第八話
やぁみんな、運動してるかい?
運動は良いよ、個人競技、団体競技問わずにいい影響しかない。
個人競技ならば、自分の弱いところを見つめなおし、強みを探し出して強化して行く。
団体競技ならば、仲間との絆を深めることはもちろん、相手と対戦する際の工夫も身につく。
運動は体を鍛えるだけでなく、心も鍛えられる。
ぜひ皆さんも運動を始めるといい、きっと今まで見えなかったものが見えてくるはずだ。
え?そういう俺はどうなんだって?
たしかに俺は圧倒的にインドア派だ。アニメにゲーム、ラノベに漫画、いわゆるオタクだ。
だが、運動をしないわけではない。
小学校から中学校で引退するまでの6年間は陸上部に所属しており、毎日のように走っていた。
種目はいわゆる中距離走で、短距離よりは格段に長く、長距離には全然足りない。
全力を瞬間的に出すのでもなく、ペースを保ち長く走るわけでもない。
ゴールまで持つペースで、出すことのできる最高のスピードで走り続ける、そんな種目。
高校に入ってからはしばらくご無沙汰だったが、たまには走ってみるものだな。
今まで見たことが無かった新しい自分を見ることができた。
たとえば、、、
肉と骨が丸出しになった肘から先の無い左腕、とかな。
「ぐああああああああああああああああああぁっ!!!!!」
出くわした狼に左手の先をおいしくいただかれた俺は走っていた。
深い森の中を先の無い左腕から血を零しながら。
残っている右手には意識の無いスピネルを抱え、後ろからはどこか遊んでいるように感じる巨大な狼を引き連れて。
向かっている先なんて分からない、川沿いに進んでいると思われるが当初の予定と反対に戻ってしまっているかもしれない。
キャンプ地にしていた場所にこの狼が現れてからの出来事は一瞬だった。
狼の存在に気がついた俺は、すぐさま逃げ出そうとスピネルと荷物を取りに動いた。
しかし、森のハンターである狼さんが逃走を簡単に許してくれるはずも無く、俺の動きよりも早く行動していた。
俺がスピネルをつかんだのと同時ぐらいにやつの牙が俺の左手に食い込んだ。
そして狼はくわえたままの勢いで乱暴に頭を振った、たったそれだけで俺の体は宙を舞い森の奥へと飛んで行く。
木の枝や落ち葉がクッションになったのか落下のダメージは無かった。
何とか起き上がった俺はふと噛み付かれた左腕に眼を向けた。
そこには肘から先がねじ切れており、動かなくなっていた腕は血と肉が零れ落ちるだけの蛇口になっていた。
ゆっくりと視線を上げ、飛ばされたほうを見るとそこでは、狼がおいしそうに何かをほおばっていた。
その口の中のものが自分の腕の先だと分かった瞬間にはもう走り出していた。
痛みは一切感じなかった。
あるのはただただ恐怖のみ。
初日の恐怖など比べるまでも無い、心の奥底から沸き上がりすべてを埋め尽くして行く原初の感情。
生物である限り忘れることの無い感情。
その恐怖の根源からの無意識的な逃走。
動物的な反応で逃げ出した俺は、食事を楽しむ狼から徐々に距離をつけていった。
右手に抱いた大切な友を見ると、意識は無いが怪我などはなく気絶しているだけだと思われた。
狼が見えなくなり少しだけ余裕が生まれると、先ほどまで感じていなかった痛みが出始める。
その痛みはだんだん大きくなっていき、声を抑えきれないほどになっていく。
痛みの発生源はもちろん、左腕。
しかも、千切れている場所よりも先の方が痛む。
狼の胃の中にあるであろう腕の先の方が激しく痛む。
「ぐっ、があああああああああああああああああああっ!!!」
抑えきれず叫びだしてしまう。
だが、決して足は止めない。
背後から迫ってくる存在感が止まらせてくれない。
自分のすぐ後ろにやつの存在を感じるが、襲ってくる気配は感じない。
俺など簡単に捕らえられるだろうはずなのに、スピードを合わせて追いかけてきている。
遊んでいるのだろう、やつの中で俺はもう捕らえるエモノですらなくなっていた。
ただ動いているだけのえさ担ってしまっている。
涙と嗚咽を零しながらも必至に走っていく。
気がつけば隣を流れる川は太く深くなっていた。
前方を見ると木々が途切れており崖になっているのが分かった。
川はその崖に流れていっており、轟々と音を立てる滝になっている。
俺はその滝のすぐそば、川と滝の変換点へと追い詰められていた。
どことなく初日の状況に似ていると感じた。
いや、あえてそうなるようにこの狼が仕組んだのかもしれない。
こいつはどうも知能が異常に発達しているように感じる。
エモノにまんまと逃げられ、悔しさを感じ、探し出して追い詰める。
逃げられたときと似た状況にし、その上で今回は成功させる。
人間のような感情と、思考能力を持っているように感じる動き。
しかし、野生に生きるものの残虐さや非道さを感じる行動。
目の前の捕食者の内面に異様なアンバランスさを感じ取った俺は言いようの無い恐怖に襲われた。
「うぁ、、あ、、ぁ。」
月に照らされた崖の上、滝の音と獣特有のうなり声がうるさいほどに聞こえる中、俺はある意味静寂に包まれていた。
恐怖以外の感情は無く、痛み以外の情報は頭に入ってこない。
絶体絶命、まさに崖っぷち。
えさである俺も、そして捕食者である狼でさえも動かないそんな中。
唯一つ動き出した陰。
先ほどまで抱えていたはずのスピネルが俺と狼の間に現れた。
こちらを振り返り目を合わせるスピネル。
額の宝石が月に照らされて輝く。
目が合っているはずなのに、どこか遠くを見ているような瞳。
その瞬間すべてを察した。
「や、、、、やめ、、、、、」
俺がすべてを言い終わる前にスピネルは目をそらし、狼へと向き直った。
一瞬の間のあとに突然スピネルの額の宝石が閃光を放った。
その後に噴出した大量の煙。
その煙はまるでかばうかのように狼と俺をさえぎった。
「、、めだ、、、そんなの、だめだって、、、、、」
俺の思いを拒絶するかのようにドンッと強く押される。
それは、小さくとも強い、心強い仲間の、この世界でできた初めての友の、初めての裏切りだった。
押し出され、後ろに出した足は地面を踏むことなく、体が自然と倒れていく。
倒れる先は崖の先の空中で、その下には滝つぼ。
煙から吐き出され落ちていく中で最後に見たものは、悔しさと怒りのこもった雄たけびを上げる狼が、その怒りを何かにぶつけているような、そんなシルエットだけだった。
読んでくださりありがとうございます。
まだまだ勉強中でつたない文章ですが、ぜひぜひ次回も読んでください。
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