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「この世界に、終焉を」  作者: 空乃慧
第1章 紅く染まってしまった世界
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変わらぬ月

 ✲カラバにて



 カラバで、賑やかに往来する人々の顔は至って穏やかである。


 ようやく戦場以外で人々を目にしたことにより、なんとも言えない安堵がカレンの身に満ちる。


 森から抜けて、町の入口なのだろう、大きな門をくぐる二人。足元が今までの木の根っこやら木の葉やらの絨毯から規則的に並べられた石畳へと変わる境目を越えると、周りには民家や露店、宿屋が立ち並び、一様に温かい色の炎を灯すランプを掲げていた。


「…小さな町のくせに、宿屋が多いのね」


「くせにとか言うなよ、ここの人に聞こえたらどうするんだよ……。まあ、初めて来た時は俺もそう思ったことは確かだからな。ここは普段、あんまり立ち寄ることはないけど、森に近いから今の俺たちみたいに中継地点として利用する人たちも多いんだろう。ほら、見てみ」


 彼が視線を向けた先には大きな荷物を背負った旅人と思われる数名が真剣な顔をして露店で生活用品を品定めしている。


「ふぅん」


 エアルがあちこちを見回す中、カレンはぽつりと呟いた。


「…にしても、何でこの町の人たちは今が夜だって分かるんだ…? どこもかしこもランプに火が灯されてるが……」


 依然として空は紅く染まったまま。空の移り変わりが見えないために彼には時間の経過がなかなか掴めていないのだ。

 彼の傭兵業で培ったかなり正確な体内時計では、今が夜の八時ごろだと示されているが、この町の誰もが彼と同じように自分の中の感覚だけで時間を判断している訳では無いだろう。なら、やはり自分以外の人々にはこの紅い空は当たり前のことだという認識なのだろうか?


「そんなことは誰にでも分かるわ。月が出ているのだから、夜に決まっているでしょう」


「毎度よく俺の独り言に反応するな、お前…」


 いつの間にかこちらに顔を向けていた彼女にそう告げられ、諦めたようにそう返したカレンだったが、言葉の意味をもう一度考え直してから声を上げる。


「…て、え、月?」


「ええ」


 勢いよく顔を空に向ける。

 すると、確かに紅い空には一つ、前と変わらず明るい黄色に輝く月が浮かんでいるのだった。


「どういうことだよ、本当に……。訳わかんねぇ」


 なぜ空の色が変わっても、夜になると月が浮かぶのか。彼には大して空が暗くなったようには感じられないので、燃えるような夕焼け空に明るい月が浮かんでいる、という違和感のある情景が目に飛び込んでくるばかりだ。


「……どうしたの? なにか、気になることでもあるの?」


 珍しく彼の様子を気にするエアルに、カレンは、そういえばこの少女には頭上の空がどのように見えているのかを尋ねていないと思い出す。

 空に関して特に彼女が気にする素振りを見せたことはないのであるが。


「いや、あのさ…、お前、このそ、ら……」


「そこのお二人さん! 宿をお探しならうちがいいよ! 今ならお安くしとくよ!」


 …と、エアルに問いかけたちょうどその時、威勢のいい呼び声に彼の声がかき消されてしまう。


 見ると、一軒の宿屋の前でにこにこと顔に満面の笑みを浮かべた大柄な男がこちらにぶんぶんと腕を振っているところだった。


「……ねえ、何を言おうとしたの」


「…ん、いや……やっぱり、なんでもない。それよりか、宿はここでいいよな? せっかく安くしてくれるって言ってるんだし」


 若干詰め寄ってくる様子の彼女に言葉の続きを告げるべきか迷ったカレンだったが。

 大した内容でもないと判断し、問いを続けることなく、苦笑しながら件の宿を指さすと。


「おっ、毎度ありぃ!」


 嬉しそうな男の声が響く。

 その方向へ向かって歩き出したカレンに続いてエアルは止めていた足を動かす。





「空…………?」


 彼女はそっと空を見上げると、そのまま視線を下ろして前を歩くカレンの後ろ姿を見つめた。









「…………まさかね……………」









 その小さな声は、彼女以外に届くことはなく、静かに周りの喧騒に溶けいっていく。


 しかし、彼女は鋭い視線を彼に向けたままで宿屋の扉に消えていくのだった。

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