魔核
現れたのは、赤茶色の毛並みを逆立てて唸る犬型モンスターだった。確か、グシュドルといったはずだ。
この辺ではよく出現するモンスターであるために、もう見慣れたもので大した敵ではないのだが。
こいつには、少々厄介なところがあるのだ。
「…やめてくれよ……?」
そう呟きながらザシュッと剣で斬り払う。血を噴き上げさせたその攻撃に怯んだのか、グシュドルは一歩後ずさった。続けて剣撃を見舞うも、体表が硬いためかなかなか致命的な傷には届かない。
「グルル……ッ!」
短く吠えて飛びかかってきたグシュドルを蹴り飛ばし、剣を腹に突き立てる。
カレンは、痙攣して大人しくなった相手から獲物を引き抜き、刀身についた血を払った。
ーーーしかし、次の瞬間。
「ワオーーーーン」
絶命したかに見えたグシュドルが高らかに吠えたのである。
「ちっ……」
その声を妨害するように素早くもう一度腹に剣を突き刺し、今度こそ完全に絶命させるとカレンは首の後ろに手を当ててため息をついた。
気づくと、先ほどのグシュドルに応えるように森のあちこちから遠吠えが木霊して響いていた。
これこそ、グシュドルの厄介な性質、遠吠えである。これによって奴らは同族を集めるのだ。
一頭いたところで大して脅威にはなり得ないが、それが百頭集まってきたらじゅうぶんに命を脅やかす。
辺りを見渡すと、姿は見えないながらも既に相当な数が集まってきていることが気配で感じられた。
「……あー、悪いな。なんか集まってきたらしい。ちょっと時間とるかもしれないけど」
背後にいるはずのエアルに一応弁解するも、彼女は今も無言のまま。
「何とかするから…」
「…全く。一撃で仕留めないからでしょう」
カレンの言葉の続きを待たず、エアルが彼の前に歩み出る。
「よく見ているといいわ」
そう言って腰に吊ったレイピアを抜いた直後、四方からグシュドルが彼女に踊りかかってきた。
「ガウッ…」
「黙りなさい」
飛びかかっていく側から、唸り声を上げる暇もなく、瞬殺されてゆく。エアルは恐ろしい速さで刺突を繰り返しながらも表情を動かすことはない。
「モンスターには必ず、魔核というものがあるわ」
ーー突き殺す。
「それを破壊することで、確実に相手は命を落とす」
ーー斬り払う。
「要は、一発でそこに命中させさえすればいいというだけ」
ーーグシュドルたちが次々に血飛沫を上げて、倒れていく。
「そんなことも分からずに、よく戦えるものだわ」
カレンに説明しながらも、彼女の戦闘への集中が揺らぐことはない。
カレンの目には、その剣舞が。
ーーーとても、美しく見えた。
戦闘が終了するまで、大した時間は要さなかった。
「お、お疲れ………。というか、お前、剣も使えるんだな」
「レザリアは、よっぽどのことがない限りは使わないわ。それに、こんな低級のモンスターごときは、剣を抜くのももったいないぐらいだけど」
そう言ってエアルはレイピアを腰に吊った鞘に収める。
「今回は、無能な傭兵に教えてあげるために特別に使ったのよ。感謝しなさい」
「……それはどうも…」
だが、確かに効率の良いモンスターの倒し方を教わったことは確かだ。素直に感謝しておくべきだろう。
「………ちょうどいいわ、実食ね」
それも、彼女の言葉を聞くまでだったが。
「え、と……、はい?」
「言葉通りよ。実食の時間だわ、モンスターの」
カレンは即座に目の前に散乱するグシュドルの亡骸を見回す。
口を開けたまま絶命しているものの鋭い牙。輝きを失い、曇った瞳。毛並みに飛び散った赤い斑点。まだ溢れ出している鮮血。
…とてもじゃないが、口にしたいようなものではない。
彼はごくりと唾液を飲み込み、引きつった顔でエアルに視線を戻した。
「一つ、訂正しておくわ」
しかし彼女は、そんなカレンの様子は気にもせず、平気な顔で指を鳴らす。
すると、その指先に赤々と燃える炎が出現した。
「剣も使えるんだな、じゃないわ。私は、魔法も使える」
「……そんなの、今言うことか……?」
カレンが掠れた声で絞り出した言葉もまた、現実逃避をするようにかなりずれたものだった。