75話 『魔法は教わるものでもあり、創るものでもある』
足音が次第に大きくなっている。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うが、物陰に隠れられては当たるまい。そろそろ私も迎撃準備に移ろう。さてさて、どんな魔法とどんな魔法を融合させようかな。一プリーストクラスである私が考えることではないが、使えるからには使わせていただこう。せっかくそういう才能があるのだから!
……足音が洞窟の外まで出てきたようだ。
岩の後ろから様子を見ると、洞窟を通り抜けてくるのがやっとの程の巨大な生物が辺りを見回していた。私を探しているのだろうが、そうそう見つかるま――
岩に矢が当たる音がした。一体どこから……また覗いてみると洞窟内部から飛んできているようだった。あの巨大生物が矢を放っているわけではない。まだ中に、あの巨大な生物に付いてきている後衛の魔物がいる。この戦闘はそううまくはいかないかもしれない。お兄ちゃん、マグさん、カグラさん。私の我儘で勝手に一人で来てしまったけど、死んだらごめん!
『ドコニイル……』
この威圧感、殺気。間違いなくあの巨大な生物だ。牛……巨大な斧と盾を持って、鎧を身に纏っているミノタウロスと言ったところだろう。あれがキューポイか。そりゃ見るからに私達では到底倒すことができないわ。もう少し可愛い魔物だと見縊っていた。ここまで悍ましいと、この生物を食べて平気なのかとすら思ってしまう。絶対に筋肉質で美味しくない!
初撃を防御が薄い時に確実にしてしまいたいところだけれど、最初は後衛であるアーチャーから処理していこう。
後ろの魔物に対して有効な魔法は……そうか、洞窟の中から矢を放ってきているのなら、それを塞き止める壁を作ってしまえば……
「アースを同魔法で融合、座標は……大体この辺り!」
この土魔法に関しては、魔法の出現場所をブックのタッチで決められることが非常に便利だ。
洞窟の穴が塞がれ先程まで横雨のように飛んできていた矢は完全に途絶えた。それより、先程までブックに魔物表示がされていた場所に魔物のアイコンである赤丸がない。つまり、やった。
私はすぐ魔力回復薬を十本飲み干した。
『ドコニイル! コソコソカクレテイナイデデテクルガヨイ!」
私はチキンだからそんなことはしません。
「アイスーとウィンドを融合」
アイスの魔力玉とウィンドの魔力玉を合わせて、白いボールを作り出した。そして――
「ライト」
ミノタウロスの真上に向けてライトを放ち、頭上で発光させた。
案の定、ミノタウロス……キューポイは上を向いた。私は先程作った融合魔法の塊をキューポイの足元まで転がした。
「発」
私がそう言った瞬間、氷の刃が竜巻とともにキューポイの体を切り裂いた。キューポイは酷い叫び声をあげた。なるほど、こうやっても使えるんだ。なかなか面白いことを学ばせてもらった。それに驚いたことは、融合魔法の魔力消費は、最初に使用した魔力に依存するということ、そして、魔法を発動するまでは魔力を失わないということだ。それはつまり、二つの融合魔法を作って、二つ塊を作れば、今の私のMPであれば一つ使った後に二回目がすぐ使えるということだ。色々と勉強になる。
私は魔力回復薬を先程よりも多く飲んだ。何十本も飲んでいるはずなのに、お腹のたぷたぷ感がほとんど無くなっている。魔法を使うと飲んだ魔力は消えてしまうということか。
『グゥ……ココマデノマリョク、ソウトウノキョウジャトミタ。ナラバワレモホンキヲダソウ』
キューポイの周りに黒いオーラが纏わりついた。
これは……あのゴブリンと同じオーラ……! 何故この洞窟に棲むキューポイが……!
『ダモン様ヨリ授ケラレシコノチカラ。貴様ニ使ウガ解と見タ』
このキューポイはダモンの支配下だったか……! これは厄介なことになった。紫外線よりも!
『サァ出テコイ。真ッ当ナ勝負ヲ志望スル』
「はぁ、分かったよ。キューポイさん」
私はため息をつき、息をのんで岩陰から出た。キューポイは私を見て、ニヤけてその後笑った。
『キュー……? フッ、貴様ガ、貴様ノヨウナ、下等ナ人間ノ子風情ガ俺ノ相手デ、カツ俺ニコノ状態ヲ作ラセタトハ、ハッハ、アーッハッハ!』
ここまで言われると馬鹿にされてる気分しかなくて、少々ムカついてきてしまう。
「そうですか。そんなに面白いことですか?」
『アアソウダトモ!』
「そっか……じゃあもう一つ実験をさせてもらうからね」
『無様ナ雑魚下等生物如キガコノ我ニ対シテ実験ナドト……抜カスナ!』
私は、今まで人を殴ったり蹴ったり、夏場の蚊以外の生物を無暗に殺しては来なかったけれど、今回は別だ。蚊は命を繋ぐために人の生き血を吸う。人間は、その蚊の本能に逆らい、反撃し、蚊を叩き潰して殺す。
ならば今の私は、そんな蚊を目の前にしている状況と同じとも言えるだろう。だからこそ、蚊みたいにムカつく奴は、私の倫理に反して殺す必要がある。
――これが人間にとっての正義であり、生きる本能なのだから。
『我ハ貴様ヲ喰ラウ! 見ルカラニ美味ソウダカラナァ……!』
「それって変な意味じゃないよね? まぁどちらにせよ、もう一つの実験はさせてもらうよ。既に、私の能力がこの世界の魔物でどれ程通じるかも分かったからね」
『フン! タワケガ! 貴様如キニ何ガデキル!』
キューポイは私に向かって巨大な斧を振り被ってきた。あの時、集落でゴブリンに会った時と同じだ。その斧の動きはとても遅く感じる。容易に避けることができる。
『クイック!』
キューポイは自身に強化魔法を唱えた。クイック……速度上昇の強化魔法だろう。だが、私にはそれでも斧が遅く感じてしまう。
キューポの攻撃は、一撃、二撃と、次々と避けられた。素早さはカグラさん以下であり、身体能力だって、メルちゃんに及ばないはずなのに何故避けることができるのか……
キューポイは振り疲れてしまったからか、動きを止めた。
「それじゃあ、次は私の手番かな」
『クッ……何度モ何度モハエノヨウニ動キヨッテ……』
ハエは元世と異世界共通単語なんだ……
「魔法は教わるもの。でも、その魔法を創り出したのは誰なんでしょうか」
『ナニヲ云ッテイル……!』
「ゲームマスター? いいえ、プログラマー? そうです。プログラムによって創られました。なのであれば、魔法を生み出すコードは必ず存在する。それが、ゲームというもの」
『ナニヲ……』
「マジッククリエイト!」
私がそう言った瞬間、私の周りに複雑に描かれた魔法陣か敷かれた。やはり、この唱え方で間違いはなかった。間違えてたら今までのカッコつけがダサすぎてショック死してしまっていたかもしれない。セナさんが横文字大好きお姉さんだったことを運が良かったと思おう。
すると、私の頭の中で機械音性が流れた。
〈魔法創造魔法陣オン。属性、位設定、魔力消費量、効果・威力の設定、名称、の順にお決めください〉
「火属性中位魔法に設定、MPの消費量は五、効果は燃焼、威力は大、名前は……『フレイヤ』!」
その設定が終わると、高い音が効果音として鳴った。そしてまた機械音声が流れた。
〈そのように設定いたします。これからその魔法はこの世界で貴方のみ使用可能となります〉
この世界内で創った魔法は創造者本人にしか使えなくなる設定なんだ。
『貴様マサカ……魔法ヲ創リアゲタトイウノカ……?』
「はいそうですご名答。それじゃ、実験も終わったことだし、お開きにしよう。私は貴方みたいな蚊に抵抗をする人間風情だからね。……フレイヤ同士を融合!」
私が両手をあげると、頭上に巨大な火の玉が作られた。融合魔法は切り札にして最終手段なのだから、MPを超越しても使用できる能力だからと分かったからこその手段だ。
「またどこかで会えたらいいね! その時は、正々堂々私も正面から勝負をできるようにするよ! せいっ!」
残念な掛け声とともに、腕を下に切った。炎球はキューポイに直撃し、周囲一帯を炎柱で包み込んだ。キューポイは悲痛な叫び声をあげて、皮膚一つ残らず燃え散ってしまった。今日のご飯にしようと考えていたのに、やり過ぎた! でもカッコよく決められたから良しとしようかな!?
とっ、ともかく、コードが『マジッククリエイト』であることが分かったのだから、これからはピンチの時だけに使うことにしよう。それ以外での使用は避けたい。それも、皆が意識を失っている時か、誰にも見られていないところでだ。セナさんや他の人にバレてしまっても厄介事になるだけだし。
と、今の時は……七時か。そろそろ皆も起きてくることだろうし、早く集落に戻ろう。走ったからかお腹も空いちゃったし。
私は今まで来た草木が殆ど生えていない道を戻り、看板がある分かれ道の場所まで来た。よく見ると、奥に細道がある。それに、掛け看板もあった。近づいて、目を凝らして薄い文字をよく見てみると、こう書いてあった。
『キューポイの住処への裏入り口はこちらから!』
その看板にも絵が描かれており、鉄の花輪を付けた可愛らしい牛のマークが描いてあった。
あれ、じゃあ私がさっきまで戦っていた巨大な牛は一体……? もしやマジもんのミノタウロスじゃ……うーん。
私はその疑問を持ち帰り、食料庫から野菜をポーチに詰めて、地下のサンソン村に降りた。その後、部屋でいつものエプロンに着替え、料理を先に作って、皆を起こしに部屋を巡回した。
皆、非常に眠そうだった。
勘の良いガキは嫌いです。
次話もよろしくお願いします!