閑話
暗い話です、ご注意を。
私には、家族はいない。
私の故郷であるエルフィリアのみが住まう集落で、物心つく前から暮らしてきた。
幼いころには親だと思っていた人はいた。
一緒に暮らし、ご飯を作ってくれて、読み書きを教えてくれた女の人だ。
しかし、その女の人は私が十歳を迎えた年に亡くなった。
肺の病だったそうだ。
息を引き取る少し前に、その女の人は苦しそうな声で私に告げた。
「私は、、あなたの本当のお母さんじゃ、、ないわ、、、、」
と、そして続けて聞かされたことは、私が捨て子だということだった。
ある日の朝、村の入り口に籠が置いてあったらしい。それを見つけたその人は中にいた私を、育てることにしたらしい。
同じエルフィリアではあるが、余所者である私、しかも私だけ髪色が黒。
そんな私を育てることを、村の人たちは反対したらしい。
しかし、村長と役職長たち数名が認めたことで、みんなは渋々了承したのだと。
私は、その衝撃の事実をすぐに理解することができた。
当時の私は、村長や村の偉い人達から「神童」と言われるくらいには聡明だった。
だからこそ、すべてを理解してしまった。
だから、村の大人達は私にきつく当たったんだ、と。
だから、村の子供たちと遊ぶことが無かったのか、と。
だから、あの人の看病に誰も手を貸してくれなかったんだ、、、と。
すべてを理解し、すべてが灰色に染まった日、私の感情は心の奥底へと沈んでいった。
それから数年、独り身で人のいい狩人の長の家に押し付けられた私は、あの女の人がくれたものと同じだけの愛を注がれて育った。
その家では、今までと同じ教育だけでなく、狩人としての技術を教わった。
その男の人曰く、
「弓を上手く扱えることは、我々エルフィリアにとっては誇りだ。」
「この村の弓の技は特殊だ、習得し使いこなせれば皆もお前を認めるだろう。」、と。
私はそう言われて、今まで認められなかったのはそれでか、と納得した。
それからはただただ弓を練習した。
ほかの者は、六歳を迎えたときに初めて弓を握るらしく、十歳からはじめた私との差は歴然だった。
その差をなんとしても埋めるべく、朝昼晩問わず弓を握っていた。
どうやら私はその分野でも「神童」だったらしく、十四歳を迎え、独り立ちするころには、村で私に勝るものはいなくなっていた。
私はやっと安心できた。
これでみんなから認めてもらえる、と。
なにせ村の一番なのだ、認めるしかないだろう、と。
しかし、その期待は淡くも崩れ去った。
妬まれこそすれ、認められることなんて無かった。
村の弓術大会で優勝したあの日、祝福してくれたものは一人もいなかった。
その大会は、私の師匠である狩人の長が獣によって殺され、次の長を決める大会だった。
今まで、少なからず気にかけてくれていた村長でさえも、準決勝で自分の息子が敗れた瞬間、私に向ける目は冷え切ったものに変わった。
そして、その村には、私の家族はいなくなった。
大会の優勝者が継ぐはずの長の座は、私ではなく村長の次男が継いでいた。
それからの生活はひどいものだった。
毎日朝早くから日が落ちるまで狩をし、組合へと収め、最低限の食料を対価として受け取り、ぼろ小屋へと帰る。
そんな日々でも生きてさえいければ、私は耐えれた。
私の親代わりだった人たちの愛で、心が壊れてしまうことはなかった。
誰よりも働き、誰よりも成果を挙げ、誰よりも質素に暮らす。
いつかきっと認められると信じて、日々を耐え抜いた。
そんな生活が終わりを迎えたのは突然で、しかしそれは必然だった。
私の住む小屋では湯で体を拭くことすらできなかった。
だから私は、体を洗うために川へと通っていた。
そこに現れたのは、狩人の長であり、村長の次男でもあるあの男だった。
私はあんな生活を送っている割に発育は悪くなかった。
だからこそ、自分よりも腕の立つ私に、日ごろから恨みをためていた彼が、襲いかかってきたのは、必然だったのだろう。
もちろん私は抵抗した。
押し倒され、覆いかぶされた私は、とっさに川原の石を手につかんだ。
それを男の顔へと打ちつけ、逃れることに成功した私は、すぐさま逃げようとした。
しかし、それは男の手によって阻止された。
片目がつぶれ、激しい怒りをあらわすその男に足をつかまれた。
川原から森のほうへと引きずられ木の根元に投げつけられる。
そして男は、私の両手を頭の上でつかみ、その手ごと矢で木につなぎとめた。
何本も打ち込まれ、激痛にゆがむ私の顔を見て、その男は楽しそうに笑っていた。
この腕があるから、お前なんかがいるから、とつぶやきながら、その男はズボンへと手をかけた。
「何もかも壊してやるよ」
その一言が、男の最後の言葉になった。
いざ事を起こそうとしたその男は、しかし実行することなく、死んでしまった。
首が胴体から離れ、血を大量に噴出し、私の全身を真っ赤に染めて、息絶えた。
私はその光景を見たショックと、痛みによって気絶し、そのときに何が起きたのかを知ったのは数日後のことだった。
村ではない場所で目が覚めた私に、薬師を名乗る男がおきたことを話してくれた。
とある傭兵団が遠征中に休息のため川に向かったところ、そこに襲われている女、つまり私を見つけた。
その傭兵団は、近隣でも評判のいい真面目なものたちらしく、便乗するでもなく、横取りするでもなく、助けたのだという。
出血と、ショックにより状態がよくなかった私を、急いで街まで連れ、腕のいい薬師の店にあずけた、ということらしい。
目が覚め、状況を理解した私は、矢でぼろぼろになった手に意識を向けた。
薬師が言うに、二度と弓は握れないそうだ。
それどころか、匙すら満足に扱えず、生活もままならない。
これからどうするか、と無感情に考えていると、薬師の男は、
「そんなら、森の奥にある、あんたみたいのがぎょうさんあつまっとる村に行ったらええで。」
と、教えてくれた。
そして私は、助けてくれたという傭兵団に連れられてその村へと移住し、穏やかな生活を送っている。
それが私の、テナという少女の今までの人生だ。
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