86話 『優しさ』
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彼女は山の頂に行った。彼はきっとそう言いたかったのだろう。ああそう、きっと一人であの子を倒しに行ったんだ。一人じゃ勝てるはずもないと分かりきっているはずなのに。彼女が怒りに任せて行くということは、きっとそれに触れる何かがあったということだろう。例えば、彼女が拾った子である幼女が殺されたとか、あの時村長の家にいた人たちが、あの子の手によって皆殺しにされたとか。
私は静寂の夜の中、静かに歩き続けた。ぬいぐるみには行かない方がいいと言われたけれど。低酸素だか、極寒だかは知らないし今は関係がない。
――歩き続けて何分か、何十分か、もしかしたら一時間以上経過したかもしれない。
開けた場所にたどり着いた。これ以上の登り道はない。奥を見ると、一つ人影があった。あの身なりは、おそらくサンソン集落の村長……ではないだろう。
「おやおやそうしたのですかな? このようなところまで一人で」
村長ではない人影が少し横に移動した。人影が移動すると、奥にまたもう一つ、倒れている物があった。
「こいつ……カグラを探しに来たのですかな? お嬢さん」
「…………」
私は黙ったままでいる。
「ボク……私に盾突くからこんなことになるんですよ。でも安心してください、お嬢ちゃん。カグラは残念ながら、まだ死んでおりません。ボクは君たちがこの姿を見て、恐怖する姿を見たかったのです。しかし、今はなぜかお嬢ちゃん一人しかいない。せっかくあの雑魚に、『カグラは山頂にくる』と、伝えておいたのに、姉ちゃんは誰にも知らせずに来たんだな?」
次第に村長ではない人の声が、老いた声から幼い男子の声に変わっていく。私は黙り続けた。
「焦ったのかな? 他の人に知らせると、迷惑がかかるとでも思ったのかな? はぁ……馬鹿だね、愚行だよ。姉ちゃん」
「…………」
その影は姿を変えて、ボロボロのシャツに短パンをはいたを着た少年の姿に変わった。
「今、姉ちゃんは怒っているかい? 集落の奴らを皆殺しにされたことも、旅の仲間を殺されかけているこの状況も。俺が憎くないか? 憎いよな……殺したいほど憎いよなぁ!?」
「全然憎くないし、もう怒ってもないです」
少年は大声で私を嘲笑った。
「あは、ははは! 強がってんじゃねぇよ。本当は一人で来たことも後悔してるんだろ? 絶望もしてるんだよなぁ!? あぁ!?」
私は深いため息を吐いた。
「そうですね。少し後悔しています」
一人で来たことが対象ではないけれど。
「お前を殺したら他の仲間共も殺してやるからよ。村人に憑依して、お前らが泊っているあいつらの顔をしっかりと覚えたしなぁ……」
ああ、だから食器が四つ……彼女ですら気づかなかったのか。
「顔を覚えて殺す……だから何なんですか」
「はぁ? お前の仲間だろ?」
「仲間です。だから何と」
「……まぁいい。今からお前は殺されるのだから、その後の事は関係ないよな」
少年はポケットに手を突っ込み、腕輪を取り出した。その腕輪を自分の左手にはめた。
「あの集落の村長が偶々持ってたからなぁ……大切そうに大事に抱えて抵抗して……だからさ、体の中身を全部取って、奪ってきてやった。マタニハスの腕輪……これがあれば魔法の威力が超強化できる。もう、この大陸ではボクが最強ってことだ。潔く諦めな、姉ちゃん」
「それは聞けないお願いですね」
「は?」
「私は、私に一瞬でも憤りと悲しみという心理的状態異常を付与した貴方に優しさを与えなければなりませんから」
少年は首を傾げ、少しずつ笑い始めた。
「何言ってるのかわからねぇけど、とりあえず俺に抵抗するってことだよな? なら、今すぐにでも殺してあげるよ」
少年は右手を真上に掲げた。
「姉ちゃんくらいの雑魚ならこれで終わりだろうよ。じゃあな姉ちゃん。少しでも話すことができてよかったよ。ファイヤリー」
掲げた右手の掌からファイヤよりも大きな火球が作られ、私に向かって一直線に飛んできた。
「リフレクションミラー」
そう唱えた瞬間に私の目の前に透明な板が現れ、少年の放った魔法を私の少し前に弾き返した。
その弾いた火球が地面に当たり。大きな砂煙を起こした。
「……何故生きているんだ? ボクの強化魔法を耐えた……? んなはずない、そんなはずはない! お前、何をしたんだ!」
「弾いただけですが、何か問題でも?」
「弾いただと……? っ――! ならば……」
少年は両手を前に出し、まじないを唱え始めた。
「黒き命を支配し、精神を狂わせよ! 我が神性に応じて発し、我に従わない命を黒き狂鬼に! ムドク!」
少年の手から黒い液体が飛び出て、私の体全体を覆いつくした。目の前は真っ暗で何も見えない。ああ、正夢か、今日みた夢はこの為にあったんだな、そう思った。
私はその体全体を覆う黒い液体を、フレイムを唱えて焼いた。私の視覚は、先ほどと同じような景色に戻った。変わったところがあるとすれば、少年が座り込んで、震えていることくらいだ。
「どうしたんですか? 座り込んで、震えて」
「なんなんだお前は……初めに会った時はただの雑魚だったはずなのに、ボクのスキルも通じないなんて、何で……なんで……?」
「貴方は人の心に影響のあるスキルを使ったみたいですね。でもそれは全く意味がありません。だって、今の私には、『優しさ』しかないのだから」
「一体何言ってんだよ……何言ってんだよぉ!」
少年は座り込みながらも、魔法を何度も何度も唱えてきた。私はリフレクションミラーを最高数であるの十枚出して、全て弾き返した。
「何で、何で……ボクが、強くなったボクが負けるはずがない! せっかくこれまで努力をしてきたんだ。なのになんで神性も持たない人間如きに……ありえない! ありえないありえないありえないありえない!」
少年は魔法を唱えながら、何度も何度も同じ言葉を叫び続けて、それは惨めな赤子みたいに。
それは、いつかの私みたいに――
私は魔法の防衛を鏡に任せ、ポーチから魔力回復薬を七個取り出して、全て上に放り投げた。
魔力回復薬の入ったビンは空中で全て砕け散って、私に降り注いだ。
「すみませんが、昨日あたりから私にずっと憑いている後ろの貴方、十分に魔力は回復したでしょうから、奥に倒れている彼女の回復をお願いいたします。私は、彼との決着……いえ、彼を話をしたいので、一旦、貴方と彼女と私と彼との世界を物理的に切り離します。とりあえず、貴方は私から離れてください」
私の魔力を吸い込んでいた透明な生命体が私から離れていくのを感じた。
ずっと私を見ていたのなら分かるでしょう。
「ではダモン君。私が今から優しさという名の制裁を与えてあげます。シャットアウト」
そう唱えると、私と少年を囲むように、大きな風壁ができた。
「ここからは、私の手番です。心配はいりませんよ。私には優しさしかありませんので」
私は、笑顔で少年を見た。
次話もよろしくおねがいします!