襲撃、そして逃走
「逃げろ、って言われてもよ…っ!」
と言いながらも勢いよく走り出す店主。彼に矢が向かうことはなく、狙いは自分に引き付けられたようだと息をつくカレン。
しかし、依然として様々な方向から次々に飛来する矢が彼の行く手を阻み、思うように動くことができない。
「どうなってるんだよ、本当に……!」
息を荒げながら一階を走り抜けて応戦するカレンの頬を一本の矢じりが掠めた。
「痛っ……」
頬を伝う赤い雫に彼が僅かに反応した、そのとき。
「避けて」
ーーー極限までひそめられた声が彼の鼓膜を震わせた。
それは、カレンにだけ聞こえるように意図して出された声。
それを察した彼は、横方向に勢いよく飛び退った。
眩い閃光が彼の目に光の筋として捉えられると。
「ぐあっ……!!」
「ッア……!」
「が、は……っ」
銃弾が、襲撃者たちを撃ち抜いた。
至る所で上げられる呻き声。それらはどれも男の低い声であった。
「弓兵…? 何で、こんなところに」
事切れた襲撃者に近づいてカレンは武器である弓矢を奪うと、目を凝らして眺めた。
「何をそんなに悠長にしているの」
と、背後にいきなりかけられた声。
「悠長に…って、そんなつもりは」
「ここを出るわ、急ぎなさい」
「あっ、お、おい!」
淡々と、いつもと変わらぬ声音で告げたエアルは、踵を返して建物の外へ走り出て行ってしまう。
仕方なく、彼女の後を追ってカレンも建物の外に飛び出した。
背後の建物を振り返り、心の中で店主に小さく手を合わせる。
(悪い、お前の宿の中は血塗れの惨状だ…。掃除を頑張ってくれ…!)
きっとサルカスがあの様子を目にしたら腰を抜かすだろう。申し訳ないが、致し方ない。
未だ空は輝き、足元を濃い赤に照らしているために、彼の目には明るく見える。
迷いなく森へと入っていく少女の姿を追うが、行き先がしっかりと見えるのは心強いものだ。
森を駆ける少女は何かから逃げるようにその速度を緩めることなく、レザリアを手に進んでいる。
先程の弓兵の襲撃も、エアルを狙ったものだったのだろうか。
ーーーそして、彼女には何者かに追われることに対して心当たりがある?
そう、感じた彼の背後で、囁き声がした。
「……悪魔、さん」