61話 『大人の事情のズルさ』
☆これまでのあらすじ
ザトールからメルの悪夢の解消をするためにマグの家にやってきた一向。そこで、なつめはマグのメルに対する親心を見た。その後、なんやかんやでマグと戦闘することになり、なつめたちは一応勝利した。戦闘の次の日、この大陸で起きている異変の終息させるために、マグに言われた通り、北の大山である、イル山に向かうことになった。
やっとのことで山についた……道中魔物と出くわしたり、お兄ちゃんが魔物の掘った落とし穴に落ちてしまったり、色々あったけれど、なんとか辿り着くことができた。道の真ん中に落とし穴を作るなんて非情な魔物だとは思ったけれど、後々考えてみると魔物からして一番いい策なのよね。ほぼ確実に落とせるし。
いや……? 違う違う、魔物の策略に尊敬の意を表している場合ではない。今は山に登り始めるところに専念しないと。
「いつもならここに、サンソン集落の人が一人くらいはいるはずなのだが……」
カグラさんが辺りを見回しながら言い、首を傾げた。
「もしかしたら、この大陸に異変が起きてから来れなくなったのかもね。私たちは影響を受けていないけど、ザトールの人は魘されていたり、やさぐれていたり、皆状態異常に掛かっているようなものだったから、サンソン集落も同じ現象に巻き込まれているのかも」
「うむ、一理あるな」
カグラさんはそう言うと、考えるのをやめた。
そういえばどうして町の人たちっておかしくなっていたんだっけ……始まりは恐らく、マミさんが対処してくれたあの職失のタレントを持ったオジサンからだと思う。魔物みたいな姿になった過程は分からないけれど。
メルちゃんが悪夢を見たのは、確かその時期だった気がする。……この異常事態は悪夢によるもの? 辻褄は合うけれど……でも何の為に、目的は一体……?
「考えていても仕方ないし、行って確かめるしかなさそうだな」
お兄ちゃんが山の頂を見ながら言い、ひとりでに岩や石などが散乱している凸凹の道を歩いて行った。私たちは顔を見合わせ、頷いてから、お兄ちゃんに付いて行った。
山に登るのというのに、私たちの装備って完全に登山をナメてると思うんだけど。酸素は薄くなるし上に行けば行くほど寒くなるはずだし、何より雨なんて降ったらどうしたらいいものか……靴も登山用じゃないから足を挫いちゃったらどうしよう。
せめて上着を買って、着て来るべきだった。町に出るときに気づくべきであった。
「そういえば、カグラの住んでいるサンソン集落ってどういう集落なんだ?」
お兄ちゃんがカグラさんに訊いた。
「一言で言うと『侍の里』だな。結構前にガイルさんから聞いただろう。侍の何とかだって」
「あれ、そうでしたっけ……あ、それより凄く違和感があって前々から気になっていたのだけど、カグラさんってなんで人の名前を呼ぶとき『〇〇殿』って言わないの? あと語尾ののだ――ぶっ」
カグラさんは私の口を手で押さえた。
「そういうことは気にするものじゃないのだ」
ふぐぉっ! これが口封じ……そして圧倒的な威圧感! 色々と重なっててとんでもなく苦しい!
「よし、早く行くのだー! あとなつめよ。その事は金輪際訊くではないぞ」
カグラさんは手を私の口から放して、綺麗な鼻歌を奏でながら手を大きく振って歩いた。
なに、そこまでネックなの!? 割と当たり前の疑問だと思うんですけど!
「大人には大人の事情ってものがあるんだ。そっとしておけ」
「お兄ちゃん……」
それ、自分の立場を守っているように聞こえるのは私だけかな?
「そうだよ。お母さんも聞いていいことと悪いことはあるんだよって言ってたよ」
「確かに言いそう」
私たちはカグラさんについていくように再び歩きだした。
大人の事情って、都合よすぎるよ……
……私も大人になったら使おう。
次話もよろしくお願いいたします!