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裏話 『トラウマ』

 まだザトールの町が小さい頃、町の中に一つだけ、大きな木造の家が建てられていた。

 その家には、母と父、二人の姉妹の家族、子供たちの世話係兼執事である中年の男性がいた。

 その家はアクスフィーナ家と呼ばれていて、ザトールの町を昔から統治している家であった。

 その家柄は、代々偉大な魔法使いが生まれていて、町の中や町の周辺に現れた魔物や盗賊などを追い払ったり、魔法を子供たちに教えてあげたりなど、強くて優しい魔法使いがいる家であった。

 ――母はアグローナ、父はステラ、妹の名ははマグ、そして姉の名をイリアといった。

 両親はよく魔法の教育や依頼などで家を出ていて、帰りは夜遅く、いつもは執事の男性、スリルが姉妹の面倒を見ていた。姉妹とは言え、年齢差は八十歳ほど(普通の人の年齢に換算すると約十二歳差!)あり、当時、イリアはその時百六十四歳、マグは八十六歳だった。

 それに世話と言っても、ほとんどがマグの遊びの付き合いで、イリアは自分の部屋で魔法についての本や、歴史書を見ていたりなどしていたので、料理を作る以外の世話はしていなかった。というよりもする必要がなかった。

 しかし、イリアには何故か、魔法使いになる才能、つまりタレント能力が備わっていなく、どちらかと言えば、占い師になる才能の方が大いにあった。

 それに対し、マグは魔法使いになるために生まれてきたようなタレント能力が備わっていて、イリアはそんなマグの事を少し嫉妬していた。

 感性がまだ全く整っていないマグはそんな事を気にせず、大好きなお姉ちゃんと遊ぶ為、いつも部屋に訪れ遊ぼうと誘っていたが、妹とは言え、マグの事を冷たくあしらっていた。

 本当は遊んであげたいという気持ちもあったのだけれど――

 ――両親が帰ってくる夜は、毎日毎日魔法の勉強か練習をしていた。

 イリアの方が歳も魔法の経験も豊富だったはずなのだが、マグはすぐにイリアに追いつき、そして追い抜かしていった。でも、マグは成長が早すぎる為、アグローナは「練習以外では魔法を使ってはいけないよ」とマグに言いつけていた。

 イリアは使える魔法が、魔法使いなのに補助系や回復系の魔法しかうまく使えなく、イリアは魔法を使う事は許されていた。

 イリアは日が経つほど成長していくマグに益々嫉妬し、ついには部屋の鍵を閉めてマグを部屋の中に入らせないようにするなど、意固地になっていた。

 そんな様子を見ていたスリルは、マグが練習で疲れて眠りについた頃、イリアの部屋に赴き、マグの事について話をした。


「イリア様……さすがにマグお嬢様が悲しんでおられます。偶には遊んでさしあげたらどうですか?」

「嫌よ……」

「イリア様……」


 星の刺繍がたくさんある黒いパジャマに身を包んだイリアは、回転するイスに座り、机の上に置いてある魔法書の、桃色のしおりが挟んであるページを開き、眼鏡をかけ読み始めた。

 スリルは今のイリアに何を言ってもダメだと思い、大きくため息をついて部屋から出ていこうとした。


「遊んであげたいって気持ちはあるのだけれど……あの子に負けちゃってるって思うと、私のプライドが許してくれなくて……それであの子に対して冷たく当たっちゃって……」


 イリアは俯き、目から少しばかり出ている涙を服の袖で拭い、顔を見せない様に後ろを向いた。


「イリア様はとても優秀なお方です。自信を持ってください」


 スリルはそれだけ言って、部屋から出て行った。

 イリアは何も言う事なく、ただ泣いている事しか出来なかった。

 その涙は悔し涙か、それとも嬉しい涙かも本人にすら分からなかった。

 イリアの心は少し、乱れていた。

 翌日、いつもの様に両親は町の子供たちに魔法を教えに行く。

 それに、今日はスリルの家族の命日で、マグとイリアが二人で留守番をしていた。

 マグはいつもの様に、イリアの部屋に出向き、鍵がかかって開かない扉の前でイリアを遊びに誘う。しかし、イリアは「今、勉強してるから一人で遊んできな」と言い、部屋から出てマグと一切遊ぼうとはしなかった。

 マグは悲しい顔をして、一人で家の中を歩き回る。


「一人で遊ぶなんてつまんない……何でお姉ちゃんは遊んでくれないんだろう。私何か悪い事しちゃったのかな……」


 そんな事をぶつぶつと呟きながらマグは家の中を歩いている。

 イリアが遊んでくれない理由を考えながら、とぼとぼと歩き回る。


 ――何か悪い事をした覚えはない。


 いつもいつも遊ぼうって誘ってるだけなのに、イリアの態度はいつからか冷たくなっていた。昔はお風呂に一緒に入るなど、一緒に寝てくれるなどしてくれていたが、今はそれどころか全くかまってくれはしない。

 マグはとても寂しかった。


「いた――っ」


 マグは自分の足に躓き、思いっきり転んでしまった。

 その衝撃で、まわりの棚が揺れる。

 その上に置いてあるワインボトルも揺れて、バランスを崩していた。


「……お庭で遊ぼ」


 マグは立ち上がり、綺麗な金色の瞳から今にも出てきそうな涙を堪え、玄関に走って行った。

 マグが家を出て行った直後、一つ、二つとバランスを崩したワインボトルが床に落ちて割れた――。


 庭は町の中では一番広い方で、母が育てていた綺麗な花が花壇に沢山あった。

 金色に輝く花、真っ白で、花の蜜が甘い花。

 とげとげしていて、氷の様に冷たい花。

 様々な種類が豊富にあった。

 マグは倉庫に向かい、一つの丸いボールを取り出し、家の周りにある壁にあて、跳ね返ってきたボールを蹴ってまたあてを繰り返していた。

 いつもはスリルが遊んでくれて、小さいボールでキャッチボールをしたり、追いかけっこをしたり、かくれんぼをしていた。


「一人じゃ、つまらないなあ」


 マグはしょんぼりとし、その場に仰向きに倒れ、曇った空を眺めた。

 空は今にも雨が降りそうな模様で、鼠色に濁った雲が空全体を覆い隠している。


 ――薄暗い。モヤモヤしてる。


 そして、ふと、マグは良い事を思いついてしまった。


 ――少しくらい、魔法を使ってみてもいいよね……


 マグは少し笑顔になり、立ち上がり、魔法を唱える構えをし始めた。

 母には練習の時以外使ってはならないと言われていたが、好奇心に駆られてしまったマグは、ついつい、自分の力だけで試してみたくなってしまった。


「アイスー!」


 マグが魔法を唱えると、目の前に大きな丸い氷が作られた。


「すごい……他にも試してみよう! アースウォール!」


 マグがそう唱えると、目の前の地面が突き出し、丸い氷を真っ二つに砕いた。

 魔法の面白さに気付いてしまったマグは、様々な魔法を試した。

 闇魔法、光魔法、風魔法、地魔法——あらゆる魔法を全て、試しに試した。


 最後、火魔法――


 火魔法だけはうまくいかなくて、何度も何度も繰り返した。

 そのうち慣れてくると、片っ端から、適当に詠唱を繰り返し、火魔法を繰り出す。

 そのうちの一つ、初期魔法であるファイヤが、火種を少し残して、家についてしまった。

 マグはまずいと思い、すぐに水魔法で消した。

 が、既に火は、家の中まで入り込んでいた。

 先ほど家の中で彼女が転んだ際、揺れたワインボトルが全て、ドミノ倒しなって落ち、割れて、中からワイン、要はアルコールがドバドバと出てきて床に染み込んでいたりしていたからである。

 そして、庭は、そのワインが染み込んだ床がある部屋の隣であった。

 もちろん、外にも少し染み出ていた。

 すぐに火は家の中でぼうぼうと燃えて、黒い煙がもくもくと出てきた。

 マグはその光景をぼーっと見ていたが、すぐあることに気付いた。


 ――お姉ちゃんがまだ家の中に!


 マグは、本気で突っ走り、家の中に入ろうとする。


「あっつ――っ!」


 ドアノブはとても熱く素手では触れない程であった。


(玄関まで火がきてる……!)


 マグはドアに物質腐敗の闇魔法を唱えて、中に入った。

 家の中はもう、火の海だった。

 まだ中途半端で弱い、私の水魔法ではどうにもならない。

 そう思ったマグは、自分に水魔法を唱えて、熱さを軽減しながら、廊下を走って、崩れ落ちそうな階段を何とか上った。

 自分の火傷なんて形振り構わず、ただ姉のことだけを考えながら、突き進んでいった。

 二階も、火の海だ。コクの木は燃えやすい。こんな家数分で大破してしまうだろう。

 姉の部屋にたどり着いたが、まだ辛うじて火は乗り移っていなかった。

 すぐに部屋の扉を開けようとし て、ドアノブに手をかける。だが、扉には鍵が閉まっていた。

 マグは叫んだ。


「お姉ちゃん! 火事だよ! 早く出てきて! お姉ちゃん!」


 中からの返事はなかった。

 もう仕方ないと思い、イリアの部屋の扉に先ほど唱えた闇魔法を唱えた。木製の扉はみるみる腐っていき、やがてくずれ落ちた。


「なっ、なに壊してんの! マグ!」


 イリアは怒鳴った。だが、マグはそんなことお構いなしに部屋に入ってきて、椅子に座っていたイリアの手をがっしりと掴み、引っ張って行こうとした。だが、すぐにその手は振り払われて、マグは床にしりもちをついてしまった。


「ほんと何なの!? そんな空言言ってまで私をこの部屋から出して遊ぼうって!? バカじゃないの!」


 イリアは怒って、マグの頬をビンタした。

 マグは叩かれた頬を抑えて、涙を流しながら、イリアに訴えかけた。


「だから、ホントだって……!」


 すぐに火はイリアの部屋にまで回ってきた。支柱が焼け落ち、崩れて倒れる音がする。

 イリアはことの大事に漸く気づき、マグの方を見る。

 マグは泣いていた。


「マグ……その……」


 イリアは自分のしたことに対し、罪悪感が一気に込み上げてきて、謝ることができなかった。


「逃げよう?」


 マグはそう言い、自分の頬から手を放して、涙を服で拭き取ってから、イリアの手を掴み、引っ張って行った。

 部屋の外は、火の海。炎の樹海。まるで地獄絵図——。

 もう、家の中はめちゃくちゃだった。火が全て回っていて、もう逃げ場がほとんどない。

 階段をイリアの手を引きながら下りた。通り抜けた瞬間、階段は崩れ落ちて、全て床に落ちてきた。

 玄関が見える。

 あと少しだ。

 最後の力を振り絞り、全力で走った。

 上から大きな音がして、天井の木が落ちてきた。

 落ちた音がなった瞬間、マグはイリアの手を放してしまい、前に転んでしまった。

 後ろを見ると、イリアは上から落ちてきた木に、圧し潰されていた。


「お姉ちゃん!」


 マグは必死に木を除けようとしたが、木は燃えていて熱く、その上に重くて、少し動かすだけでも今のマグには無理なことだった。


「マグ……私は……いいから……あなただけでも――私なんて、才能の欠片もないグズ魔法使いなんだから……あなたには……才能があるんだから……ね? ――ほら、早く…………」


 イリアは最後の力を振り絞って、マグに微笑みかけた。マグはイリアの手を掴んで、涙を大量に溢す。


「嫌だよ! お姉ちゃんはみんな使えない回復魔法とか普通にできたし、誰よりも頭良かったし……私大好きだったし、尊敬してたのに……!」


 その言葉を聞いたイリアは、涙を流した。

 体の痛さではない。

 イリアの罪悪感がまた更に募ってきて、ただただ後悔していた。


 もっと、マグと遊んでやればよかった。


 もっと、家族と過ごす時間を増やせばよかった。


 もっと、みんなのことを好きになれれば――


 どこに飛ばしていいか分からないような罪悪感が、彼女の心を黒い霧で蝕んでいった。

 マグは手をまだ放さずに、どうにかイリアの引き抜こうとしていた。

 イリアはマグの手を先ほどよりも強く引き離した。


「今までありがとね、マグ。それと——『今まで遊んであげなくて、ごめんね』」


 イリアがそう言った瞬間、上から畳みかけてくるように木が落ちてきて、イリアの上へと落ちてきた。

 イリアの血液が、床に広がってきた。

 マグは絶望した。

 大好きだったイリアの死が、マグにはとても辛い事だった。

 マグはその場に座り込み、大泣きした。

 もう、私も死んでしまいたい。

 自分のせいで、姉が死んでしまった。

 もう、私も死んでしまおう。

 言いつけを守って、魔法なんて自分勝手に使わなければ、こんなことにはならなかったんだ。

 もう、私も死んでやろう—―


 マグの頭上から、大きな木が、どんどん落ちてきて、マグの体に圧し掛かろうとしたが、次の瞬間――

 時が止まったように、燃えている木は静止し、火も全く動かなくなってしまった。


「な、なに?」


 マグは涙を服の袖で拭き取りながら、あたりを見回した。

 すると、自分の後ろに、この燃えるように熱い火炎地獄の中、茶色いコートを着て、変な帽子を被り、お洒落な恰好をした一人の女性が立っていた。

 その女性はマグの近くに寄って行き、マグの頭上で静止している木を全て素手で殴って、壊して吹き飛ばした。


「あなたは、今、絶望に満ちているの?」


 その女性はしゃがんで、マグの目線の高さに合わせて首を傾げながら言った。


「これ、お姉さんがやったの?」

「そう」


 その女性はコクリと頷いた。


「なんで……なんでこんなことが出きるのにお姉ちゃんを助けてくれなかったの……!」


 マグはその女性を涙を堪えながら睨みつけた。

 その女性は黙り込み、ポーチから、火の様に赤くて、丸い宝石の付いた首飾りを取り出した。


「私は最後の希望。希望を失ってからじゃないと助けてあげられない。でも、あなたが『大切な物を一つ』、失っていいというのなら、あなたのお姉さんを助けてあげられないこともない。この首飾りをあなたにあげる。だから今、想って。助けたい人のことを――首飾りをつける瞬間まで……」


 その女性は微笑んで、優しい口調で話しかけた。


「大切な物なんていっぱいあるんだから、一つくらい失っても構わない!」


 マグは強く言った。

 その女性は、マグの頭を優しく撫でて、また微笑んだ。


「あなたは、強いのね」


 その女性は立ちあがり、玄関に向かって、歩いて行った。

 マグはふと思い、彼女を引き留めた。


「あの……お姉さんのお名前は……?」


 その女性は歩いている途中で立ち止まり、横顔を見せた。


「今言っても……すぐ忘れてしまうのだから。今は、お姉さんのことだけを考えて」


 その女性はそれだけ言うと足早に玄関から去って行ってしまった。

 マグは女性からもらった首飾りを見る。

 綺麗な宝石みたいだ。


「この首飾りを、お姉ちゃんを助けたいって思えば、助けられるんだよね……」


 マグは宝石が付いた首飾りを、姉のことを思いながらゆっくりとつけた。

 つけた瞬間、まばゆい光が辺りをつつんだ。

 火の熱さではなく、何か温もりを感じるようなあたたかさが、マグを包んだ。

 意識が朦朧とする。


 あれ—―私は、誰を助けたかったんだっけ。

 ――お姉ちゃん? お姉ちゃんって、私にいたっけかな――

 もう、何も思い出せないや…………


 マグの意識は眩い光と共に完全に消え去った。

 ――気がつくと、マグは家の前にいて、スリルに抱きかかえられていた。


「マグお嬢様……! ご無事で何よりでございます!」


 泣きながら、マグを強く抱きしめている。

 何かが足りない。

 何かもっと、大切なものが、今までの短い時間で失われた気がする。

 マグは首に違和感を感じ、自分の胸元を見た。すると、首には赤い首飾りがかかっていて、まるで、火の様な色合いをしていた。


 私は、火が嫌いだ。

 何でか分からない。

 でも、とてつもなく――大嫌い。


 それからマグは、火魔法を完全に封印してしまった。

 親にもこっ酷く怒られた。それから、大陸の上部にある、【エール湖】上に、母親のアグローナが特殊な技術で木造ではない家を建てて、身を隠すように家を永続ステルスで消したのである。

 もちろんその前に、ステルス状態のものを見えるようにする花をアグローナは作ってあり、火事のことを思い出させないように。

 父親のステラは、火の対照である水が噴き出してくる噴水に。

 家の中は火で灯りを灯すのではなく、光魔法のライトで溜めた光を、スイッチで放出することができるタンクスタンドライトを作った。

 そしてキッチンなどの、コンロも、光の力で焼いたりできるようにもした。

 一方、イリアは、サティスという名字を持ち、自分の館を持ち、ザトールで占い師をしていた。

 もちろん、マグや家族の記憶は完全に消えていた。

 そして何故、自分が何故占い師になっているのか分からないまま、ただただ時だけが過ぎていった。


 ――およそ百年後。

 マグはある男性と結婚し、赤ん坊を授かった。

 その子の名前はメル。

 マグは、生まれた時から、大切に、大切に育てた。


 もう、何かを失いたくはないから。

 もう、誰かが離れていくのは嫌だから。


 マグはメルの可愛らしい顔を見ながらにっこりと微笑んで言った。


「メル、あなたのことは、絶対に私が守ってあげるからね。ずっと大切に、大切に――」


 いずれ、あなたが仲間と一緒に旅立つ時が来るまで――


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