表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/232

49話 『いざ、尋常に!』

 夕方になり、何だか雲行きが怪しくなってきた。

 薄黒い雲がどんどん南へと流れていく。

 ザトールの方だ。大丈夫かな。

 ここからでは離れすぎていて、奥の様子があまり見えない。

 地球みたいにこの世界も丸い形をしているのだろうか。

 そういや、何か忘れていることがあるような…………ま、いっか。


「そろそろご飯だね、食べに行こう」


 メルちゃんが私に話をかけてきた。

 そして、汗だくのカグラさんと一緒に三人で館の中に入り、食堂に向かった。

 マグさんの姿はなく、お兄ちゃんが一人で座っているだけだった。

 なんか一人で可哀想だなあ。


「お兄ちゃん、ただいま」


 私たちは椅子に座り、背もたれに寄りかかった。

 お兄ちゃんは私たちを見て、自分のブックを開いた。


「あ、もうこんな時間なのか」

「……まさかお兄ちゃんずっとここにいた?」


 お兄ちゃんは苦笑いをして、黒い目を泳がせている。

 本当にずっとこの部屋にいたのか……部屋でダラダラしているとは何のことだったのやら。


「いやー、スリルさんがさ、俺以外のみんな出て行った後に、食後のデザートとしてプリン持ってきてくれてさ、何回もおかわり繰り返して、ここでダラダラしてたらいつの間にかこんな時間に——」


 私たちは三人揃って机を思いっきり叩き、お兄ちゃんの方を見た。


「それ教えてよ! 私食べたかったよ!」


 メルちゃんが机の上に体を乗り上げてお兄ちゃんの顔に自分の顔を近づけて言った。


「わっちも食べたかったぞ!」


 カグラさんは悔しそうにして、なんか変な涙を机に流している。

 みんな、デザート食べたかったのね。

 私も食べたかったけれども。


「後でスリルさんから貰おう!」


 私が二人に提案すると、二人は落ち着いたのか、一回ため息をついて少し微笑んだ。

 それから数分後、食堂の扉が開く音がして、入ってきたのはスリルさんだった。

 持ってきた台の上には、様々な料理が乗っていた。


「みなさま、お待たせ致しました」


 スリルさんは私たちの前に料理や、スプーンやフォークなどの食器を並べた。

 全然待ってなかったけどね。

 この匂いは……

 白いカップを見ると、黄色いスープのようなものが入っていた。

 スープの上には鮮やかな緑色の葉が乗せられている。

 匂いはコーンのような甘い香りがする。日本で言う、コーンポタージュのようなものだろうか。

 それに、この黄色いふっくらとしたもの……これはまさかオムレツなのでは!?

 ここでこんなものが食べられるとは!

 というか、メルちゃんはこんな料理を毎日毎日食べていたということなのだろうか!


「あ、スリルさんもここで食べましょうよ」


 私がそう言うと、スリルさんは驚いたのか、私の方を見て目を丸くしていた。

 そして我に帰ったのか、首を横に振った。


「執事である私が客人方と食事をするなど……」


 スリルさんは何か申し訳なさそうにしている。


「いや、そうじゃなくて……執事だとかそういう役職以前に、同じ人間として——私はスリルさんとご飯が食べたいんです」


 スリルさんは静止した。

 そうだ。スリルさんは昨日から今日も、誰かと一緒に食べている姿は一つも見られなかった。

 おそらく、『執事』という役職に、自分が取り憑かれているのだろう。

 ——ただ、私は、同情、慰め、そんなものではなく、ただスリルさん自身とご飯を食べたい、そう心に 思っていた。

 スリルさんの目から、涙が一滴、床に落ちた。


「本当に、いいのでしょうか……?」


 他の三人も賛同してくれているらしく、スリルさんの方を向いて笑顔で頷いた。


「謙遜みたいなことはしないで、みんなで食べましょう!」


 正直、勝手にこの家にきて、こんなこと言える立場ではないが、私は本心を伝えただけだ。

 何も、恐れる必要も、言わない必要もない。

 ただ、私は本心を伝えただけだ——。

 ……その後、私たちは5人で団欒をしながらご飯を食べた。

 やっぱり、みんなで食べるご飯は美味しい。

 帰りが遅かったお母さん、部屋に引きこもっていたお兄ちゃんと、家にいた頃はずっと一人だったから、数ヶ月経って、今更感あるけど、やっぱりこういう場は、あったかい。

 そして、私はあることをスリルさんに聞いた。


「あっ、そういえば、マグさんってどうしたんですか?」


 スリルさんはオムレツを切りながら私の方を見て、「ああ」と言った。


「マグ様は今、出掛けていらっしゃいます。何か『確かめに行く』と仰って出て行きました。何かは分かりませんが……でも勝負までには必ず帰ってくると」


 スリルさんはそう言い、トロトロのオムレツを食し、満開の笑みを浮かべた。

 確かめに行く……? 一体何を確かめに行くのだろうか。

 ご飯を食べる前に空に浮かんでいた、あの気味の悪い薄暗い雲と何か関係しているのだろうか。

 すると、食堂の外から、扉を勢いよく開ける音がした。そして、マグさんが食堂に勢いよく入ってきた。


「さて! 勝負の時間ですよっ!」


 マグさんはお洒落な格好で入ってきた。

 あの服……ザトールで見た時と同じような服だ。でも、町で見た時よりも装飾品が分断につけられていて、部屋のシャンデリアの光に照らされ煌めいている。

 あの赤い首飾りなんて、ルビーみたいな丸い大粒の宝石がいくつもついていて、とても綺麗だ。


「ちょ、マグさん!?」


 マグさんは私の傍に寄ってきて、私の服の袖を掴み私を引きずっていった。

 お兄ちゃん、メルちゃん、カグラさんは慌てて私とマグさんの後を追ってくる。

 スリルさんも慌ててスプーンを置いて、やってきた。

 そして、外に出る。

 外は暗かった。太陽の光が差し込んでいないからではなく、空が墨のようにまどろっこしく黒くなっているのである。

 私はマグさんに噴水の近くまで引きずられた。

 お兄ちゃんたちもみんな私がいる噴水の近くに寄っていった。

 一方で、マグさんは私たちと反対側の噴水の方に走って行き、立ち止まって私たちの方を向いた。


「スリル! 館を覆うくらいのシールド張っておいて!」


 慌ててきたスリルさんは「はいぃ!」と元気よく言い、館に向かって何かを唱えた。


「シールド!」


 館の前には大きな壁が張られた。

 どうやら館は傷つけたくないらしい。

 私はポーチからブックを取り出して時間を見た。


 ——十八時五十九分……もうこんな時間だったんだ。

 マグさん、時間にはきっちりしてる人なのかな……?


「さて、勝負よ! いざ、尋常に!」


 マグさんは私たちの方を指差して、赤いとんがり帽を被った。

 ちょっと急に展開早過ぎませんか!?

諸事情により、一ヶ月ほど休載いたします。

読んで頂いている方には申し訳ないです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ