表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第1 - 4章 【剋殺・過去】
95/232

87話 『剋殺』

「次は何をしたんだよ!」

「見ればわかる通り、周りから一切の干渉を受けないように完全防御風壁を張っただけですが」


 私は空を見上げようとしたが、風壁はドーム型になっており、月の明かりがぼんやりと見えるくらいで、他はほとんど真っ暗で何も見えなかった。私はライトを唱え、出てきたスライム状の発行生物をリフレクションミラーに何回か当てて光の強度を上げた。

 スライム状の発行生物を地面に置いた。


「干渉を受けない……? ふはは、ははははは!」


 少年は唐突に大声で笑い始めた。

 何かおかしいことでも言ったか、それとも何かあったのか。それともこの状況を靴が得ず策でも見つけ出したのか。


「どうしたんです?」

「空間が狭められてる状況を自ら作るとはなぁ! その魔術を使う相手が悪かったな!」

「はい?」

「ボクのタレントは触れた奴に何らかの異常を付与する。つまり、この空間でボクがおめぇに触れれば勝ちってことなんだよ!」

「なるほど……」


 そうやらぬいぐるみの言っていたことは本当の事だったらしい。触れることで相手に状態異常を来す、それが彼のタレント能力だ。

 ああでも……私から相手が悪かったと言いたい。


「リスタート!」


 少年の体は赤いオーラを放ち始めた。それと同時に、少年は口から血を吐いた。


「これでお前はボクに速さで勝てない!」


 どんなに強くたって子どもは子どもだ。考えが浅はかで、その後の事を考えない。彼が正面からくるのであれば、私にだって考えがある。子どもだからと言って、『手加減』なんて言葉は許されない。


「能力向上系のスキルですね」


 少年は体を黒く変色させ異常な速さで走ってきた。思った通り、正面から殴り込みに来るらしい。

 少年が目の前に来て、私を掴もうとした瞬間に、私はある魔法を唱えた。


「ショック」


 そう唱えると、少年は目の前で体勢を崩し、地面に倒れた。黒く変色した少年の体はやがて肌色に戻り、ただの少年になった。


「ほら、私は優しいでしょう? 貴方を気絶させるだけで済ませた。倒されてないだけマシでしょ?」


 私の横に倒れた少年は、微動だにしない。もう完全に気を失っているようだ。なんと短い戦いであったのだろうか。強気になり、弱気になり、また強気になる子どもをこうやって気絶させ、私自身は殆ど戦わずに勝利を掴み取った。

 私はスライム状の発行生物を頭の上に乗せ、少年を抱きかかえて前方に進んだ。周りにあった風壁は勝手に消滅して消えてしまった。空を改めて見上げると、さっきまであった薄暗い雲は消えて、無限にあるかと思える星々が輝いて見えた。

 空を見るのをやめ、前を見ると、私と同じ年ぐらいの女の子が、カグラさんの頭を自分の膝に乗せてカグラさんを休ませていた。

 その女の子は私が抱えているダモンを見るなり、地面に毛布を置き、カグラさんの頭をそっと毛布の上に置いて、慌てて駆け寄ってきた。


「弟がすみません……迷惑かけてごめんんさい……」


 何度も何度も頭を下げて誤ってきた。


「いいんですよ。それより、貴女はパミルさんですか?」


 その女の子は頷いて私が抱えているダモンを自分で抱きかかえた。そして、ダモンのズボンのポケットから小さな物体を取り出して、地面に置くと、その小さな物体は煙を出し、ポンッと大きくなった。その小さな物体は……鉄製の銀色両手鍋? その鍋はとても汚く、サビ、というより黒茶に変色して酸化しているような部分が多くあった。


「あの、これは?」


 私が訊くと、ダモンを地面で横にさせ、その両手鍋を掴んだ。


「これは『幸福のお鍋』です」

「コウフクノオナベ……」

「そうです。これの中に入るとずっと幸福感に満たされ続けるんですよ。今はこんな状態なもんで、入ろうにも入れないんですけどね」

「入る……? この家庭用と同じくらいの大きさの鍋に?」

「そうです。そして、この中で私が魔力を放出することによって、この大陸に恵みを与え豊かになり、皆が幸福になる、という寸法で今までやってきてたのです。周りを見ると分かる通り、ここらへんは岩しかないように見えますが、前までは草木はしっかり生えていて、この奥の鍋置き場にも山の綺麗な水が湧いていたんですよ」

「へぇ……」


 パミルは俯いて、鍋を地面に雑に落として自分の胸の間に重ねた両手を当てた。


「ですが、この鍋の欠点として、『大陸に存在する魂を持つ生物の欲や嫉妬心などの醜悪を吸収して劣化する』という残念な面があるのです。あれはいつのことでしょうか……今までは醜悪と幸福が均衡な状態にあったのですが、少し前にもの凄い強欲者が一人か一体いたらしく、南の森で女の子を攫って自分の嫁にするということを企てた人がいたらしいです。その人の強欲さ加減が、この鍋に大きな影響をもたらし、劣化が急速に進みました」


 あっ。


「中にいた私は、その汚濁に耐え切れず、鍋の外に出て倒れ、霊化しました。あ、死んだわけではないですよ。ただ、自分の体を汚濁から元に戻すために一旦魂と体を切り離しただけです。体はその台座の後ろに寝かせておいて、先ほど汚濁が消えた体の私に洗礼された魂の私をくっつけました。で、話が戻りますが、それから弟は私がいなくなったことに焦りに焦って、その上、人や魔物の醜悪さによりこの鍋が直ると勘違いして、また弟のスキルが見事に人の心を汚すものであったこともあり、今に至るわけですね。正直なところ、パミルという名でこの大陸の名前を背負わされている身として、こんなに情けない話はありませんよまったくもう」


 パミルはダモンを見て、腕を組んで頬をぷくーっと膨らませた。

 受動態なのはあえて気にしないでおくとしよう。

 それはそうと、なるほど……最初のことがあって今に至ると……綺麗な布石を作ってしまったものだ、あの狼さん。

 パミルは自分の金髪を今の時期に見合わないワンピースのポケットから白い髪留めゴムを取り出し、髪留めゴムを口に咥え、両手で長い金髪を後ろで一つにまとめ、口に咥えていた髪留めゴムを右手でとって広げて纏めた髪にはめた。


「だからダモンが無理やりに人や魔物の醜悪さを出していたけれど、それは全くの逆効果だったと」

「そうですそうです。そして、まったく直らない鍋と私の安否が心配で、自分がしていることにより鍋が汚されていることに気づかず、このまま事が進んでしまったのです」

「愚劣ですね」

「その通りです。ホント大馬鹿な弟で困らされています……って違いますよ! この大陸異変については七割私が悪いんです!」


 急に肩をなでおろしたと思いきや、手で私にツッコミを入れてきた。これぞ典型的なノリツッコミというものだろう。


「とりあえずこの鍋を直すには、今まで溜まってきた分の醜悪を還元する程の幸福をこの鍋に注ぐか、もしくは高位な浄化魔術や浄化スキルを使って汚濁を取らなければいけま――あっ」


 パミルは何かに気づいたようで、私の右手を両手で手に取り、力強く握りしめてきた。


「まじっくくりえいと……? でしたっけ、それでお願いできませんか? いやお願いします! パミル一生のお願いです! やってもらえたら何でもします!」

「今、何でもするって言った?」

「も、もちろんですとも! もちろんです! この大陸の自然いのちや私の信用に関わってくるので、とても重要な案件なんです! 何でもしますからお願いします、何でもお願いされます、うぅ」


 私の手を掴んだまま地面に座り込み、泣き出した。それほど重要なことは私だって放っておけないね。何でもしてくれるという条件付きだし。


「分かったよ。それじゃ、マジッククリエイト!」


 頭の中で女性の機械音声が流れた。


〈魔法創造魔法陣オン。属性、位設定、魔力消費量、効果・威力の設定、名称、の順にお決めください〉


 思ったけどこれ、この順に決めなくてもちゃんと作動するよね! 私前やったけど、名前を先に決めた方が絶対にやりやすいよね! というわけで、


「名前はクリーンオール。水属性の上位魔法、MP消費量は八十六、効果は、魔法の対象の物体の汚濁を全て洗礼して浄化する。威力は零!」


≪――魔法の創生が完了しました≫


「それじゃあそのお鍋を私の前に」


 パミルは目を輝かせて私の前の地面に両手鍋を置いた。そして、少し離れて、まるで新作のゲームが店で発売する当日に、店の前で誰よりも先に並び早く早くとウキウキして店の自動ドアを見つめる子どもみたいに両手を胸の前で合わせていた。

 私はポーチカラ魔力回復薬を十個取り出し、一本ずつ上に放り投げた。魔力回復薬は頂点に足した瞬間に割れて、ビンの破片を残さず中の液体だけが星屑みたいになって私に降り注いできた。


「クリーンオール!」


 私がそう唱えると、両手鍋が透き通った水の泡に包まれて、次第に光沢を取り戻していった。数分間待つと、両手鍋の汚れのようなものは全て消え去り、輝かしい銀色の鍋になった。

 上位魔法ということで、MPの消費量を上げれる分あげたのだけど、便利な魔法を作っちゃったなぁ……


「ありがとうございますありがとうございます! あとは私がここに入って……」


 パミルは両手鍋を大きな泡から取り出した。


「早速なんだけど、さっきの何でもするって言ったこと覚えてるからね?」

「うっ」


 パミルは鍋を台座に置いた。


「わかってますよ。で、なんですか?」

「とりあえず、何でもの中身は置いといて、まずは聞きたいことが山ほどある。特にカグラさんのこととか、パミルさんやダモンのこととか、ね」


 パミルは下を向いて、顎に手を当てて頷いた。

次話もよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ