71話 『発見!』
少し上に来ただけなのに、木はあっても草がない。あるのは岩や小さな石ばかりだ。
歩いて数十分は経っただろう。綺麗な白い砂で道を作ってくれているのはいいが、何かを探すとなると道から逸れ過ぎて迷ってしまいそうだ。
道を塞いでいる大きめの岩を精一杯の力で動かして、奥へと進みながら呼びかけ続ける。さっきから一言も反応はないし、人子一人いない。私ののむなしい声があるだけだ。
セナさんは気絶させられているかもしれないし、この耳をもぎ取られたから耳がよく聞こえていないのかもしれない。痛くて藻掻いているのかもしれない。感覚や神経は実際の体と繋がっているみたいだから、実体が気絶しているなんてことがありえなくもない。
私のこのエプロンのポケット叩いたら出てくるとかないかな。
そう思い、千切られた耳が入っている右のポケットを一回ポンと叩いてみる。すると、今まで何の変化もなかった耳が微かに動いた。
気持ち悪っ! 何で耳だけなのに動くの!
私はそう思いながらも、反応があっただけマシだと自分の頭に考えさせて、耳を地面に置いて、両手で更に早くペチペチ叩いた。他に、擽ってみたり、掴んで振り回してみたり、あらゆる方法を試してみた。一番効果があったのは、耳を擽ったこと。そこまで反応するかと言うくらいに大笑いする声が聴こえた。大笑い過ぎてむしろどこにいるのかすら分からなかった。
「あー、あー、セナさん聴こえますか?」
耳はピクリとも動かなくなった。ただの神経の塊へと化したようだ。一人でマイクテストをするのがどれだけ恥ずかしいか分かってないらしい。
耳を片手に、私はまた歩き続けた。たまに耳を親指で押すと反応がある。
……物陰から笑い声が……
近所の八百屋さんが野菜を入れて運んでくる二輪の荷台がある。あの後ろに白い物体が見えるから、あそこにセナさんがいることは間違いないだろう。
私は荷台の横を回って、その白い物体に近づいた。そして、改めて呼びかける。
「セナさん?」
ウサギのぬいぐるみは立ち上がって、私を見るなりすぐにポーチの中に入った。
「怖かったぁ……あんな強い魔物最初の大陸で出たっけかな……私のタレントは効果が無かったから、一概にも魔物とは言い難いか……」
ポーチの中で震えているのがよく分かる。
「セナさん。はい、耳」
私は上半身だけ出しているウサギのぬいぐるみに耳を手渡した。
「いやぁ、ありがとありがと。この耳を持っているってことは、アレにあったのかな?」
「そうだね。会ったよ。存在感は薄いのに威圧と煽りのスキルは高い子に」
「じゃあ、あいつの正体には気づいているよね?」
「一応ね」
「そこまで分かったのなら問題はない。ただ一つ問題があると言うとすれば、強さが私の想定していた強さよりも断然違うということ。二十年前なんてただの雑魚だったのに」
そうか。セナさんは二十年前は一応この大陸を支配していたんだっけ。
「この世界にいる人は、皆自由意志を持つ。キャラクターも増えていくし、私の知らないキャラクターだって存在もする。そこらへんの、プログラミングして文を言わせるゲームとはちょっと違うのよ。自分で考えて自分で行動を起こす。強さだって、自分たちの努力次第で変えることができる。それでも、あそこまで聖鳥するとは思わなかったわ。赤ん坊だと思って見逃していたのが間違いだったのかも」
私がここに来る二十年前のことは分からない。セナさんがこの大陸を支配して何をしていたか。パミルとダモンはこの大陸で何をしていたか。検討すらつかない。
ただ、今、この世界の住人は皆自分の意思を持つと聞いた。所謂人工知能みたいなものであろう。それでも支配欲が消えていないとすれば、ただ単純に暴走をしたとも考えられる。
「ダモンって赤ん坊の時があったんだね」
「そうよ。パミルとダモンは兄妹同士。パミルが姉でダモンが弟言うのは聞いたでしょ?」
「うん」
「あの子たちは元々、サンソン集落の近くに住んでいたのよ。私がこの大陸を支配している時に、サンソン集落に顔を出したことがあるんだけれど、その時、道中でパミルとダモンの家を見つけたわけよ。ボロボロの家屋だったのだけれどね……」
セナさんの話は長々と続いた。
パミルとダモンは、セナさんが訪問した時、パミルはまだ少女で、ダモンは赤ん坊だった。そして、その時、他にも誰かを養っている雰囲気がしたらしい。二人の家族であるはずなのに、皿が一枚多くあったり、椅子が三つあったり、可笑しいところが数か所あったそうだ。村長の話を聞いた私だけはよく分かる。それは間違いなく、カグラさんだろう。女の子の手一つで二人を養っていたなんて……うちを思い出してしまう……お母さんは女の子じゃないけれど……
セナさんはその時、パミルの力に気づいた。普通の人間の子ではないということも。
それを放置しておいたセナさんが悪くて今に至るわけだけど。
「あの強さは尋常じゃないわ。パミルもパミルで厄介な子だけれど、ダモンの強さは異常とも言える。まるで誰かの力を奪ったかのようだった。本当なら物語の後半以降で出すレベルよ。適正レベルは七十三と言ったところかな。マグはかなり手加減してたけど、今度は手加減はされないと思う。本気で殺しにかかってくるはず。だから、一週間くらいかけて念入りに作戦を練り、態勢を整えるのが重要ね。それでもちょっとキツいけど」
「いや、それカグラさんにそうしようって言われて、そうしてるんですが。それにセナさんを探すの凄い疲れたんだけれど」
私はポーチに入っているウサギのぬいぐるみの目をじっと睨み続けた。
「え? そうなの? ……ごめんなさい」
「それじゃあ帰ろう。皆お腹を空かせて待っているかもしれないから、食料も調達しないと」
私は逆戻りして、今までの白い道に沿って、今度は下って行った。既に周りは暗闇に包まれていたが、空には満天の星空が広がっていた。今日は特に雲がなかったらしい。私の頭に乗っている光が一層輝いて、夜道を照らしてくれる。太陽の概念があり、月の概念もある。この世界がどんな形になっていて、この世界の周りにはどんな世界があるのかも分からないが、この世界にいるだけでも、自分は本当に生きているんだということを実感できる。
――もしかしたら地球っぽく丸みを帯びている星なのかもしれない。記号の星みたいにカクカクしているかもしれない。それでも、この世界では人間が生きている。私たちであっても、同じ空気を吸って生きることができている。食べ物を食べるとか、何かを見たり聞いたりすることで【生】を実感してきたけれど、普通に生きていることで生を実感することができていなかった。今、私は、ぼこぼこの山道を歩いて、非現実的な魔法を使って、動くはずのないウサギのぬいぐるみが動いているのに何の動揺もしないのに、生きているとこんなにも実感することができている。この世界にのめり込むわけではないが、この世界での経験は、現実世界に行っても生きるということを実感させてくれる機会になるのではないかとも思える。
……一人で何を考えているのだろう。今は今だ。皆が食料を取ってくる私を待っている。さっきまでは、探しながら歩いていた為登るまでに時間がかかっていたが、ただ集落に向かうだけとなれば、すぐに着く。というかもう着いた。
「食糧はどこにあるんだろうなぁ」
あるのは灯りがついていない静寂の家々だけ。食料なんて探していたって無駄な時間をとるだけに思えてしまう。
「食糧ならあそこの家にあるよ?」
「え?」
セナさんが指した方向には、村長の家があった。
「どこにあるの?」
「玄関に入って、すぐ右の通路の奥の部屋」
「マジか」
「マジです」
メルちゃんにぶっ飛ばされた後、丁度食糧倉庫に落ちたらしい。屋根に穴が開いていた。運がいいのか悪いのかよく分からない。
その後、私は言われた通りの場所に行き、大量の食糧が入った倉庫に入り、人数分の食糧を四次元ポーチに入れて、暖炉の火を消しまた点けてから梯で下に降りて行った。
次話もよろしくお願いいたします!