうがないな~「探索呪文! 詠唱開始」と思ったら、トイレのドアが開き沙霧が出て来た。起こす呪文は寝ていないと効果は無いみたいで既に沙霧は起きていた。
起こす呪文は本当に堪えるようだがどうしてかが解らない。二人には封印も覚醒呪文も何も使用していないのだが、二人が揃った処でバタバタと朝食を摂らせる。
ここまでは沙霧と澪霧の話しで、まだまだ次が控えているから私も大変なのよ。
「お母さんは入学式に行かなくていいんだね?」
「ちゃんと行くわよ、行かない方がいいのかしら?」
「うん、そうして。」
この~捻くれ沙霧め~……。
「沙霧と澪霧、二人でやんちゃの二人を起こして来て~。」
家のやんちゃ、こと、綾香と彩香の双子だ。お初だから紹介しなければならない。1931年6月8日で北海道札幌市の生れで十歳になっている。
姉二人の性格を見事に引継いだ残念な子らで、お転婆で元気なだけが取り柄の娘だけれども、智治さんの血を強く引いてるとも言えない不思議な子らだ。私のお淑やかな性格は引き継いでおらず、余り期待できないみたいだわ。
姉妹の四人は肌の色がとても白くて日焼けすらもしないから不思議だ。
「綾香と彩香~!」
「我は、汝らに命ずる。イサナキオ! 頭に鉄槌を与えん。ボコ。」
「いたっ!」x2
「お姉ちゃん、いつも殴るのは止めてよねー。」
「ならば……くすぐるか~コチョ・コチョ、チョー。」
すぐに私の真似をするのはやられっぱなしが気に触るからだと思っている。
それで起こす時には本当に叩いてはいないが、どうしているんだろうか。「痛い」と必ず返事があるのだから。下の二人は正義感の溢れる性格で二人でつるんでいて苛められている同級生を見ると、上級生にも喧嘩を振ってしまう非常に残念な娘たちだ。だからクラスは別々にしてある。
ここいらの性格は霧に似ていると思うが、三番四番は私が産んだので霧は関係がないと思うのだがな。
名札が無いとだれも区別は付かないし、クラスでも少々浮いているようだ。話しが通じない事が多いそうなので、二人が入れ替わればそうなるだろうな。
「我は汝らに命ずる、綾香と彩香に朝食を食べさせよ。」
「おねぇちゃん、それ私のよ、食べないで~。」
「残したら勿体ないからね、へへ……頂きよ。」
「ママ~沙霧ね~を早く追い出してよ~。」
「沙霧……いらっしゃい。」
「澪、行くよ~……行って来ま~す。」
「ビェ~……目玉焼き~……、」
可愛い子らのバックグラウンドミュージックを聞きながら私は愛妻弁当を必死になって作り上げている。上の二人が沢山食べるからとついつい多めに入れてしまうからで、今日もおかずが少なくなってしまう愛妻弁当だった。下の二人には給食が出る事もないからお弁当を作るのも大変だった。
どう言う意味で大変なのかは、それはお肉を少ししか入れる事が出来ないのね、私は実家に寄生してお肉を調達出来るから多めに入れる事が出来るのにね。
だから少しの肉に蕗の葉っぱを巻いていたわね、智治さんには蕗の煮物とお肉ね♡
「お~い、まだか~。」
「は~い、直ぐよ~。」
「何時も靴まで履いて待たされて敵わん、……お、行ってこい。」
「お父さん、お先に~。」
沙霧は少し早めに出ていったから今の娘は澪霧の方だ。下の二人は二階に上がったから直ぐに降りてくる。その小悪魔が来る前に智治さんにキスをしていってらっしゃいと言うのが日課ね。
「智治さん、行ってらっしゃい!」
「二階から見られているぞ。」
「んまぁ~。」
智治さんは幾つかが分らないの。同じく私もそうなのよね、三十六歳だとは思うがどうも自信はないな。かく言う私は二歳下だから三十四歳かな。
二人とも総じて十歳位は若く見えるから「ハンサムと美女」よね、それも謎多きハンサムと美女なんだ。
智治さんは道内唯一の農機具のメーカー勤務で営業マンなんだ。それで付けられた愛称はお助けマンというのね。どこぞで故障の連絡があれば修理に赴き、新規の農機具の受注までもこなして来る。お給料が高いから七人が生活して行けるのだから……ありがとうございますよ。
だけども泊まりがけの仕事はもっと減らして貰いたいものだ。北海道が広いという意味もあるのだが修理するのも大変らしいのね、私には理解しようとも思わないけれども。
今日は沙霧と澪霧の中学校の入学式で、二人は晴れ着とは行かないが普段着でもない。綾香と彩香を送り出して急いで中学校に行ったが……ほぼ遅刻か。他にも遅刻は多数あるから皆同じ環境だろうかと勘ぐっている。
家での娘の四人は大いなる戦場だ。
トイレの奪い合いは当然で、洗面台もそうだし姉は妹を泣かせるわで、私は「ハイハイ」と宥めるのにも時間を取られた。
夜はおかずの取り合いで、朝とは逆に妹は姉のおかずをくすめるわで賑やかで笑い転げている。お風呂には各自勝手に入ってくれるからお風呂からは手が離れたな。智治さんは女の五人に手も足も出ない常に負けっぱなし状態だ。
こうした日常が続くのだが。
亡き霧の母のホロお婆ちゃんは、今はニキータさんと共に東京に出ていてたまに休養とかで帰ってくる。そうすると四人はホロお婆ちゃんにべったりとなり私は休養が取れる。……お婆ちゃんありがとうございます。
お婆ちゃんの休養は不定期で仕事が暇だから、とか、腰を痛めた、という理由で帰って来る。仕事はニキータさんと同じで東京の公務員で生活安全課に勤務していて、仕事が多いか少ないか、仕事が有るか無いか、という不思議な勤務みたいだ。
頻繁に帰って来るのだが旅費は役所持ちと言うから、まぁなんともいい待遇だろうか。どうも連続勤務になると、休み無しの二十四時間もしばしばとからしいので腰も痛くなるのか。
「お婆ちゃん、またお願いします。」
「行くわよ智治! 争よ。」
私は祖母に娘たちを託すと智治さんを連れてイザ実家へ、食糧倉庫を満たすために敵地へと乗り込む。
だからか、里帰りの挨拶で私の要件が分るのだと母は言う。
「お母さま、またお願いね。」
「あら、お帰り!」
「はい、只今です。」
「牛だけは連れて行かない約束よね?」
「一頭あれば半年は暮らせるんだけどな~。」
「智治、また首はねて!」
「ギャーイテ! ケッコッコー、バタバタ、逃げるか! て~!」
「十羽を絞めたぜ!」
智治さんがニワトリを絞めている間に神通力を西に向けてクロを呼び出すのだった。クロは何時も麻美の牧場で暮らしているからだ。日本に帰って来たときはクロを呼び出したら希に麻美も乗っていたりしていたが、近年では必ず私がババを引くのだった。
でも今日は違ったね、美味しいホタテがクロの鞍に結びつけられていたんだよ?
「桜……これは手土産かな?」
「あ~ホントだわ。クロ……ありがとう~……今日もお願いね。」
「ブヒビ~ン。」
「智治さん……乗るわよ。」
「お、オー。」
「私は今は忙しいのよね、また今度ね。」
裏庭の鶏舎小屋に居た私たちを探す両親だった。一人は文句を言いたいらしくて、もう一人は今宵のお誘いだったか。
「あらあらもう居ないの? 早いわね~、ま~たヒヨコ饅頭……代金にしては安すぎるわ。」
「お~い智治くん、今晩酒飲もうや? あれれもう居ないのか。」
「今日はニワトリだけで済みましたわ、今度は防衛が大変だわ~。」
「ここに繋いでいた六十九番は何処に行った!」
「ヒェ~、」
クロにより瞬間移動で自宅に戻っての一言はいつも同じだ。
「お婆ちゃん只今~。」
「あ~お帰り……随分だね~。」
「四人の子守をありがとう~ 一頭連れて来たから気絶してるうちに塊にまでしてね~。」
「智治さん、お肉が出来たらお肉屋さんに預けて来て!」
一年未満の肉牛の体重は三百キロに及ぶ、これを、え~と一回につき二十キロと計算して十五回も往復するのか? 今日は車が車検で無いんだな。
もう深夜になるな、桜のアホ、バカ! 智治さんの心のつぶやきが伝わる。ホロお婆ちゃんが牛を解体していく側から順次お肉を箱に入れて運び出すのだが、今日は他にもニワトリがあるのだから先に大釜を庭に出してお湯を沸かす。
「今晩は焼肉とビールね!」
「四人ともおいで~鳥さんの羽根をむしり取るよー。」
「わ~い」と言いながら娘らは喜んで鳥の羽根をむしり取っていく。私と知治さんは次々と大鍋で鶏を湯がいていくのだ。
「知治さん、鳥は浮きますのでしっかりと押さえてね。」
はいはいと言うのだが視線は娘の四人に注がれていて鍋は見ていない。
ニワトリを大鍋で湯がくのは羽根をむしり取り易くするためと、もう一つはダニの駆除だ。少々長く煮たてた処で鳥本体は煮えてしまうことはない。本当にいい羽根という服を着ている。
「なぁ桜子。いつも思うのだが一度に全部を絞める必要があるのか?」
「なにを言うのよ、一度締めないと面倒でしょうが。」
「桜子さん知治の言うとおりだよ。生かしておけばそれだけ肉の保存が出来ますよね、私は一度に沢山食べられて幸せですがね!」
「うぅ……こ、これはお肉やさんのマージンもあるのよ、次回からは必要な分だけにいたします。」
「そうしたら卵も食べられるよ、」
「あ! な~るほど。」
お肉屋さんを冷蔵庫代わりにする、と言う逞しい私こと桜子です。こうでもしないと家族七人はやはり生活が出来ない。母からは請求書が届くだろうな、どうしよう。
実家から請求書が届かないのだが、その理由は……こうだ。
「お義父さん、農機具の調子はどうですか。」
「おう知治君、いつもありがとうよ。草刈り機が不調でな。それで~、」
「いいですよお義父さん。次に来た時に新品を忘れて帰りますから……。」
「それとこれは先に訪問しました農家から頂きました、食べて下さい。」
「知治君、裁断機の刃が折れてな……。」
「はい、交換しておきますね。」
「すまね~な~、」
お肉屋さんは私が牛肉を預けるのでとても繁盛しているのね、牛肉の引き出しに行けば豚肉となって最後はトカゲの姿焼きにまで落ちてしまうのね。流石にトカゲはないだろうと文句を言うのだった。細切れの肉はネズミじゃないよね?
話しが変って祖母のことだが。
いつものように突然帰宅するホロお婆ちゃんはにっこりと笑うから、これは孫へのプレゼントが手に入ったから持って来た、という意味になる。
「あら、お婆ちゃん。お帰りなさい今日は……?」
「あぁ、いつもの腰痛だよ、孫に腰を踏んで貰いたいだけさ。」
「んまぁ!……。」
理由の言い訳もいつもの事だった。大きな段ボール箱を運ぶお婆ちゃんが腰が痛いとか……あり得まへんがな。
お婆ちゃんは働き出したら私に食費を入れるからと言うので、私は老人の稼ぎは少ないからと断っていたんだな。それでは儂の気が済まないからと孫の接待に励みだしたのね。どうせ少ないお小遣いだものね、と馬鹿にしたのが悪かったの。事実、当初は居酒屋の店員だったから給料なんてほぼ現物支給だったらしいのだ。それが公務員に抜擢されて今日に至る。
箱の中身が多いのなんの、でもその分だけでも私の方は助かっている。だって、あれを買ってこれを食べたいとか一言も言わないからでね。
着せ替え人形の四体が、お土産としてツーツインズに渡された。それが諸悪の始まりになって、この年代には無い人形だが無頓着な私は全く気づかないでいる。
沙霧と澪霧は十四歳を過ぎた頃かな、東京の秋葉原で売られているという人形やその他諸々を、祖母は行ったら必ず買ってきてくれる。(実際の販売は6年後からだが、クロとニキータで未来へ飛んでいる。)
「わ~! お婆ちゃんありがとう。これ、すてき!」
「……。」
祖母は何も言わずに笑って孫の顔を眺めていて、居間で飛び交う四体の人形と娘の喜ぶ顔を、そんな五人の顔を見て嬉しく思う私だった。たまには泣き声も上がるが、それは四体の人形が奪い合いになる時だけで時期に四人の腕に丸く収まるはずよ。
「ん~今日は知治さんが居なくて残念だべさ。」
「そうだね、必死な孫を見るのが楽しみなのにね。」
「お婆ちゃんは意地悪なのですね。」
「なに、一入だべさ!」
「悦に入らないで下さい。」
「ん?……どうしてだい。喜ぶ孫はいつも見られないのだからね。」
「それは……そうでしょうが、でも~……、」
と言いかけたところで四人の決着がついたのだった。やはり妹思いの姉の姿に母としては教育が間違ってはいないのだと……思いたい。
「そう、四人とも良かっただべさ!」
二つのツインズにはそれぞれ一室の二段ベッドだが、たまに入れ替わって寝ている。あと五年程したらお部屋は大変な事になるのだ。5年後……桜子は絶対に入室禁止令が下される、たのである。沙霧と澪霧のお部屋は秋葉原のフィギュアが多数あり絶対に立ち入り禁止になり、妹の綾香と彩香もしかり。
娘らが小学校へ上がる時に遡る。取りあえずは上の二人が最初よね。
私には大学生の時の仲の良い友人が小学校の教員をしていていつも助けられている。
今日は沙霧と澪霧の授業参観日で「どんな顔してるかな」と、先に沙霧の教室へ行く。
「桜~霧x2はこちらの教室よ。」
と呼ばれるのだった。
大学で同級の舞が小学校の教師をしていて、舞が沙霧と澪霧が通学するのを知ると「今年は一年生の担任にして下さい、」と直訴したそうだ。
教室に入ると、あれれぇ? 沙霧と澪霧が揃ってる!
「今日は授業参観日です。お母さまが楽できるように双子を纏めておきました。 今日は一人多いけど楽しく勉強しましょうね~。」
「はーい!」
とんだサプライズですわ、舞ありがとう。これが六・三・三への悪影響となった。 (6・3・3制は、昭和22年3月施行でここは嘘です。)
四年生あたりから沙霧と澪霧が時々入れ替わるらしいのね、高校を卒業するまで続いていたそうだ。友だちは誰も気づかないし判別も出来ないし、それもね二人とも髪をお団子頭にする、という念の入れようだ。
二人のお団子頭を見るまでは、帰宅までには直していたから私も気が付かなくって、以後も気がついた時に怒ってみても結果はおなじだったか、言う事は聞かないのね。
中学校2年生の時に澪霧の教室はろ組だからここは? ならば、い組か!
「先生すみません。澪を連れて帰ります。」
「澪霧ちゃんは、ろ組ですよ。」
「先生、母親は騙されませんよ。ここには澪霧が居ます。澪、早いけど帰るよ。」
澪は「はーい」と言って席を立つからね。沙霧を呼びに行っても同じやりとりだったわ。
智治さんに話したら笑うだけで二人を咎める様子も無い、やはり親子か。帽子をかぶる運動会では日常となってしまい、そこはそれ、二人の得手不得手で参加する競技で縫い付けた名札の体操着を替えるだけで済むから。
「先生、お世話をおかけします。」と心に念じる。
綾香と彩香にも伝染したね、同じ事をしていた。
「双子の特権よ! 手放す事はいたしません。」x4
だそうだ。