ひのきの棒って破城槌もはいりますか
ドンドンパッ!ドンドンパッ!
「王者のコーナーから、俺たちの王国の最高権力者ッ!鉄人・アンドレアス国王の入場ダァァァッ!」
足踏みと拍手の作る勇壮なリズムにのってガウンを着た男が右腕をグッと掲げて謁見の間に入ってくる。
大昔に異世界からやってきたという勇者様の残した、『王者とはこうやって入場するもの』という言葉にしたがった伝統である。
「よくぞ来てくれた勇者の血を引いてそうな者よ!」
美しい肉体美の王様の言葉はあいまいだ。なにしろ祖父が酔っ払うと『俺のひいじぃちゃんはな、魔王を封印した勇者だったらしいぞ』とか良く酒場で言っていた事だけが『勇者の血を引く』の根拠なのだ。伝説の武器も伝わってないし、俺もオヤジも木こりだし。そもそも七代さかのぼってようやく勇者ならば俺以外に何人もいるだろ。勇者の子孫。なのにいない。国が総力を挙げて探してもいない。なぜなら勇者は生涯独身だったというのが公式記録だから。一人もいないのだ。勇者の子孫。
「皆も知っている通り、魔王が復活した。そこで勇者の出番だ!」
「戦ったこととかないので、兵士の皆さまの方が間違いなく強いのでは」
おそるおそる提案してみるが、王様はブンブンと元気良く首を横に振る。
「それはもうやったのだ。城内の兵士たちの中から余以外の最強を決めるトーナメントを行い、優勝者を送り出した」
周りを見回してみると、王様の両隣に立っている兵士以外は血の滲んだ包帯グルグルで松葉杖とか、点滴吊るすやつ自分で持っていたりとか、戦えそうな状態にない。トーナメントという事は、優勝者以外は皆負けているのだ。こいつら魔物との戦いとか余力とかを考えない全力のトーナメントやりやがった。
王様の両隣にいる二人だけが無傷だが、両方とも老人だ。プルプルしてる。無傷だが最初から戦える状態にない。たぶん、この謁見の間で一番強いのは王様。
「その優勝者の方はどうしたんですか?」
「連絡が途絶えた」
「もしかするとですが、旅に出る前からかなり傷ついていたりしませんか」
「優勝者だからな。かなりの激戦を勝ち抜いて満身創痍だった、もしかすると……どこかで体を休めているのかもしれん」
いや、無事じゃないだろ。そんな状態で旅に出て。
「そこでだ。古来からの伝統にのっとり、勇者にヒノキの棒と小銭を渡して送り出すと魔王が死ぬという儀式を行おうと思う」
「おまじないじゃないですよね、それ」
大昔の異世界から来た勇者はいろいろな『てんぷれ』とかいう伝統を残していったのだ。大体は余計な伝統である。その中に王様はケチというのがあった。あったけど、あんまりだ。
「せめて兵士並みの剣とか鎧とか槍を下さい(売って他の国に逃げるから)」
「だめだ。逃亡資金にされたら困るから勇者に金は持たせない」
読まれてる。
「棒を一本上げるから、そこから体を鍛えて武器も自費で揃えてほしい」
酷すぎる。棒一本でどうやって魔物を倒せっていうんだ。ん?棒一本?
俺もオヤジも木こりだ。たぶん先祖代々木こりだ。棒と言えば丸太だし、木の幹だ。その年に切り倒した最も大きな木を王国の神殿に奉納したり、戦争の準備として重くてでかい木を徴発されたことがあるのも知っている。そしてその木を加工して何になったのかも。
「あの、王様。ヒノキでできた棒なら大きさとかは多少の融通を利かせてくれますか」
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城を出て、城下町の門を出れば、そこは灼熱の太陽が照り付け、魔物が涎を流して跳梁跋扈する魅惑のデンジャラスゾーン。
とはいえ、日ごろから兵士の皆さんが危険な魔物を狩っているので、それほど大した魔物は居ない。城壁の上にあるバリスタの射程の中ならば、大型の魔物や頭のいい魔物は来ないのだ。知性のない小さな……スライムとか小鬼くらいのものだ。小鬼に噛まれれば傷口が腫れて熱病にかかるし、スライムに触れたら皮膚が紫色になって腐って死ぬが、比較的安全な部類に入る。
こういう小物は、戦闘の訓練にちょうどいい。
ちなみに、訓練に失敗すると死ぬ。
「そりゃあぁぁぁぁぁ!」
掛け声をかけて、『棒』を小さな魔物に向かって押し出す。
『そいやぁっ!』二十人の掛け声が重なって響き、その声に驚いた魔物が逃げようとするが、もう遅い。
俺と、俺の職場の木こりや、国から派遣してもらった力自慢の大工や、王様に頼んで生死不問で貸して貰った懲役中の労役夫など、あわせて二十名。
筋肉の塊のような男たちが全力で引っ張る、大質量の攻城兵器。
巨大なヒノキの巨木の端に杭を打ち込み持ち手の紐をつけた『破城槌』が、轟音をあげて小さな魔物を跡形もなく粉砕し、勢いに引きずられてオヤジが転倒した。大丈夫だ、代わりはいくらでもいる。
よし、初勝利!
俺はグッと拳を天に掲げた。
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スライムや小鬼を五匹ほど狩って、城下町に戻る。
魔物の牙や魔石を売って14Gの収入を得た。なんとか一泊くらいはできるだろう。
日が暮れるまで戦ってなんとか五匹というのは理由がある。逃げられてしまうのだ。
やはり武器が大きすぎるのだろうか。攻撃力には問題ないが、やや命中率に難があるようだし、少し武器を小さいものに持ち替えるか? それともいっそ、二本……
そんなことを考えながら、街の人たちが避けていく中を通って木賃宿につく。食事もつかない最も安い宿だ。
「一泊お願いします」
カウンターの上に10Gを置く。
「……一泊、一人10Gだよ」
「はい。だから一泊お願いします」
チャリン、と音を立てて10Gを重ねる。
背後からはズズズズズと何かを引きずるような禍々しい音が聞こえてくる。
「あれは、あんたの仲間じゃないのかい?」
「武器です」
ザワザワっと騒ぐ声がする。俺たちは馬小屋なのかとか、すげぇ人間扱いじゃねぇとか。
「武器なので、部屋の中にいれます」
カウンターの上に置いた10Gを亭主の方に滑らせる。
ザワザワが大きくなる。おめぇんとこの坊主強いぞとか、さすが勇者の末裔だ頭おかしいぞとか。やかましい。
「言い間違えたようだ。実は一人一泊で210Gだった」
「なっ?!」
客を見て金額変えてくるとか足元見てるとしか思えない。最低だな、この店!
そんな俺の心の声が少し漏れたのか、表情で読まれたのか、亭主は恐るべき事実を伝えてきた。
「ここだけじゃないぞ。どこの店も、食事も、お前は21倍の金額を要求されるからな」
この装備、呪われているのだろうか。支出が増える武器、恐ろしい!
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一個2Gのパンを買えるだけ買って街の外で野宿することにした。パンは三人で一つだ。
鍛冶屋の裏手に捨ててあったボコボコになった鉄兜を貰ってきたので、そこに水を汲んで焚火の傍に置く。
三人で分け合うパンと、お湯を飲んで、交代で寝る。
城壁のすぐそばだが油断はできない。腹が空いているので草でもちぎって食おうかと思うが、オヤジに止められた。おやじが言うには、夜の草むらはスライムが潜んでいることがあるという。明るくなるまで、焚火を絶やさず、光源を背にして警戒しなければならない。ヒノキの棒だけが心の支えだった。
明け方、足元にはいよってきた毒サソリを踏みつぶして食べる。尾の部分を上手に外せば毒はないそうだ。元山賊の労役夫が生きる知識を教えてくれる。
「このままじゃ飢えて死ぬ」
「攻撃力と収入が釣り合っていないんだ」
「もっと収入が得られる魔物を狩ろう。俺たちならできるはずだ」
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小さな小川で破城槌を使って岩を叩き魚を得た。農村の畑から無断で芋を拾い命をつなぐ。はぐれた羊を探すクエストを受注して失敗したりしつつも肉をたらふく食べて、俺たちはつぎつぎに強い魔物を狩っていった。
そのかいあって、俺は強くなった。
「大量の魔石を売った金で、破城槌に鉄板とトゲトゲを埋め込み攻撃力を大幅に上げることに成功した」
親父や山賊さんが驚愕の表情で破城槌を見ている。ただの丸太に紐を付けたものとは段違いの威容に感動を覚えているのだろう。
「魔王を倒す準備は整ったと思う。どう考えても聖剣とかよりこいつの方が強い。えいえいおー!」
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「魔物によって橋を壊されてしまった為、この呪われた川を渡ることはできぬ。しかし、隣の村の虹の……」
「そいやぁぁぁっ!」
メリメリメリドドーン。
何度でもいうが、俺んちは先祖代々の木こりだ。木を切り倒し、運び、即席の筏で数人が対岸に渡り、ロープを渡して足場を組み、中央でしっかり組み合わさるように木製の橋を架ける。
「よぉし、いくぞ!」
破城槌を抱えて橋を渡る。途中でバキッとか嫌な音もしたが、なんとか重さに耐えてくれたようだ。
橋番の爺さんが泣きそうな顔で何度も話しかけてきていたが、関わるつもりはない。
なんでも伝説によれば魔法の橋を架ける方法があるというが、そういう魔法とかおまじないとかはうんざりなのだ。全部、物理で行く。そもそも俺たちは21人パーティだが、魔法使いとか神官とかそういうのは一人もいないのだ。奇跡とかに頼っている余裕はない。いや、考えてみると戦闘職もいないな。
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「はっはっは!この魔王城の門を通るには邪神の」
「そいやぁぁぁぁ!!!」
これぞ破城槌。破城槌の本領発揮。門は叩いて壊す。破城槌も初めて破城槌らしい仕事ができてうれしそうだ。門番やってたトロールとかゴーレムとかを巻き込んで潰し、結界だとか封印だとか、そういうわけわからない設定ごとぶち破る。
「二本目ぇぇぇぇぇっ!!」
「そいやぁぁぁぁぁ!!!」
低く響く轟音ではなく甲高い軋む音を響かせて、門扉が周りの石壁ごと割れていく。よし、通れるようになった。
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「よくぞここまでたどり着いたな勇者よ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
でかい巨人とか、自爆してくる猿とか、いろいろ厄介な魔物たちを数の暴力や、重さ×速度からなる正義の力で轢殺し、魔王の城の奥までたどり着いた。
お前のはらわたをどうのとか魔王らしき人が言っているが、俺たちは少し困っている。
狭い通路が直角に曲がっている所や狭い階段などがあり、破城槌が魔王のいる場所まで持ち込めないのだ。
「贄にささげてくれるわ」
ゴゴゴゴゴゴゴ
だから、こういう手段をとるしかない。
通れるようにする。
城門を通った時に気が付いたことなのだが、壁は壊せる。
魔王城の地図を作りながら移動し、破城槌が持ち込めないところがあるたびに道を変え、時には壁を削ったり壊したりしながら戦い続けるうちに、強度が不安になるくらい穴だらけにしてしまったのだ。なので、いっそ壊そうという事になった。魔王は一番上の階にいた。俺たちは下から壊していった。
遠くで魔王らしき人が大きな声でしゃべっているが、どんどん崩壊の音がおおきくなり、やがて声は聞こえなくなった。
もうもうと立ち込める土煙にむかって、「やったか」と声をかける。
「きさまら……よくもやってくれたな!許さんぞ!」
やっていたらしい。魔王らしき人が崩れ落ちた天井の瓦礫から這い出てくる。
「我が真の力をみせてやろう!」
「俺たちだって真の力をみせてやらぁ!」
21人がかりでとびかかり、押し倒す。
もう破城槌なんでどうでもいい。魔法なんか口に手を突っ込んで詠唱させないし、髪の毛を引っ張ったり爪で引っかいたりなんでもありだ。
立ち上がろうとする魔王らしき人の、頭の角を掴んで顔に膝を叩きつける。目に砂を叩きつける。膝の裏をつま先でけり、太ももを執拗に蹴り続ける。
打撃で寝かせた後は腕に一人づつ組み付いて腕ひしぎ十字で拘束し、足にはアキレス腱固めと片エビ固め。首もしっかりチョークスリーパーをいれる。五人がかり。もう、何処にだれがいるのかわからない状態で五体を封じる。
残りの皆はがれきの撤去だ。足場が悪い場所では破城槌は使いにくい。
「そいやぁぁぁぁ!!!」
トドメはやっぱりこいつだ、破城槌。別に21人いないと運べないわけでもないので、残りのメンバーでしっかり助走をつけて破城槌を勢いよく引く。
魔王らしき人を拘束していた五人は、両腕をとってサーフボードストレッチの形で抑え込む。正面から迫る破城槌。悲鳴を上げてイヤイヤをするように必死で体を捩るも、五人がかりでは逃げられない。
命中判定……成功☆彡
首がえらい方向を向いた魔王を引きずり、俺たちは王城へ凱旋する。勝ったのだ、俺たちは!
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魔王を倒した聖なる武器として、城の真ん前に巨大な丸太が飾られる事になったが、物凄く邪魔だったという。国を救った武器なので邪魔とはだれも言い出せず、撤去されなかった。
通りすがりの、一人の材木商がこんな事をいうまでは。
「なぜ樫の木が飾られているのですか」