惨劇の跡地
ーーーーカレンは、勢いよく剣を抜いた。
飛んでくる枝、視界を塞ぐ砂埃を一息に斬り捨てる。
僅かだけ鮮明になった視界の先で、紅い空と恐ろしい黒煙が異彩なコントラストを放つ。
「…………っ!」
怖い。
足が震えそうだ。
今もなお、剣を握る手に冷や汗が滴り落ちていく。
しかし。
群青髪の傭兵は、走り出していた。
彼はただ、知りたかった。
誰が、なぜこんなことをしたのか。
そこに何があるのか。
考える前に、足が動き出してしまっていた。
紫髪の少女はその背中を見つめ、唇を噛み締めて。
ーーーー義足の火力を爆発させた。
*
「ごほっ……ごほっ…………」
カレンは、黒煙が立ちこめる爆発現場で立ち尽くしていた。
まるで火山の噴火後である。
大小の飛来物が散乱し、至る所で火の手が上がっているようだ。
辺り一帯に呻き声が響いているも、視界が悪すぎるせいでほとんど何も見えない。
ただ、むせ返るような血の匂いがする。
カレンは外套の襟を口元まで引きあげ、剣で目の前の空気を一閃した。
その風圧によって黒煙が切り払われる。
開けた視界で彼が見たのは。
「……これは、惨い………………」
ーーーーバラバラに飛び散った、兵士の四肢だった。
腕なのか脚なのかはもう定かではない。
ただ、赤黒い血がそれらの下に大きな染みを作り、カレンの足元にまで到達していた。
戦場慣れしているカレンも思わず隻眼を顰めるほど。
見れば、様々なところにもう原型を留めていないような死体が転がっていた。
眉をひそめたままじりじりと歩みを進めると、足元で何かが動いた。
「…………ぁ…………あぁ………………」
「……!?」
極微かに、鼓膜を震わせた声。きっとカレンほどの聴力の持ち主でなければ感知されないような、小さな呻き声。
しかし、彼は確かにその声を聞いた。
「誰か生きてるのか!? おい、大丈夫か!?」
ザッと地面に膝をつき、低い姿勢になって辺りを見渡す。
すると、積み重なった瓦礫の下からほんの少しだけ、ボロボロになった布の端が見えた。
「ここか…………、待ってろ、今出してやる」
素早く瓦礫の山の全容把握し、バランスを崩さないように的確に瓦礫を撤去していく。
徐々に見えてくるその声の主の姿に、カレンは息を飲んだ。
最後の瓦礫をどけた時、そこに現れたのは、下半身全てを失っていた男だった。
爆発によって下半身が吹き飛ばされ、そのまま瓦礫の下じきになったことで幸か不幸か出血が食い止められていたのだろう。
今、鮮血が腹の下から噴き出し、その男の服とカレンの顔を赤黒く染める。
外套を脱いで傷口に当てたカレンだったが、その処置も虚しく出血は止まらない。男がまだ絶命していないのが不思議な程だ。
「止まれ……止まれよ…………!」
カレンの瞳に、額から滴る汗が染み入ってくる。
あまりにも惨いその姿に、カレンは叫ぶように声を上げる。しかし、その叫びは低く掠れ、ほとんど声にならない。
「こ…………ろ、して…………くれ…………」
男の息が、微かな声が、唇から漏れる。
痙攣を続ける彼の唇の端からも赤黒い線が落ちる。
カレンは、その手に持った剣を思い出す。
これなら、いっそ。
一思いに、殺してやれば。
返り血に顔を染めたカレンがそう決意した、刹那。
彼の頬に、黒い影がかかり。
ーーーー男の首が、飛んだ。