47話 『お勤めお疲れ様でした』
「セナさん。詳しい話をお伺いしたいのですが、よろしいですよね?」
私はウサギのぬいぐるみの体部を両手で掴み、逃げられないようにした。
脚や腕をバタバタさせて、私の手から離れようとしているが、強く握っているため離れることはできない。
「分かったから、話すから、手も離して!」
うまいことをいっても、私は離すことはない。
絶対に逃げられると思ったから。
「離さないから。まず、メンテナンスについて教えてもらおうかな?」
バタバタするのをやめ、ため息をつき話を始めた。
「ここが人を更生させるために作られた世界ってのは分かるよね?」
私はウサギの目をじーっと見ながら頷いた。
たしかに、私がお兄ちゃんを更生させたいと願った時にきたものだし、間違いはないだろう。
「これはなつめさんにしか言わないけど、この世界は元々、ゲームとして作られた世界なんだよね。ゲームの管理は普段コンピュータに任せているのだけれど、さすがにバグが起きたら対応ができない。だから、まずはイベントを発生させないようにして、めちゃくちゃ頑張って修正してたのよ」
「はい、わかりました。で、どうやって元の世界に戻って行ったんですか」
ウサギは横に目を逸らした。
「そのー……えっとー……ちょっと道具使って……」
異世界間を移動する道具だって!?
私は驚き、つい手の力を緩めてしまった。
その隙をついたのか、ウサギのぬいぐるみはぬるっと手から抜け出し、私の手が届かぬように、天井まで高く昇った。
「その、道具って、なに!」
私は何回もジャンプをしながら、何とかウサギを捕まえようとした。
しかし、私の身長では届くはずもなかった。
自分で言っておきながら何だけど、身長がないのは本当にコンプレックスというか、何というか……人から言われると結構辛い。(※ここ、本当の話です)
「異世界コイン! はい、これで終わりね! 私のところ掴むのやめてよ! 痛いから、あとぬいぐるみ変形しちゃうから!」
私は仕方がないと思い、ジャンプをするのをやめて息を整えた。
いやはや、異世界に行くコインがあるとは!
「そのコイン私に頂戴よ」
「ダメダメ、これはデバッガー兼プログラマの特権なの。なつめさんの兄を更生させるまではダメだよ」
「なにそれ……というか、今元の世界ってどんな感じなの?」
ウサギは下まで降りてきて、私の目の前で止まった。
これはずっと気になっていたから聞きたかったんだ。
お兄ちゃんも結構気にしていたらしく、私に前に言ってきたことがあった。
お母さんのこととかも言っていたが、一番は自分のパソコン内部に入っている機密情報がどうとか言っていたような記憶がある。
「時間はほとんど進んでないから大丈夫。こっちでの一年はあっちでの一秒にみたいになってる。だから、こっちで大体、三から四ヶ月くらい過ぎたはずだから、まあ、大体0.3秒くらいかな。家の心配はすることはないよ」
「へえ……ならよかっ——」
いや待てよ。
ということは〇・三秒の間にバグを修正したということ?
…………もはや普通の人が出来るような業ではない。
本当によく分からない世界だ。そういえば、ここはゲームとして作られた世界だとかなんとか言っていた。
質問して解決したはずなのに、益々謎が深まって行く一方であった。
まあお母さんが何も心配することがないのが分かってホッとできたからよかったと思う。
私は一息ついて、扉の方に向かった。
「セナさん。これからお昼なんだけど、どうする?」
私は少し頬を膨らましながら強く言った。
ウサギはクルクルと回り出し、嬉しそうに踊っている。
「もちろんもちろん! ここ最近ずっと徹夜でカップ麺生活だったから、丁度違うもの食べたかったの!」
最近……? やっぱり世界観がよく分からない。
ウサギは、華麗なステップをしながら私の方に寄ってきた。
……正直、あんまり可愛くないな。
何でこんな人気無さそうなぬいぐるみにしたんだろう。
「……じゃ、行こっか」
私は頭の上にウサギのぬいぐるみを乗っけて、真昼間の眩しい光が差す部屋から出て行った。
今日は、とても暖かい日になりそうな気がする。
元の世界と今の世界の時間軸が——分からない!(本音)