60話 『半分正夢、あとお金の話』
早朝、私たちはマグさんらに見送られて、館を後にした。
お兄ちゃんやカグラさん、メルちゃんにも事情を説明し、私たちは北のイル山を目指すことにした。
しっかし……見送るときのマグさんの顔凄いことになってたな……大粒の涙は地面にポロポロ落ちるし、まるでゲーム機を取り上げられた子どもみたいに泣き喚いてた。自分が八十年間くらい支え続けた子どもを手放すのが辛いという気持ちは理解できなくもないのだけれど……。スリルさんは紳士っぽく、少し出てきた涙を花柄の白いハンカチで拭うくらいだったし。完全に精神年齢の問題ですね、これは。
正直、第一印象としては、「過保護のやべぇ奴」だった。マグさんと話した一昨日の夜には、この人良いお母さんなんだなぁ、なんて思ったけど、そう思った私が馬鹿だった。今では原点回帰して結局やべぇ奴という認識になった。
カグラさんとお兄ちゃんが楽しそうに話している。
お兄ちゃんも変わったなー。ちょっと前まで「俺に近づくなーっ!」状態だった……とまではいかないけど、酷かったっちゃ酷かった。
今では人とある程度普通に話せるようになった。それでも、親しい人とだけだけど。
異世界の力ってすごい。
「そういえばメルちゃん、調子はどう?」
スキップしながらふわふわ道を行くメルちゃんに訊いた。
私たちがここに来た目的はあくまでメルちゃんの悪夢に関する原因を無くす為だった。この目的が達成されていなければ意味が全くない。
「だいぶ気分が楽になったよ! これからは何も考えることなく皆と旅ができるしね!」
少しくらいは考えて旅をしてねと言いたかったけど否定されることが目に見えているから言うのはやめておこう。でも、『だいぶ』という言葉が気になる。完全にはモヤモヤが晴れていないのだろうか。悪夢の根本的な原因は他のところにあった、とか? それでも、お母さんというモンスターに追われることはもうなくなったのだし、結果的には良かったと言えるだろう。
メルちゃんは笑顔のまま、前を向いた。
「ちなみに、昨日はどんな夢を見た?」
「ウサギのぬいぐるみの手と足を糸で縫い合わせてね、私の杖で殴り飛ばす夢を見たよ!」
「なんでそんな鮮明かつ詳細なことを覚えているの!?」
って、それどんな心理状況なの!?
「私もよく分からないや」
「そっか……そういえば、セナさんまたどこか行っちゃったんだけど、みんな知らない?」
楽しく会話していたお兄ちゃんたちが振り向いて、そういえば、と言わんばかりに首を傾げた。
「確かに見ない」
「どこかで暇を持て余しているのかもしれないのだ」
「その暇がどこから出てきたか詳しく教えてもらいたいわ……」
私がそう言った瞬間、私の腰のポーチががたがた動き出した。私は驚いて、ポーチを草むらに投げ捨てた。
ひっ、私道中でポーチに変な生物入れたっけ!?
お兄ちゃんは木の枝を構え、カグラさんは持っている刀の鞘を左手で抑えて、右手を刀の取っ手にかけた。メルちゃんは私の後ろに隠れて杖を構えた。
何秒間かポーチは動いていたが、止まった。
そして何かがポーチから勢いよく飛び出てきた――
「おまた――」
メルちゃんが私の前に出て、その『何か』をご自慢のスイングで殴り飛ばした。その『何か』は、叫び声をあげながら遥か遠くに飛んで行ってしまった。
「さすがメル」
お兄ちゃんがそう言った。
「なんか私、すごく見たことあるような特徴的な耳があった気がするのだけれど……」
「なつめ、気のせいなのだ。なつめは何も見ていない。いいな?」
「ワカリマシタ」
私は苦笑いをしながら、カタコトで答えた。さっきのメルちゃんの夢の話の半分が正夢になってしまった。
「それはそうと、お兄ちゃん。今までツッコまないでおいたけれど、まだパジャマと木の枝って。これからどうやって生きていくつもりなんですか。異世界ナメてるんですか? ちゃんと町で装備くらい整えてきてくれないかな。まさかだけど、町の地下にある娯楽施設で、ブラックジャックに全額掛けてほとんど失って何も買えませんでしたなんて言わないよね?」
「何でそれを――いや、そんなことないそんなことない。町の人を助けるためにお金を使ったんだよ」
カグラさんは私の隣にきて、身を少しかがめ、私の耳元で呟いた。
「わっち知ってるぞ。以前カナタが、珍しく酔いつぶれて帰ってきたことがあるだろう」
私はカグラさんの話に耳を傾け、二、三回頷いた。
「酔いつぶれて、酒場の机で泥酔していた時に、私が前の席にいるというのに、割と大きめな声で『何で負けるんだよぉ……あそこでエース十でブラックジャックとか、チートかよぉ!』、などとほざいていたのだ。その時なつめたちは風呂に入っていて気付かなかったが、わっちは確かにあの言葉を聞き逃さなかったぞ」
私はカグラさんの話したことを全て聞き入れて、お兄ちゃんを睨んだ。
お兄ちゃんは苦笑して、後ずさりをした。私は足元に大きめの石を前と後ろに少し放して置き、クラウチングスタートの姿勢をとった。
お兄ちゃんは私に背を向けて走り出した。
それと同時に、どこからか鳴り響いた銃声とともに、私も走り出した――
「お金も大切に扱えないのかー! このバカー!」
私の声は涼しい風の吹く草原で轟いた。
お金は大事です。賭け事や娯楽に使うことは全然良いのですが、使い過ぎはだめです。
次話もよろしくお願いいたします!
あと、一週間に二回更新をしようと思います! 小説の書くペースをあげるためと、色んな方の小説を見て、勉強をして早めに実践で習得するためです!