64話 『秘密の入り口』
この集落には家が多くある。カグラさんに付いて行くだけでも、見える範囲で六軒以上はあるだろう。家の造りはほとんど同じで、おそらくは山に生えていた木を使って造ったのだろう。太陽の向きは、この大陸では基本的に山とは反対側、つまり南側だから、洗濯物を干す竿などは各家南側に張ってある。
町とは全く違う雰囲気だ。いかにも田舎な雰囲気だから私は好きなのだけれど……
本当に誰もいない。でも襲われたのにしても、人の血とか、想像したくないし見たくないけれど血肉とか、人が死んだ痕跡は残っていない。ゲームの仕様なのか、そもそも残っていなかったのか……
そんなこんなで今まで見た家の中で一番大きな家の場所に来た。門番の兵士さんが言っていた村長の家だろう。この地下に避難した人たちがいるという。どれ程の人がいるかは分からないけれど、あのゴブリンに襲撃されたら一般の人はもうほとんど……
家の中に入ると、埃がそこら中に溜まっていた。何週間も使っていなかったのか、掃除をしていないだけなのか。玄関には水色の花瓶に可憐な花が生けてある。水は入れ替えをしていないからか、薄汚れているが、花は生き生きとしている。元々汚い水の中でも育成できる花なのだろうか。蓮の花……みたいな? 蓮の花が仏教に関連しているのは知っているけれど、花言葉は何だったかな。
――フリーゲームとかでは花にも深い言葉が刻まれている時がある。あ、花言葉思い出しました。えーっと、仏教になぞらえて神聖だとか、沈着だとか、そう言った意味がある。後は、少々マイナスな面だけれど、助けてくださいとか、離れていく愛とか、ちょっと心にぐぅっとくる花言葉もある。蓮の花が長い間咲かないっていうことからきているからなのかな。
長々と蓮の花に関して話しましたが、この花は絶対に蓮の花ではない。疑似したただの『汚い水の中でも強く生きるぞ!(ニッコリ)』花です。
しかし、本当に村の人たちはこの家の地下に隠れているのかな。
どうやら靴は脱がないで入ってもいいらしく、ドタドタとカグラさんは入っていく。靴箱も無かったしね。なんか外国みたいだ。まんま外国なんだけど。靴を脱がずに入るという文化にはやはり違和感がある。ザトールではそもそも個人宅に行くことが無かったため、店ではほとんど靴は脱がなかった。脱ぐとしても、寝るときとか、お風呂に入るときとか、そのくらいだった。
家のリビングに入り、カグラさんが暖炉の上に掛けてある絵画を取った。
『なんと絵画の裏にはボタンが隠されていた!』
と、定番の一言。暖炉に灯してあった火が消えて、シュウっと煙をあげた。奥に梯がある。下に降りるための専用梯なのだろう。よくできたものだ。
「皆、ここを通ると服が炭臭くなるぞ。心とに花の準備はいいか?」
カグラさんが絵画を元の位置に掛けてスイッチを隠した。暖炉の中の炭を横に除けてお兄ちゃんから入っていった。次にメルちゃん、私、最後にカグラさんと、順々に梯を降りていく。カグラさんが最後に入る理由は、炭を戻して火をつける装置を起動するからだとか。これでここがバレないようにするんだね。
それにしても、下を見る限り結構深い。
壁は石造りで、薄寒い。
「あ、お兄ちゃん? 上向いちゃだめだよ?」
私は注意喚起をした。
「下がってるのに上向けるはずがないだろ」
声もよく響くものだ。お兄ちゃんの普段大きい声が益々大きく聞こえる。うるさいと言いたくても私の声まで反響して大きくなってしまうから私がうるさいって言われそう。
「もし気まぐれでも上向いたらメルちゃんが背負ってる杖落とすよ」
「それは嫌だけど、この狭さだと途中で突っかかって通れなくなるかもしれないぞ」
「……確かに」
兄妹の、(特に私の)馬鹿さ加減が響き渡る。メルちゃんもカグラさんもクスクス笑っている。
梯がやっと終わり、次は狭い通路に立った。人一人が通れてやっとくらいの狭さだ。肩幅が異様に広い人は確実に通れないだろうね。ここに来るまで数分はかかった。相当長い。
「この奥に地下の部屋がある。早く行こう」
カグラさんが私たちを手で押してきた。それほど早く行って村の人に会いたいのだろう。
次話もよろしくお願いいたします!