第六話
その動物と見つめ合っていた時間はどれぐらいだっただろうか。
一瞬だったように思うし、とてつもなく長かったような気もする。
先に動き出したのは相手のほうだった。
俺が瞬きをした瞬間に森の奥へと飛びこんで行ってしまった。
緊張の解けた俺はそのまま座り込んだ。
「見た感じ凶暴そうでは無かったけど、警戒しておいて損は無いしな。」
小動物に対してビビッていたことへの言い訳をつぶやきつつ俺は立ち上がった。
その日から俺のベジタブルな生活が始まった。
俺は昨晩の爆発事件からの影響で、カニエビだけでなく魚などの生き物を食べることに恐怖するようになった。
その日は安全に食べられそうなものを探し、洞穴内の道具を整理していたら気づいたら夜だった。
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そこからの一週間は森で取れる山菜のようなものや、木の実、芋に似たもので食いつないで行った。
その一週間の間で洞穴と泉を中心に探索して行った。
拠点と泉の周りを使いやすいように開拓しながらの探索だった。
崖以外の三方向は日帰りで行けるとこまで行ってみたりした。
その結果分かったことは、半日かけて歩いても森は途切れることもないし、人の痕跡すら見つからなかったことだ。
また、崖も同じように途切れているところや、上れそうなところは見つからなかった。
そうなると、村などを本格的に探すならば拠点を離れるしかないだろう。
そのためにもたくさんの準備が必要になってくる。
食料はもちろん道具類やそれを持ち運ぶ袋も必要だ。水は川沿いに進む予定なので最低限でいい。
そして一番の問題、左腕の怪我についてだが、、、まったく動かなくなってしまっていた。
他の怪我はほとんど問題なくふさがっていき、痛みこそあれど生活する上で支障は無いのだが。
左腕のほうはステータス上では損壊から欠損に変わっており、痺れすらも感じなくなった。
いろいろと試してみたが、治る気配はいっさいなかった。
街などに着けばポーションとかで治るだろう、と軽く考えていた俺は気にしない方向で生活していた。
ただの現実逃避だったのかもしれない。
この一週間であったことはそんなところだろうか。
あと一つ、爆発の日の翌日の朝見た動物とは毎日顔を合わせている。
やつは最初こそ警戒して逃げ出していたものの、俺が脅威にならないと判断したのかだんだんと気にしなくなってきた。
昨日の朝なんて俺が顔を洗う横で水浴びをしていやがった。
ベジタリアン生活のせいで気が立っていた俺は、やつに思いっきり水をかけてやった。すると
「キュッ!?、、、キュイ?」
と、逃げ出すこともせず水浴びを再開したときには、こいつ食ってやろうか、なんて思ったりもした。
しかし何度か交流を重ね、だんだんとかわいく見えてきていた俺にそんなことができるわけも無く、いつしか名前をつけて呼ぶようになっていた。
「おいスピネル、朝飯だぞー」
そういいつつ俺は真っ青なりんごのような果物を投げる。
すると緑色の影が飛んできてキャッチし、泉の近くで食べ始める。
こいつはどうも隠れる能力が高いみたいで、こっちから探しても見つけることができない。
しかし、こうして食べ物で釣れば出てくるところを見ると案外馬鹿な生き物なのかもしれない。
俺がなめられているだけかもしれないが、、、
そんな俺は、スピネルという癒しを求めるほどにはやつれていた。
たった一週間ほどといえども、見知らぬ場所でベジタブルなサバイバル生活を送ればナイーブになるのも仕方が無いことだろう。
「ああ、肉が食いたい、米が食いたい、本が読みたい、ベットで寝たい、風呂に入りたい。」
自然と願望が口からあふれ出る。
やはり人は失ってからそのありがたさに気づくものなのだろう。
「あと、、、沙耶に会いたい。」
いつも気がつけば一緒にいた人と会いたくても会えない。
今まで一緒にいて当たり前だとどこかで思っていた自分がいた。
だからこそ、自分の考えを優先し、沙耶の俺への気持ちを素直に受け取らなかった。
いざ会えなくなるととたんに寂しくなる、恋しくなる。
それは俺も沙耶のことが好きだったからに他ならず、しかし素直になれずに跳ね除けていた過去の俺へのツケでもあった。
「この世界で再会したら、ちゃんと気持ちにこたえよう。言い訳なんかしないで、素直な気持ちで。」
そう決意しまた行動し始める、そんな異世界10日目の朝のことだった。
木が少ない泉の上の空に、うっすらと煙が上って行くのが見えたのは。
「あれはっ!?焚き火の跡か?人が、、、いるのか!?」
方向的には泉から伸びる川の先のほう。
うまく距離がつかめないが薄さ的に大分遠くのほうだろう。
集落などではないだろうが人のいるであろう可能性に、落ち込んでいた気持ちは一気に晴れる。
「今すぐに出発はできないけど、しっかり準備した上で向かえば何か分かるかもしれない。」
よしっ、と気合を入れなおし今まで通りに、いや、それ以上の勢いで動き出す。
「まずは安定した食料だ、ちょっと怖いけど川の中の生き物にリベンジしてみるかな。」
そういって俺は川に向かって行った。
川には昨晩から罠が仕掛けられている、といってもものすごくお粗末なものだが。
小さな隙間がたくさん開いた木の桶と、爆発で穴の開いたフライパンを組み合わせただけのもの。
その中にミミズ的な生き物をちぎって入れ(大分気持ち悪かった)それを川の隅に沈めただけ。
こんなものに引っかかるのか分からないが、期待をこめて見に行く。
到着し桶を持ち上げてみるとずっしりと重く、中で何かが暴れていた。
泉の近くに作った簡易の台所に持っていき、ふたを開けてみると、、、
中にはぎっしりと例の爆発カニエビが詰まっていた。
「おまえらだけかよっ!!」
桶を思いっきり投げようとした俺は、慌てて止まった。
「どんな条件で爆発するか分からん、怖くて処理もできんぞ。」
といいつつ一匹手にとって見る。
触って持ち上げても特に変化はないし、地面に軽く投げてみても爆発しない。
「やっぱり引火性のガスでもつくりだすのかな。」
ナイフを取り出して、恐る恐る捌いていく。
縦に掻っ捌くと口元の中にに二つの袋があった。
袋の内部には、なにやらとろみのある液体が入っており、一つは破れてあふれ出ていた。
色は透明で量はそれほど無い。
「もしかしてこれが爆発の元か?」
ためしにと、破れていないほうの袋を取り出しぱちぱちと燃えている焚き火に離れたところから投げ入れた。
すると前回よりは小さいが、爆発と呼べる現象が起きた。
「なるほど、この袋の中の液体が原因だな。」
確信を得た俺は、袋を取り外したカニエビをよく洗い鍋をフライパン代わりに焼いて恐る恐る食べてみた。
「う、うめぇぇぇぇ!!!なんだこれ、伊勢えびとかタラバガニとか比にならんくらいうめぇぞ!!」
身は野性味あふれるほどのしまりで、そのくせ筋などは一切無く歯切れもよい。
味はえびとかにの良いとこ取りで甘く濃厚。
爆発というリスクを負ってまでも食べる価値のあるものだった。
その日は、久し振りに取る動物性のたんぱく質に感動し、ひたすらにカニエビを捌いていった。
満足の良く食事を取り、明日用に再度罠を仕掛け、スピネルと少しだけ遊んで、その日は眠りについた。
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「あ、準備全然進めれなかったわ」
俺が失敗に気づいたのは翌日の朝のことだった。
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次回更新は来週金曜日です。
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