63話 『久しぶり狼、名前忘れてたけど』
ごめんなさい。少なくとも私は完全に忘れていました。
「あー、んー……ベオウルフさんでしたっけ?」
「違いますよ」
「じゃあ、ネオレジスタントビッグウルフさんでしたっけ?」
「全然違いますよ! フィレスですよ! 何で忘れてしまうんですか!」
あれ……そんな名前だったっけな……あ、いやそうだ。私たちと会ったのはこの大陸の南にあった森の名前と一緒なんだっけか。やっと思い出した。
私はフィレスさんに頭を下げて謝った。お兄ちゃんとメルちゃんは、フィレスさんだと分かると安堵した様子で近づいてきた。カグラさんは刀を構えたまま微動だにしなかった。
「ちなみに、そのゴブリンって、もしかして、英雄の滝にフィレスさんが送り込んだゴブリンですか?」
フィレスさんはゴブリンを頑丈な縄で腕、足を縛り、木製の長い棒に括り付けた。
どんな経緯でこうなってしまったのか、それを訊いてみよう。それしか訊くことないし。
「そうです」
「何故黒いオーラを発しているのですか」
「それが私にも分からないのです。いつの間にか皆、このようになっていて……」
「皆……? 他のゴブリン達も、もしかしてオーガさんもですか!?」
フィレスさんは深いため息を吐いた。
「そうなんです。部下を止めるの苦労しました。特にゴブリン達が集団でやってきた時は本気で殺ろうと思いました。でも、こいつで最後です。あ、それにしても、先程の身のこなし拝見させていただきましたが、凄かったですね」
魔物から見られても凄いと言われる先程の回避劇。素早さは私よりもカグラさんの方が絶対に高いはずなのに、カグラさんは入る隙が無かったと云う。ステータスとしては表示されてはいないが、運動神経は圧倒的に格上のはずだ。
「そうですか?」
「ええ。少なくともこの大陸ではあのように素早く動ける者はいないかと」
「はぁ……それはそうと、カグラさん? 小刻みに震えてどうしたんですか?」
「貴様らが、貴様らが村のみんなをやったのかぁぁあぁ!」
カグラさんは血眼になってフィレスさんに向かって来た。
「ちょ、この人誰ですか? いきなり剣を人……いや狼に向けてくるなんて、この人に人情というものはないんですか!?」
魔物に刀を振るうのは合ってます。
でもフィレスさんは悪い人狼ではないから……
「カグラさん! その人間の言語を話す狼さんはたぶん悪くないです!」
カグラさんは刀を止めて、鞘にしまった。本当に許したかは分からない。仕方なくやめたという感じがする。
「……そうですか、ならいいです」
完全に今の状況に置いてけぼりにされているメルちゃんとお兄ちゃんは、私の後ろで口をポカンとあけながら突っ立っている。
正直なところ、私も今さっきのカグラさんの狂鬼っぷりには驚きを隠せない。
「カグラさん? あの……」
カグラさんは倒れている兵士に近づき、ポーチから持っていた回復薬を取り出し、兵士に飲ませた。
「ありがとうございます、カグラ様……」
「いいえ、貴方は悪くありません。悪いのは今この大陸を支配している悪名高きダモン野郎です。して、他の村の民は?」
「それが――」
村の半分以上の人が、突然襲ってきた魔物達に襲われた、と、兵士は言った。その魔物達とは、フィレスの部下であるゴブリンやオーガ達だそう。フィレスさんはその現象について、自分が寝ていて、目を覚ました時には、既に姿は無かったという。町の人と同じだ。朝になると皆機嫌が悪い。それか、黒く染まっているかのどちらかだ。
人の悪化は私たちが何とか対処できた。そこまで強くなかったし。でも、端から戦闘経験のある魔物ともなると、それなりの強化がされるそうだ。あんなの普通のゴブリンではありえない。
フィレスさんは捕らえたゴブリンを括り付けた棒を背負い、帰って行ってしまった。もうこれ以上暴れさせないように監視しておくそうだ。
「モンバンさん。話を戻しますが、ルリとミナはどこにいますか?」
「…………」
「何故黙るのです。答えてください」
「ルリは無事ですが、ミナはもう……魔物共に……」
「そうですか……分かりました。ルリの居場所を教えてください」
「村長の家の地下に隠れております」
カグラさんは早々にこの場から立ち去った。私たちを置き去りにして。
ミナとルリって誰なんだろう。ミナって人はもう手遅れだとか言っていた気がする。
今はカグラさんに付いて行くことにしよう。それより、少し気になることがある。カグラさんの口調と雰囲気がいつもと全く違った。まるでこの村の守り神であるかのような振る舞い。そして兵士から何々様と呼ばれる程の厚い信望。今までの風貌からは考えることができない。あれじゃあただの優しくて強いお姉さんじゃないか! まーそれは後で訊くことにして、今はカグラさんに付いて行こう!
次話もよろしくお願いいたします!